第19話 余波

 例によって、天界の女神像の部屋へと戻って来た。


 未だ、拠点候補は見当もつかない。

 今回は特に、そんなことを考えている余裕が途中からは無かった。

 一歩間違えれば、世界ごと終わりを迎えていた。

 犠牲者が出なかったかまでは不明だが、何とか【巫女みこ】を死なせずに済んだことだけが救いだ。


【森の民】の村には、流石にばつが悪くて居辛い。

 その後は気に掛かるが、立ち寄ることは最早無いように思える。



 そして、最後に出会った【執行者しっこうしゃ】と【天使てんし】たち。

 その力は凄まじく、赤龍せきりゅう白狼はくろうをあっという間に消滅させて見せた。

 いずれも【魔王まおう】クラスだった筈だ。

 しかも、白狼に至っては、【救世主きゅうせいしゅ】でもあったにも関わらず、問答無用で消滅させていた。


 彼らにとっては、【救世主】であることよりも、【世界の敵】、つまりは【大罪たいざい】保有者と言うことの方が優先順位が高いということなのか。

 そして、その優先された結果が、その存在の消滅だったということか……。



 とはいえ、俺が結果をとやかく言える立場ではないのも理解している。

 彼らが来たからこそ、最悪の事態をまぬがれたのは紛れもない事実だ。


 この先に向かうことになる世界では、既に彼らが【世界の敵】を消滅させているかもしれない。


 俺にとっては悪いことでは無いはずだ。

 いつもいつも、命懸けではたまらない。

 危険を取り除いてくれるというのならば、願ったり叶ったりだ。


 できれば、敵対したくは無い相手だ。

 なにせ、今は同じ世界、天界に居るわけなのだから。




 戻って来るなり、長考に入った俺に、しかし、いつもの如く女神像からの第一声は掛けられなかった。


 そのことに思い至り、ようやく俺は部屋の中へと意識を向ける。

 どうやら、メイドさんは【水晶球すいしょうきゅう】で何やら調べ物でもしている様子だった。

 女神はそちらに意識を向けているのか、俺に話しかける様子は無い。

 勿論、彫像の様子なんて、俺には伺い知れないのだが。



 一人と一体は会話を交わしていた。



「……やはり駄目です。どうやら捕捉していた【大罪】は、全て処理されてしまったようです」


「突然、これ程の速度で対処されてしまうとは……あちらも本気になった、ということでしょうか」


「【執行者】の力では、この短期間でこれ程の成果を上げてみせるのは不可能です。何か別の要因があったと思われます」


「では詳細を」


「はい。…………どうやら、【天使】の投入を行ったようです」


「……【天使】ですか? それがこの状況の要因だと?」


「より正確には、【天使】の武装が一新されたことこそが要因だと思われます」


「……それ程に強力な武装なのですか?」


「はい。記録を見る限りでは、光を放つ武装の様です。その光に触れた箇所が消滅している様子です」

「しかも、【魔王】ですら、その力に抗えなかったようです」


「それはまた、随分と有用な物をお作りになったものですね」

「……すると、目的は【魔神まじん】化への予防策、といったところですか」


「恐らくは。流石に【魔神】に対抗可能な戦力は、あちらも一人しか居ない筈です」



 聞こえて来た会話の内容から推察するに、俺の目撃した【天使】たちによる攻勢が、他の世界においても行われていたようだった。

 それに、俺が行かされる予定の世界も、既に【執行者】や【天使】によって、【大罪】保有者の排除がされたようだ。

 ようやっと、この良く分からない異世界行きから、お役御免となれたのだろうか。



「本当に、全て処理されてしまったのですか?」


「はい。捕捉していたものは全て」


「それは【眷属けんぞく】も含んで全てですか?」


「……いえ、【魔王】の反応は全てです。【眷属】であれば、まだ御座います」

「どうやら、向こうは【魔王】の処理を優先しているようです」


「では、その中から選定を」


「はい。かしこまりました」



 ……どうやら、残念ながら解放はされないようだ。

 まぁ、何かで脅されているわけでもないし、言うとおりにする義理も無いのだが。

 ただ、用済みになった俺がどういう扱いを受けるかが問題だった。


 女神はあくまで彫像を介しているだけで、脅威ではない。

 しかし、メイドさんがなぁー。

 今、話題沸騰中の【魔神】なんだよなぁー。


 結局、彼らが俺に何を求めているのかが不明の現状、正直、取り返しがつかなくなる前に、対処したいところではある。

 例えば、【魔神】クラスの力を有するとか、【魔神】の仲間を作るとか、【魔神】に対抗できる勢力に与するとか。

 手っ取り早く、女神とメイドさんが、俺に構っていられなくなればいいのだが。


 目下、【執行者】たちがその候補筆頭といえるだろうが、向こうはそこまで俺に固執こしつしている様子には見受けられない。

 よしんば、与することができたとしても、指示を出すのが、女神から巨神に変わるだけにしか思えない。


 俺は自由に生きていたいだけだ。

 何者にも害されず、何者にも支配されないで。

 俺も、誰かを害したいわけでは無い。



「残りの可能性からですと、【憤怒ふんど】が捕捉できました」


「……【憤怒】ですか。貴方から見て、可能性はありそうですか?」


「……正直に申し上げますと、可能性は低いかと」


「そうですか。他に候補は?」


「【強欲ごうよく】【傲慢ごうまん】の順で、捕捉した世界からの反応が強いです」


「ふむ。その三か所の中で一番強い反応は?」


「【憤怒】です」


「分かりました。では、できるだけ反応の強い所を優先しましょう」


「承知いたしました」



 俺の行き先が決定したらしい。

 俺はさながら、売られていく子牛の心境なのだが。


 脳内をドナドナが流れてゆく。


 両者共、俺の意見を聞く様子も見せず、事が運んだ。



【水晶球】に映し出されたのは、見るからに暑そうだと分かる世界だった。

 マグマがこれでもかと流れている。

 目が痛くなる程に、あの粘度の高い赤色が溢れていた。


 至る所で噴火が発生しており、その噴煙によって、空は黒く覆われている。


 その灼熱地獄だか、炎熱地獄だかのような世界を見て、俺は思ったことがある。

 きっと俺は、マグマ遊泳をすることになるのだろうな、と。


 如何なる事態にも、予測しておくことで、その対処は素早く行える。

 俺に今できることは、可能な限り、最悪を想定しておくことだ。

 どんなピンチからも生還するために。



 しかし、この一見して生存に適さない世界に、何が住んでいるというのか。

 ゲームでいうなら、火山やマグマだと、ドラゴンとかだろうか。

 ついさっきまで、木でできた龍モドキを見て来たのだが、今度は本物とのご対面となるのだろうか。


 他の可能性としては、火、もしくは、岩の特性を有する存在だろうか。

 全身を炎やマグマで構成している生物やら、マグマですら溶かせない岩の生物やら。


 俺の脳内では、怪物を一狩りする場面しか浮かばない。



 ともかく、【転移てんい】直後にいきなり襲われるのは避けたい。

 できるだけ、上空に現れるようにしよう。


 俺は覚悟を決め、新たな異世界へと赴く。



≪転移≫



 想定と違わず、上空に現れることができた。

 本当ならば、この黒雲の上に出たいところだが、それだと、地表の様子が伺えない。

 俺は、仕方がなしに、黒雲のすぐ下の高度を保ち、地表の様子を伺うことにする。


 眼下にはマグマが所狭しと蠢いている光景が広がっている。

 その色といい、光量といい、【聖衣せいい】のお蔭で、そんなことは無いと分かっていても、目が痛くなってくる。

 太陽程ではないにしろ、長く見ていると、目がおかしくなってくる。


 目に感じる幻痛に苛まれながらも、何か生物か目新しいものが無いか探す。


 予想に反して、ドラゴンに遭遇することも無い。

 眼下の光景は、いっそ、生命の存在を拒んでいるようにも思えた。


 何の成果も無いまま、空を飛び続けている。


【森の民】の世界を後にする際、確か夜になっていた。

 そのまま休むことなく、こうして飛行しているわけか。

 こうも暗くては、朝か夜かも分からないが、そう実感すると、途端に眠気を感じてくる。

 もういっそ、このまま寝てしまおうか。

【聖衣】と【リング】の重力制御があれば、例え空だろうがマグマの中だろうが、大丈夫だろう。

 とはいえ、ここではマグマからの光で明る過ぎる。

 かといって、雲の上に出ても、日の光で眩しすぎることだろう。


 何処か目に優しい、洞窟的な場所はないだろうか。


 俺は、目的を生物からねぐらへと変更し、適所を捜索する。

 ひとまずは寝る。

 思考力の低下は俺にとっては命取りにもなりかねない。

 人間、睡眠は大事だ。


 暫く探してみるが、良さげな場所どころか洞窟が無い。

 もしかしたら、全てマグマの中にあるのかもしれない。


 眠気でイライラしつつ、ふと、閃きを得た。

 そうだ、あの黒雲内であれば、地表からも上空からも光を遮ることができるのではないだろうか。


 本来であれば煙たくて、居れたものではないだろうが、俺には【聖衣】という最強の寝具がある。

 これさえあれば、どんな僻地であろうと、装着者に影響を及ぼすことは無い。


 これだ!

 これでいこう!


 本日の寝所は決定した。

 すぐさま黒雲内へと突入する。


 が、すぐさま脱出した。

 そうか、黒雲は火山灰なんだったな。

 口腔内に大量の灰がこびりついていた。

 これは防げないのか。


 俺は吸い込んだ灰により、咳込む。

 思わず涙目になりながらも、この口と喉の不快感を早く何とかしたい欲求に支配される。


 たまらず【転移】で異世界の水場へと移動しようと考えたが、視界に岩場の上にある集落を捉えた。


≪転移≫


 飛行するのももどかしく、【転移】で集落へと辿り着く。


 すると、俺に気が付いた何者かが接近してくるのを気配で察する。

 最早、盛大に咳込み、涙目で周囲も碌に見えない。


 俺は、近づく何者かに対し、速やかに要求だけ伝えた。


「ミズ、グダザイ」





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