第4話 対峙

 しばらくしてやって来た迎えの、インパクトは絶大だった。


天使てんし


 っぽいそれは、しかし、思い描いていた姿とは異なっていた。

 それも残念な方向へ。


 人型のそれは、首から下は白色の全身タイツのような物に身を包んだ、背に羽を有した男性体だった。

 服のセンスはともかく、問題は首から上だ。


 むしろ首から存在していない。

 頭部の代わりにあるのは、所謂、天使の輪が正面に円を向けて存在していた。

 想像上の【天使】の頭上にある天使の輪を正面側に90度回転させた状態だ。

 輪が頭部の代わりを果たしているのだろうか……。

 正直、気持ちが悪い以外の感想がない。


 当然ながら、口が無いので喋れるわけもなく、手ぶりによるジェスチャーで同道を促された。



 部屋を出た先は、光でできているような廊下だけがあった。

 壁も天井もない。

 振り返って見たが、先程の部屋も扉だけあり、壁が存在していない。

 必要最低限の表示物以外は透明になっているようだ。

 見渡す限り、所々にある扉以外に遮蔽物が存在しない、異様な空間だった。



 両開きの扉の前で、直立不動の態勢で床から僅かに浮いて移動していた【天使】が止まった。

 どうやらここが目的地らしい。


 扉が自動的に開いてゆく。


 開いた隙間から、凄まじいプレッシャーが襲いかかる。

 それ自体が圧力を持っているかの如く、体が後ろに押しやられる。


 扉が開き切ると、幾分プレッシャーが弱まったので、部屋の中へと足を進める。



 とてつもなく広い。

 そしてかなり暗い。

 女神像と同じく、それ自体が光っているのか、椅子に座っている座像が見える。

 まだ入り口傍であるにも関わらず、視界に収まらない程の巨像。

 見るもの全てを威圧せずにはいられない威容がそこにはあった。


 空間が振動する程の声が響く。


「新たな【救世主きゅうせいしゅ】よ。良くぞ、その役目を果たして参った」


 この巨像も内蔵スピーカーらしい。

 彫像に喋らせるルールでもあるのだろうか。


「これより新たな役目を与える。粛々と従事するがよい」


 有無を言わさず、言葉が投げかけられる。

 この巨神は対話する気が無いらしい。


「【救世きゅうせい】をこちらへ」


 体内を手でまさぐられているかのような不快感が襲う。

 不可視の何かが俺の中から【救世】を取り出そうとしているようだ。


 天界で使われたくないから回収したいのだろうが、それなら切り札として持っておくべきだ。

 他人、ならぬ、他神に命を預ける気はない。


「……嫌だね。あなたの言葉には従わない」


 ――何者にも、俺から奪わせはしない。


「俺は俺だ。あなたに従属なんてしない」


 ――何者にも、俺は支配されやしない。


「今後の行動も、俺の好きにさせてもらう」


 ――例え、それが神であろうと。


 不可視の何かが、俺の中から弾き出されたような感覚があった。


「俺に何かしようとするなら、即座に【救世】を使う」


 先の女神やメイドさんには申し訳ないが、今の俺が優先すべきは誰かではなく己だ。

 この【救世】が俺以外の誰も救えないなら、俺を守るために使用するまでだ。

 どこか、自分の意志とは別の何かに行動を誘導されているような違和感がぎるが、状況がそれ以上の思考を続けさせない。


「……ふむ。およそ【聖者せいじゃ】の振る舞いには見えんな。よもやただ人が【救世】を有したとは」


 何の前触れもなく、俺の周囲に気配が生じる。

 周囲を全身を黒い鎧で覆った騎士風の者たちに囲まれた。

【天使】とは異なり、ちゃんと頭付きだ。

 だが、顔に僅かな隙間があるだけの兜を被っており、その表情は窺えない。

 その背には羽も無い。


 各々、手に異なる武器を俺に突き付けている。

 剣、槍、斧、弓矢、銃、刃付きの手甲など。


聖衣せいい】の防御力がどれ程か判らないが、【聖衣】相手に構えている以上、向こうの力が上回るのだろう。

【救世】を使う間も無く攻撃されるだろう。


 いきなり命の危機を迎えている訳だが、仕方がない。

 俺は諦めたかのように、目を瞑り、体から力を抜く。


 周囲の警戒は変わらず解けない。

 だが、構わず集中する。

 イメージするのは、紫の空間。

 水晶のような鉱石で造られた部屋の姿。



転移てんい



 目を開く。

 俺は無事に紫の空間に居た、が。

 文字どおり目と鼻の先にメイドさんの拳があった。


「……うおっ!?」


 思わず後ずさるが、拳が追いかけて来ることはなかった。

 あれは殴る気だったんだよな?

 ……バトルメイドだったのか。


「その様子では、彼の神との謁見は規定どおりとはいかなかったようですね」


「……えぇ、まぁ。とりあえず何処かに――」


「ひとまず、別の世界へ身を隠しては如何ですか?」


「……え? えぇ、まぁ、そうですね」


 女神から掛けられた言葉に、同じような反応しか返せない。

 咄嗟に【リング】での【転移】を試みたが、無事成功したようだ。


 メイドさんが、部屋中央の巨大な【水晶球すいしょうきゅう】に手をかざし、立体映像のような操作パネルが浮かび上がる。

 素早く指を走らせ、どこかの星を【水晶球】に表示させた。

 拡大されたそれは、俺の住んでいた世界よりも遥かに文明が進んでいる都市の様子だった。


「こちらの世界などは如何でしょうか」


「条件を満たしているのですね?」


「はい。【世界の敵】からの干渉により、終末期を迎えております」


「宜しい。では、映像を良く目に焼き付けてください」


 メイドさんと女神が会話を交わしたかと思えば、最後のは俺に向けられた言葉か。

【世界の敵】や終末期やら、不穏当な台詞があったのだが、もたもたしてるとさっきの連中に追いつかれかねない。

 改めて【水晶球】の映像に目を向ける。


 まず目を引くのが、建造物。

 材質は如何なる物なのか、金属のような光沢が見えるが、しかし、その表面は風により水面のように波打っている。

 どの建造物にも、四角い物はなく、どこか丸みを帯びた形状をとっている。

 都市の中心を一番高く、端に行くにつれ、高さを下げており、意図的に都市全体をデザインしたものなのだろう。

 人々の姿は確認できないが、乗り物と思われる移動する物体は、全て空を飛び交っている。


 実現している文明レベルが、俺の世界より数世紀先を行っているようだ。

 映像を目に焼け付けた後、目を瞑る。

 都市の光景をイメージしようとする。


 ……が、その前に別の思考がよぎる。



 結果的に、自分が生き残る代わりに、他の全ての命が失われた。

 生者が死者のためにできることはない。

 謝罪も贖罪も自己満足だ。

 死者は答えず、語らず、責めも許しもしない。


 生者ができることは、生きることだけ。

 生きて何かを成すことだけ。

 なら、俺のこれからで、今からで、示そう。

 俺が生き延びたことが、他の全てを犠牲にして尚、価値があったのだと。

 そう死者に胸を張って言えるように。


 生きることを諦めない。

 犠牲にした者たちのためにも、俺は俺の命を諦めない。


 例え、他者を救えずとも。

 例え、世界を救えずとも。


 俺は生き抜いてやる!!!



≪転移≫


 そして俺は三つ目となる世界へと旅立った。





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