第24話 後事

炎鬼族えんきぞく】の集落は最早、住める状態を保ってはいなかった。


鬼神きしん】と【色欲しきよく魔神まじん】により、家屋は勿論、土地に深刻なダメージを被っていた。

 地盤は度重なる衝撃により、クレーターとマグマが占める光景へと様変わりしてしまっていた。

 一方、一番被害が少なかったのが、意外にも人的被害だった。

 全く無いわけでは無かったそうだが、それでも数名程度とのことだ。


【鬼神】が館を雷で吹き飛ばした際、集落の住民たちは【鬼神】様の怒りに触れまいと、避難を開始していたらしい。

 また、お館様曰く、【鬼神】が避難を促していたのではないかとのことだった。

 わざわざ姿を見せてから雷を落として見せたのも、避難を促すためだったのではないかというのだ。


 確かに、【鬼神】の行動原理はいまいち理解できなかった。

 積極的に動いて破壊するわけでもなかったし、【鬼神】は【憤怒ふんど】に侵されながらも、住民たちを守ろうと必死だったのかもしれない。


 だが、今となっては真相は闇の中だ。

 俺が【色欲の魔神】に連れまわされている間に、【鬼神】は【天使てんし】たちにより消滅させられていた。

 死者の考えを知る術は無い。

 ならば、生者が思いたいように思えばいい。


 兎にも角にも、この場所に再び住むのは困難を極める。

 よって、住民たちは全員で転居するようだ。

 この世界には、ここ以外にも【炎鬼族】の集落が幾つも存在するらしい。

 ただ、集落毎の距離が結構あるらしく、すぐに辿り着くのは難しいそうだ。


 なので代替案として、最寄りの人間の集落に、一時、間借りさせて貰おうという話になった。

 人間の集落はマグマを挟んではいるが、比較的近場にあるそうだ。

 当然、交渉は現地で行うため、上手くいくかはまだ分からない。

 しかも、鬼族と人間族の間には、何やら長い確執があるそうだ。

 度々耳にした、鬼が人間を見下しているようなことも、それが原因のようだった。

 故に、両種間で不可侵条約を締結し、互いに不干渉を貫いてきたらしい。


 まぁ、今はそんなことを言っている場合ではない。

 まずは生きることが先決だ。

 種族間のゴタゴタは、その後で好きにしたらいいのだ。


 プライドで腹は満たされない。

 時に柔軟な対応が求められるものだろう。


 目下、人間の集落に向けて、大移動しているのだった。





 目的地に到着したらしいが、周囲一帯、何もない岩場だった。

 集落の姿など、影も形も無い。


 俺が疑問に思っていると、俺が集落で初めて会った大人の鬼が教えてくれた。


「人間たちにはこの環境は厳しすぎる。だから、地下に住んどるんだよ」


 あぁ、もしかして、俺が地下牢に入れられたのも、その辺りを配慮してのことだったのか。

 確かに、普通はこんな灼熱地獄みたいな地表では、ただの人間では生きてゆけないだろう。


 周囲の風景に溶け込むように、集落への入口はあった。

 二人が並んで歩けるぐらいの階段が地下へと続いている。


 いきなり大人数で押しかけても、印象が悪い。

 代表者が人間に交渉に向かうこととなった。

 お館様だ。

 そして、俺もついていくことになった。


 俺は人間だし、仲介とまではいかないかもしれないが、一方的な物言いにならないように、俺が口添えをするためだ。




 地下は思っていた以上に明るかった。

 広大な空間だからか、または、他に出入口が複数存在するのか、空気の淀みも感じない。


 地下洞窟というには、余りに大きい空間だった。

 自然発生ではなく、人工的に手を加えているのか、それこそ、鬼族も建造に携わっていたのかもしれない。


 俺たちの姿に気が付いた人間の住民たちが、皆一様に驚きと隠しきれない恐怖を持って迎えた。


 守衛らしき人物へと、お館様が話を通す。


「長と話がしたい。……急ぎで頼む」


「は、はい。暫しこちらでお待ちください」


 守衛の詰め所らしき家屋へと通され、別の守衛が長の元へと伝えに走った。


 それ程時を置かず、守衛が戻って来た。


「長がすぐにお会いになられるそうです。ご案内致します」


「うむ、苦労を掛ける」


 俺たちは守衛の案内に従い、集落の奥へと進んでゆく。

 集落の最奥であろうそこには、他の家屋よりも、二回り程大きな建物があった。


「こちらの建物になります。靴はそちらにお脱ぎください」


「……あー、それなんですが……」


 俺は、申し訳なくなりながらも、靴を脱げない事情を説明する。

聖衣せいい】と連動する靴を脱ぐには、全裸になってしまう、というものだ。


 案の定というか、すぐには納得してはもらえなかった。

 そこに、玄関先の騒ぎを聞きつけたのか、家屋の中から年配の女性が現れた。


「お客様を玄関先に立たせて、一体何を騒いでいるの?」


「……っ!? すみません! 実は……」


 その女性に、守衛が事情を説明する。


「……変わった事情をお持ちのようですわね。代わりのお召し物をご用意することもできますが、如何されますか?」


「お心遣いには感謝致しますが、ご遠慮させていただきます」


「左様ですか。それでは、そのままお上がりくださいまし。この先へは私がご案内差し上げます」


「うむ、よしなに頼む」


「はい、どうぞお上がりくださいませ」


 女性につき従い、長の居る部屋へと案内される。

 横開きの木戸の前で、女性が中へと声を掛ける。


「お客様をお連れ致しました」


「お通ししろ」


「はい。それでは、どうぞお入りくださいませ」


「うむ、案内、苦労であった」


「いえ、滅相も御座いません」


 そんな遣り取りの後、女性が扉を開き、促されるまま部屋の中へと入る。

 長と思われる老人は、部屋の奥、ではなく、扉のすぐ横に居た。

 それも、こちらに向かい平伏して。


「む、人族の長よ、面を上げられよ。此度は我が約定を破り、ここへ願い事に参ったのだ」


「……それでは、失礼しまして」

「改めてご挨拶させていただきます。私がこの集落の長を務めさせていただいております。この度は御訪問いただきありがとうございます」


「我はここより程近い場所に住まう【炎鬼族】を取り纏めておる者だ。名乗りは割愛させていただくが、此度の急な謁見、了承いただき感謝いたす」


「いえいえ、滅相も御座いません。それでは、奥へお座りください」


 上座下座と言うやつだろうか。

 確か、入口から遠い席が上座、入口に近い席が下座、だったか。

 どうやら長は、鬼族であるお館様に上座を譲るようだ。

 それぞれが座ったところで、話が再開される。


「早速だが本題を告げる。実は先だって【鬼神】様が崩御された」


「何と!? ……それはそれは、私が皆に代わり、お悔やみを申し上げます」


「……そなたたちに感謝を。して、その際、我らの集落が災難に見舞われ、皆、住処を失くしておる」

「突然現れて、虫のいい話ではあるが、皆にこの集落の一部を間借りさせては貰えぬだろうか」


 次いで、お館様は頭を下げた。


「頼む」


「!? そんな、お止めください! 私共に、鬼族の方が頭をお下げになられるなど、恐れ多い!」


「無理を申しておるのは此方だ。すぐに若い者たちで他の【炎鬼族】とも渡りをつけるつもりだ。長居はせぬと【鬼神】様に誓う」


「少しお時間をいただくことになりますが、集落の一部を空けさせましょう。あまり場所はご用意できないかもしれませんが、そこを皆様方でお使いください」


「かたじけない。此度の礼は、何れ必ず致す」


「いえいえ、どうかお気になさらないでください。お困りの皆様方に無礼を働いては、私が亡き父母や祖霊に叱責を受けてしまいます」


「……誠にかたじけない」


 結局、終始俺の出る幕は無かった。

 両者間にどれ程の確執が存在したのかは、俺には計り知れなかった。

 だが、良い方向へと事は運んだようだ。


「つきましては、お二方には、この屋敷をお使いください」


「……いや、気持ちだけ受け取っておく。我は皆と話さねばならぬ。それに皆を纏めることこそが我が勤め。離れていてはそれも叶うまい」


「左様ですか。でしたらお連れの方だけでも、是非」


「いえ、それには及びません。これから行く所もありますし」


「……そうでございますか。また、何か御座いましたら、遠慮なくお申しつけください」


「数々の心配り、痛み入る」



 その日の内に集落の一部が明け渡された。


 流石に、皆が住むには手狭ではあったが、野ざらしよりは遥かにマシだ。

 少しでも集落への負担を減らすためか、すぐに若い鬼たちが数名毎に別けられ、他の鬼族の集落へ事情の説明と救援の要請をしに出立した。


 ひとまず、一通り指示を出し終えたお館様と、俺以外に周囲には誰も居なかった。


「【鬼神】様は残念なことになってしまいました」


「……気にするな。そなたの所為でもあるまいに」

「永い、永いお役目を終えられたのだ。今はただ、安らかにお休みいただくのみだ」


「…………」


「それに、今はお目に掛かれぬからこそ、天寿を全うした後、御前に侍る際に叱責を受けぬためにも、我らは恥ずかしい真似はできぬ」


「……恨み言の一つも、無いんですか?」


「そなたにか? 何故だ?」


「俺が来たことが切っ掛けのように、こんな事態になってしまって……」


「…………」


「もしかしたら、俺が来なければこんなことには」


「たわけたことを申すな。 【鬼神】様を害したのは、そなたではない。……彼奴を忘れることは終ぞないが、な」

「我だけでなく、他の鬼族も皆、同じ思いだ。そなたは我の客人、それ以上でも以下でもないわ」


「…………」


「……して、もう旅立つのか?」


「そう、ですね。この世界の危機は去ったと思いますし。とはいえ、元々どうにかできるつもりもありませんでしたが」


「然り。そのように思っておったならば自惚れに過ぎるわ。人の身で世界を救ってみせるなどとは、な」


「……そうですね、俺もそう思います」


「であろう? それこそ、例え【鬼神】様であっても成しえ難いこと。努々忘れるな」


「はい」


「また、顔を見せに来るが良い。もっとも、その時もまだ、この集落におるとは限らぬがな」


「はい、是非また伺わせていただきます」


 そんな言葉を交わして、俺はこの世界を後にした。





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