インタールード C-1

 少女が、老年の同僚を伴って、詰めていた部屋へと勢いよく飛び込んできた。


【思考共有】が使えることをすら忘れたのか、少女は矢継ぎ早に言葉を放つ。

 聞けば、【色欲しきよく】の元で何人もの同僚に死傷者が出ているという。



 急ぎ駆け付けた先に、しかし、待ち受けている者は誰も居なかった。


 生存者、0。


 凄惨せいさんな現場だった。

 上位の【執行者しっこうしゃ】たちが、こうも一方的に圧倒されるとは。

 どれもまともな形を保っておらず、唯一、歳若い騎士が胸を貫かれているぐらいだった。


 先だっての情報によれば、ここは巨人族の神殿だったようだ。

 だが、この世界には最早、生命は存在しない。

 全て【色欲】の糧となったのだろう。


 この場に件の【色欲】は見当たらない。

識別しきべつ】にも反応は無い。


 思わず歯噛みする。

 そして誓う。


 ――必ず、貴方たちの仇を討つ。


 兜の下、鋭く細められた目は、まだ見ぬ相手への殺意で満たされていた。



「……余り気負うな」


 不意に声が掛けられた。


 気付けば、何時の間にか壮年の同僚が傍に立って居た。


 視線はこちらを向いてはおらず、散って逝ったともがらへと向けられていた。


「この有様はわれの判断ミス故だ。申請された援軍に、主要な者を加えなかった」


 その拳は血を流すほどに握り締められている。


「敵は魂を食らい続け、時を経るごとに力を増している。我々との力の差が広がるばかりだ」

「生まれ持った【美徳びとく】が、後付けの【大罪たいざい】に劣るとは。……皮肉だな」


「主上よりも更に上におわす存在のお考えは、私たちには計り知れぬのも道理」

「敵が私たちよりも上を、先を行くのであれば、私たちは更なる研鑽を積み上げ、追い越せば良いだけのこと」

日々ひびこれ精進しょうじんなり


 私らしくもなく語ってしまい、恥ずかしくなってくる。

 特に、最後のは言って後悔した。


 気まずい沈黙が流れる。


 だが、気まずかったのは私だけだったようだ。


 壮年の騎士は、苦笑しつつ言う


「フッ、精進が足らない、か」

「そこに至る間に、後どれ程の犠牲が出ることか……」


 続いた言葉に、私も返答できなかった。






 現場で可能な限り遺体を回収し、天界へと帰還した。


【執行者】たちの詰め所へと戻る。

 私たちを待っていた少女は、報告を聞くと泣き出してしまった。

 彼女は見た目と同じく、まだ若い、いや、幼いのだ。


 これで現場に連れて行っていたらと思うと……。

 この場に残るよう説得しておいて正解だった。


 彼女が現場におもむく日が来ないことを切に願うばかりだ。


 私たちの中でも、一番幼い少女は、皆に愛され、可愛がられている。

 特に、老年の同僚などは、孫のように可愛がっている。

 先だっての女神の監視の際も、同行していた。



 今回の一件で、私たちは数を減らしていた。

 元々、【救世きゅうせい】を使用する【救世主きゅうせいしゅ】が少ないため、必然的に【執行者】の数も限られる。

 しかも、【美徳】を複数所有している者は、極めて稀なのだ。

 にも拘らず、今回、その者たちの多くを亡くしてしまった。


 これからは、今まで以上に、現場での危険性が増すだろう。

 戦力の低下をどう補ったものか……。


 勿論、鍛錬を続けはするし、精進をおこたったりはしないが、直近の戦力低下は否めない。



 皆が気を落としている部屋に、一人の少年が入って来た。


 それが誰かを気づいた全員が、瞬時にひざまずいた。

 外見年齢は十代前半のその少年こそが、【執行者】の最上位者。

 他の者とは隔絶した強さを誇る彼は、唯一、全ての【美徳】を有している存在だった。


 普段は主上の傍を離れない彼が、何故この場に来たのか。


「皆、ご苦労だったね。今回のことは残念だった」

「今後は同程度の実力者で固まることなく、チーム単位で実力が均衡するように編成を変える」

「これは、不意の上位者との接敵に備えての措置だ」

「更に、今後は【天使てんし】を動員する」


【天使】。

 意思無き傀儡くぐつ

 見た目も相まって、好ましくない。


 指示を与えることで動く、天界の守護者。


【大罪】に対抗するのに適している点は理解できる。

【天使】に頭部が存在せず、意思を持たないのは、【大罪】に影響を受けないため。

魔王まおう】相手では、【執行者】ですら影響を免れ得ない場合があるそうだ。

 まして、【魔神まじん】相手ではどうなるか……。


 だが、【天使】は防御にこそ優れている。

 攻撃力は左程見込めない筈だ。


「【世界の敵】、つまりは【大罪】により有効な武器を作り出すことに、ようやく成功したんだ。今、量産させている」

「これで【魔王】相手ならば、容易たやすく掃討できる」


 …………。

 それは凄い。

 凄いが、何とも間の悪い話だった。

 どうしても、もっと早く用意されていれば、と思わずにはいられない。


「これで残る懸念は【魔神】だけとなった」

「これに関してだが……」

「僕が相手をする」


「「「!?」」」


 皆に動揺が走った。

 一時のこととは言え、主上の傍を離れるというのか。


「【魔神】は別格だ。君たちでは先の二の舞になるだろう」

「【魔神】を屠ったことのある僕が、相手をするべきだろう」


 ……確かに、有名な話だ。

 現在、【魔神】の空席の幾つかは、彼が討伐したらしい。


「もし、【魔神】に接敵した場合は、速やかに僕へ報告すること」

「それが君たちへの最重要命令だ」

「その場合、君たち全員で御座みざをお守りしろ」


「「「承知しました」」」


 皆で返答する。




 それはつまり、【世界の敵】の一掃が開始されると言うことだった。






 それから、左程の時を置かず、【魔王】の討伐命令が、私の班に下された。

 班員は、私を班長とし、他四名の、計五人構成だ。

 他の班も五人編成となっている。


 班員には、下位の【執行者】も含まれている。

 基本的に、上位二名、下位三名という編成だ。


 とはいえ、結局、この編成には余り意味は無いように感じる。

 戦闘は【天使】が行い、私たちはそれの指示と【魔神】発見の報告だ。

 この五人の内、誰か一人でも、【魔神】の報告を上げられれば良い、という思惑が透けて見える。


 ただ、実際、【天使】は戦力としては有難い。

 下位を含む編成で、【魔王】を相手取るのは至難の業だ。

 それを、【天使】のみで打倒し得るというのだから。


 勿論、話を鵜呑みにしていても、手痛いしっぺ返しを食らいかねない。

 実力の程は、現場で確認させてもらおう。




 現場に到着した。


 赤色に染まる世界。

 睥睨へいげいした先に【魔王】が存在していた。

 一見すると、大きな塊になっている一体しか確認できないが、【識別】では二体存在しているようだ。


 天界から【天使】を呼び寄せる。


 数体かと思われたが、呼び出されたのは数百規模だった。

 どれ程、量産したというのか、その全てが例の武器を携えている。


 攻撃が開始される。


 武器からは光のようなものが照射されていた。

 そして、それに触れた箇所は消滅していく。


 何て威力だろうか。

【魔王】が一方的に消滅させられてゆく。


 その光景を見て、ふと、嫌な想像が浮かんだ。

 その武器は何を元にしているのか。

 対象を消滅させる光。

 それは、【執行者】ならば、誰しもが一度経験している。


【救世】だ。


 あれは【救世】を兵器転用しているのではないだろうか。

 まさか、私たちから【救世】を剥奪したのは、そのためだったのか?

 確か、【救世】では上位者を消滅させられないと聞いていたのだが、だとしたら、あの武器は【救世】何個分相当だというのか。



 僅かな時間で討滅は完了していた。

 一応、念のために、他の四名は下がらせ、私が殿しんがりとして、状況の最終確認を行う。


 すると、視界内に見覚えのある姿があるのを捉えた。

 逃亡した【救世主】だった。


 何故、この世界に居るのか。

 一瞬、捕縛しようかとも思ったが、今は彼の存在に関わっている場合ではない。

 今も、他の班が【世界の敵】の討滅へと赴いている筈だ。


 それに、【美徳】を持たないという彼が【執行者】になったところで、戦力の足しにもならない。

 今は捨て置こう。

 だが、一応、宣告しておくとしよう。




 一方的に言うだけ言ってきた。

 少し、自分の口調にキャラを作り過ぎた感はあったが、まぁ問題無いだろう。


 さて、これからが大変だ。

 今回はスムーズに事が運んだが、全てがそうとは限らない。

 油断せず、慢心せず、慎重に。


 そして【色欲】、必ず見つけ出して、殺す!





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