第20話 赤鬼
俺の発した言葉は、余り伝わらなかったようだったか、俺のジェスチャーで得心がいったのか、すぐさま水を持ってきてくれた。
差し出された水を口に含み、付着した灰を洗い落とす。
それを何度か繰り返し、ようやく人心地つくことができた。
「ありがとう。お陰で助かったよ」
頭を下げてお礼を述べる。
その相手は少年だった。
だが、人間でないのは一目
赤黒い肌に額に突き出た角。
その様は鬼だった。
金色の瞳が俺を見つめてくる。
「……どうかした?」
思わず尋ねる。
「あんた、なんでそんなに真っ白なんだ?」
すると、そんな言葉が返って来た。
あぁ、確かに、初見であればこの姿は異様だろうな。
髪も服も真っ白なのだ。
まして、彼は赤黒い肌を持ち、髪は黒色。
これ程色味の違う生き物を、見たことすらないのかもしれない。
「はははっ、珍しいかな? この服を脱げれば、君と同じ黒髪なんだけどね」
俺は苦笑しつつ、そう答えた。
とはいえ、素直に【
「???」
俺の言った意味を理解できなかったのか、首を傾げている。
その反応は仕方がない。
俺も、突然そんなこと言われても、意味が分からないだろう。
「この服を着てると、髪まで真っ白になってしまうんだよ」
「ほぇー、そうなのか。変な服だな、ハハッ!」
余り理解はしていない様子だが、とりあえず面白かったらしい。
すると、俺たちの騒ぎを聞きつけたのか、今度は大人がやって来た。
その容姿は、子供にあった特徴と、変化は見られない。
鬼のような様は、種族共通の特徴のようだ。
「……君、人間か? 何故この村に居るんだ!?」
おや?
人間かと問われるということは、【リング】の翻訳がおかしいのでなければ、この世界にも俺と同じ人間も住んでいるのだろうか。
「えぇ、
「それで、何でこの村に?」
「目的あっての来訪ではありません。偶々近くにあるのを見かけたので、助けを求めて寄らせていただいたのです」
「……人間が、この村に来るのは不可能な筈だ。溶岩に囲まれたこの村に、お前ら人間は来る方法が無い」
「成程、そういうわけでしたか。実は、俺はこの世界の住人ではないのです」
「は? 何を言っとるんだ?」
「口で説明するより、見て貰った方が早いかと思うので」
俺は、そう言うなり【リング】で宙へと浮き上がった。
余り高く飛び上がっても仕方がないので、地面から浮いているのが分かる程度にしておいた。
「こうやって、溶岩を飛び越えて来たんです」
「!?」
実際は、この集落自体へは【
当然、びっくりしている。
「この世界の人間は飛ぶことはできないでしょう? これで証明になりましたか?」
「あ、あぁ。確かに、人間は飛ばないな」
「そうか、だったら悪いことは言わない。さっさと飛んで行った方がいいぞ」
「それはどういう……」
「待て! そこの人間、動くな!」
俺の言葉を遮り、別の男の声が、強い口調でこちらへ向けられて放たれた。
こうなれば、最早見る迄も無い展開と言えた。
もしかしなくても、異世界で何の抵抗も無く、迎え入れられたことは無いように思える。
大人しく両手を軽く上げ、無抵抗を示す。
「人間がこの村に立ち入るとは、不可侵を望んだのは、貴様ら人間の方ではないか!」
「それをわざわざ、自ら破るなど。愚かにも程があるわ!」
ふむ、どうやら人間はこの村には立ち入らない決まりがあったらしい。
またしてもやらかしてしまったかもしれない。
俺の下手な行動で、この世界の人間の立場が悪くなるのはきまりが悪い。
「お待ちください、
「聞かぬ! 速やかに連行する!」
さっきの大人が潔白を訴えるが、聞く耳を持たない。
左右の腕を、足軽のような服装の者にそれぞれ掴まれながら、連行されてゆく。
通り過ぎる町並みは、どこか古来の東洋風の家屋を思わせる。
日本人には馴染み深い建物だ。
遠くには、寺社のような建物も見える。
だが、進行方向的に、そこには向かわないようだ。
徐々に周囲から家屋が少なくなってゆき、天然の地肌が多く見られる景色となる。
まだ目的地にはつかないのか、風景は更にただの岩肌へと変わってゆく。
遂には、家屋も無くなった。
ただの岩場にしか見えない。
すると、先導する者の背が急に低くなった。
思わず注視すると、どうやら岩場に地下が設けられているようだ。
先導者は階段を下りたがために、そのように見えたらしい。
階段を下りた先にあったのは、天然の洞窟を流用したような、ありがちな地下牢だった。
元々、あまり使うつもりは無いのか、牢屋は一つしかなかった。
俺は無造作にそこに放り込まれる。
「そこで待っているがいい。すぐに他の人間共も見つけてくれる」
その口ぶりから察するに、どうやら複数人で集落へと侵入したと思われているようだ。
無駄とは思いつつ、後で難癖付けらえるのも面倒なので、一応言っておく。
「俺は一人でここに来たんです。それに、ここの規則も知らなかったんですよ」
「虜囚の言葉に耳は貸さぬ」
いや、おい、待ちたまえよ。
会話が成立しないにも程があるだろう。
捕縛する時も話を聞かず、大人しく捕まっても話を聞かないと来た。
じゃあ、一体、いつ話を聞く気だと言うつもりなのだろうか……。
俺があまりの言葉に二の句を告げないでいると、俺を連れてきた者たちはさっさと出て行ってしまった。
その場には、俺だけが残される。
さて困ったね。
今まで以上に困ったことになっているかもしれない。
何せ、会話が成立しないのだ。
あれかな、肉体言語という名の、殴り合いでしか分かり合えない感じですか?
流石にイライラしてきた。
だが、ふと、今の状況へと至る過程を思い起こしてみる。
そもそも、俺は何をしていて、この集落へと来てしまったのか。
そう、寝ようと思って、黒雲に入ったせいだ。
つまり、寝床を探していたのだ。
それこそ、洞窟とかをこそ探していた。
ここじゃないか!
思いがけず、当初の目的を達成する。
いや、むしろ、目的を二つも達成してしまった。
この世界の住民と、寝床。
ここには、あの眩しいマグマも無ければ、五月蠅い看守も居はしない。
ここは有難く、ゆっくりと眠らせて貰うことにしよう。
どこか遠くから、雄叫びのような声が聞こえた気がした。
ゆっくりと意識が覚醒してゆく。
夢見は最悪、いつもどおりだ。
あれ程、習慣と化していたソシャゲのスタミナ消化の日課ができなくなって何日過ぎたことか。
昔はよく、スタミナが満タンになる時刻が近づくと、勝手に目が覚めてしまったものだった。
それも、レベルが上がれば睡眠時間分は確保できるようになるため、やり始めたばかりのソシャゲあるあるだったが。
夢に引きずられたのか、且つての日常を思い返してしまった。
そんな感傷に浸っていても、気分が沈むだけだ。
切り替えていこう。
睡眠欲を満足させた俺は、次に食欲が首をもたげてくるのを感じた。
何か食べたいところだが、ここが牢屋だということを思い出す。
別に脱獄することは【転移】により容易いが、脱獄が知れると、またこの世界の人間の印象を悪くしかねない。
俺が気を配る義理も無いかもしれないが、俺が逆の立場であれば、迷惑この上ない。
とりあえず、空腹が限界を迎えるまでは、この場で待機しておこう。
外の様子が伺えないので、今が何時がも分からない。
だが、外が見えたとしても、あの黒雲では、日の傾きも分からないか、とすぐに思い直した。
しかし、別段することも無い。
相も変わらず、暇というのは、欲しい時に無く、要らない時は売るほどに持てあますものだ。
すると、起きる間際に聞こえた、何かの叫び声のようなものが階上より響いてくる。
家屋のある場所からはそこそこ離れた場所に、この地下牢はあった筈だ。
そんな場所に声が響いてくるとは、傍に人でも居るのだろうか。
一体、何だったのか。
こんな世界で雄叫びを上げる存在。
それは、まさか、いよいよ。
ドラゴンなのでは!?
と、階段から足音が響いてくる。
俺の暇は売り切れたようだ。
「何だ貴様、ようやく起きたのか」
開口一番、俺を見るなりそんなことを言われた。
もしかして、俺が寝てる間に、見に来ていたのだろうか。
まぁ、放置されずに済んで良かったと思うことにしよう。
「あの、囚人に食事は提供されますか?」
「あ? 朝に持ってきたら、眠ってたのは貴様だろうが!」
「起こそうとしても、起きやしないし」
「だから、俺が代わりに食ってやっといた」
「…………」
あー、俺、こいつ嫌いだわ。
俺の中で看守の好感度が0から上がらなくなった。
別の看守とチェンジを願いたいところだ。
「それで、外に俺以外の人間は居ましたか?」
あまりにイラっとしたので、そんなツッコミを入れてみる。
「そんなことはどうでもいい! 上役から貴様を連れてくるように言われたのだ、さっさと出ろ」
乱暴に牢から連れ出される。
本当に、こいつは、俺の不快指数を何処まで跳ね上げるつもりなのだろうか。
頬が引き攣るのを抑えられない。
もうさっさとついて行って、用件を済ませて貰おう。
面倒事になりそうなら、【転移】で離脱してしまおう。
これ以上、こいつと居ると、俺の精神衛生上よろしくない。
離れたい一心で、ついて行かねばならない、という苦行を強いられた。
階段を上り、前日に来た道を戻っていく。
そして、今度は、遠目に見えていた寺社へと向かうようだった。
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