第21話 館主

 明らかに周りよりも大きく、立派な建物。

 集落の最奥にあるようだし、この特別感だ。

 権力者か、長か、宗教的指導者辺りの住まいなのだろう。


 左右対称のその建物は、寺社、それも、寺寄りの造りをしている。

 神社は朱塗りとか白や黒の印象があるが、この建物は素材のままの色味をしている。


 ただ、建材が良く分からない。

 こんなマグマに程近い立地なのだから、木造では燃えるだろうし、そもそも木が生えていないと思うのだが、見た目は石造りではなく、木造に見えるのだ。

 まぁ、ここは異世界なのだし、俺の世界の常識は通用しないのかもしれない。

 火や熱に強い植物や木もあるのかもしれない。

 周辺にそれらしい物は生えていなかったが。


 先導に従い、建物の中へと入り、真っ直ぐに進んでゆく。

 程なく、謁見用と思われる広間に出た。


 どうやら宗教的な建造物ではなかったようだ。

 目の前には、鎧武者のような服装をした者が、一段高い場所で胡坐あぐらをかき、腕組みをして待ち構えていた。

 建物の規模的に考えて、最奥に通されたわけではなさそうだが、目前の人物がこの集落の責任者なのだろうか。

 精悍な顔つきに、鎧姿越しにも分かる立派な体躯。

 今まで見た中では、一番立派な角を生やしている。


 先導者に倣って、その正面の床に正座する。

 ……この世界でも正座なんてあるんだな。




「良くぞ参ったな、人間。我は――」


「っ!? ちょっと待ったぁーーー!!」


 いきなり名乗りを許すところだった。

 本来であれば、自分から名乗りを上げるというのは礼儀作法に則った、正しい所作なのだろうが、俺の信条的にそれを許すわけにはゆかない。

 こればっかりは、相手が神だろうが譲れないのだ。


「……いきなり何だ? 無礼にも程があると思うが?」


「いえ、できれば名乗りはご寛恕かんじょ願いたいのですが」


「何? それはどういう意味だ?」


「それは――」


 俺は、名乗り合うことに関する忌避感や信条を伝えた。


「……ふむ? そなた、随分と変わっておるな。我には不便極まりないように思えるが……」


「無礼は承知の上なのですが、どうか……」


「まぁ良いわ。元より、我の名を人間に呼ばせるつもりも無い。その様な無礼者、斬って捨てるところだ」


 名乗った上で、名前呼んだら斬り殺すとか、危ないな。

 でもまぁ、偉い人とか、目上の人に対しては、名前で呼ぶんじゃなく、役職とかで呼ぶのが普通なのかもしれないな。

 社会人経験が無いから、何とも言えないが。


「我のことは……そうさな、お館、とでも呼び習わすが良い」


「はい、分かりました」


 どこかの赤い武将が頭に思い浮かんだ。


「……して、そなたを呼び寄せたのは他でもない。聞けば、そなたはこの世界の人間では無いと申しておるとか。それは真か?」


「はい」


「……噓偽りと分かれば、即座に斬って捨てるぞ?」


「はい、噓ではありません」


「それをどう証明してみせる?」


「……この世界の人間にはできないことをしてみせる、というのは如何でしょうか?」


「ほぅ、して、何をして見せると?」


「空中浮遊とマグマ遊泳、どちらをお望みですか?」


「ハッ、ぬかしおる。最早、撤回は許さぬぞ?」


「はい」


「……では、両方して見せよ。さすれば、そなたの言、信じてやろう」


「分かりました」



 こうして、伏線回収を済ませることとなった。

 いやぁ、予め想定しておくってのは大事だと、改めて思った。


 建物の外へと連れだって出る。

 前言どおり、俺は、宙に浮いたり、マグマを泳いだりして見せた。

 何か、想像以上の手ごたえがあったのか、随分と気に入って貰えたようだった。



「いやぁ、見事見事。まさか、あのような事を成せる人間が居ようとはな」

「前言どおり、そなたを信ずることとしよう」


「ありがとうございます」


「礼は良い。……して、あれは我にも可能か?」


「……は?」


「じゃから、そなたの見せた業じゃ。あれは我にも可能なのかと、問うておる」

「あれは、そなた自身の力ではなかろう?」


「…………えぇ、そのとおりです」


 何でバレてるのやら。

 思った以上に油断ならない相手らしい。


「それで、どうなのじゃ? 可能か?」


「浮くのは可能ですが、泳ぐのは無理かと」


「……何故じゃ? どちらもそなたの力では無いのじゃろう?」


「仰るとおりです。しかしながら、それぞれ異なる力に因るものなのです。片方はお貸しすることも可能ですが、もう片方はお貸しすることは叶いません」


「ほぅ、左様か。まぁ無理ならば仕方あるまい」

「では、浮く方を試すとしよう」


「……一応、念のため申し上げておきますが、お貸しするだけで、お譲りすることはできかねますよ」


「分かっておる。寄越せなどとセコイことは言わぬ、安心せい」



【リング】を外してしまうと、翻訳機能が失われてしまうため、渡す前に、色々と浮く際のコツや注意などを説明しておいた。

 もしもお館様が、マグマに落下した場合、俺の身の安全は保障されるのだろうか……。


 俺の懸念は杞憂に終わった。

 思った以上に軽快に宙を舞って見せたのだ。

 何だったら俺よりも上手いかもしれない。

 身体を動かすセンスの様なものが、俺と違って優れているのだろう。


 十二分に満喫したのか、特にごねることもせず、【リング】を返してくれた。

 その際に気が付いたが、相手が【リング】を着けていれば、会話が可能だった。

 確かに、改めて考えてみれば、俺か相手のどちらかが着けていればいいわけだ。

 そういえば、最初に天界に迎え入れられた際、俺が【リング】を着ける前に、女神やメイドさんと会話できていた。

 あれは、そのお蔭で可能だったのか。


 お館様は、何ともサッパリとした人物だった。

 割と嫌いではないし、付き合い易いと感じる。

 ……しかし、おやっさんといい、お館様といい、何故に俺の異世界生活で仲良くなるのは男ばかりなのだろうか。

【森の民】の【巫女みこ】は、仲良くなったわけではないしな。

 嗚呼、憐れなるかな、我が灰色の人生……。


 思考が大分逸れた。

 ともかく、気風の良い人物のようだ。

 この世界に居る間は、良好な関係でいたいものだ。




 再び、件の広間へと戻って来た。


「ふむ、堪能させて貰った。よもや死ぬ前に空へと昇ることができようとは。なんとも愉快」

「苦労であった。礼を言う」


「いえ、お気に召していただけたようで、なによりです」


「それはそうと、そなた、何用でここに参った?」


 問われ、俺は考える。

 俺は何をしにこの世界へと来たのだろうか、と。

 相も変わらず、理由らしき理由は無い。

 いつもどおりならば、【大罪たいざい】に会うことが目的なのだろうか。

 ただ、今回は世界の終末期のような話は聞いていない。

 切迫した事態でも無いなら、今回こそは、俺は何もしなくて良いのだろうか。


「……この世界に、最近変わったことはありませんでしたか?」


「ふむ? 何とも漠然としておるが、そなた、質問に質問で返すとは何事か」


 おっと、注意されてしまった。

 割と人と話すときは丁寧な口調になるように気を付けていたのだが。

 会話の繋ぎ方を誤ったか。


「失礼しました。実はこの世界に異変があると聞き及び、参った次第です」


「ほぅ、異変とな」

「最近のことではないが、この世界は、今でこそ火山と溶岩のみが占めておるが、かつては違った」

「空もあり、緑もあり、海もあり。自然豊かな場所であった」

「その頃はまだ、我ら【炎鬼族えんきぞく】以外にも鬼がおったが、今となっては、この環境に適応できる我ら以外の鬼はおらん」

「だが、人間だけは昔も今もしぶとく生き残っておる」


 そうか、この世界は昔から今のような様子ではなかったのか。

 環境がそれ程激変したとなると、確かに異変と言えるだろう。

 だが、最近ではないということは、【大罪】に起因するものではない可能性が高いのか。


 他にも鬼が居たとのことだが、彼らが【炎鬼族】なら、他には水とか風とかの名前の種族だったのだろうか。

 そして、他の鬼は滅んでしまったが、人間は昔から生き永らえている、と。

 流石人間、生存に貪欲な生き物なだけのことはある。

 とはいえ、この世界の人間のことを知っているわけではないのだが。


「最近のことで無いのであれば、聞いていた異変の件とは異なるかと」


「やはりそうか。すると何であろうか……最近あったことと言えば、そうさな、【鬼神きしん】様が病で床に伏せっておいでになられることか」


「その方は、どういった方なのでしょうか?」


「【鬼神】様は、全ての鬼族にとっての生き神様であらせられる。この世界を創った方とも言われておる」


【鬼神】か。

 神繋がりで、どこか【神樹】と似た印象を受ける。

 その病とやらが【大罪】の【憤怒ふんど】なのではなかろうか。


「その症状に関して、伺ってもよろしいですか?」


「……そなたも既に聞いたやもしれぬが、時折、凄まじい叫び声を上げなさる」

「常に何かを堪えるように、身を鎮められておいでだ」


「もしかしたら、それが異変かも知れません」

「会わせていたたくことは叶いませんか?」


「それはならん。鬼ですら決められた時以外ではお会いできぬ」

「まして、人間ともなれば、無理だ」


「……そうですか。無理を言ってすみませんでした」


「我は気にせぬ。そなたも気にするな」


「はい、ありがとうございます」


 流石に会うのは無理か。

 一目見れば、不快感の有無で【大罪】かを判別できそうだったんだが。

 とは言っても、分かったところで対処のしようは無い。

 それこそ【神樹】の時のように、排除でもしようものなら、間違いなく斬り捨てられるだろう。

 だが、今回、この世界の終末期というわけではないようだし、【鬼神】を排する必要は無いだろう。

 何でもかんでも介入すればいいわけでもない。

 ここは大人しく従おう。


 それに、どちらかと言えば、あの看守の方にこそ不快感を覚えている。

 実はあいつが【憤怒】だったりしてくれないだろうか。

 そうすれば、俺は何の憂いも無く、あいつをマグマに向かってヤクザキックでもかまして沈めてやるのだが。

 と、いかんいかん、大人しくしようと思った矢先にこれだ。

 最近、自制が効いていない。

 自重自重。





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