第3話 対話
「先ずは名乗るべきでしょうか。私は――」
「いえ、結構です」
彫像からの言葉を遮って、俺は断りの言葉を掛ける。
「……はい?」
案の定、戸惑いの声があがった。
「俺のことは好きな様に呼んで貰って構わないので、こちらも同じく好きに呼ばせていただけないでしょうか?」
「……まぁ、余程の呼び方でなければ構いませんが……。そのような願いを聴くのは初めてです。貴方は個性的な方なのですね」
俺は物心ついた頃から、どうにも名前を呼び合うという行為に忌避感がある。
名前ってのは、
お互いに特別だから呼び合うものではないのだろうか。
太古において、
……まぁ、単に他人の名前を覚えるのが苦手というのもあるが。
アニメ、漫画、ゲーム等を見ていて良く思ったのだが、一回名前を聞いただけで記憶し、以降名前を間違えることもない。
そんな神業、俺には絶対無理だ。
転入初日にクラス全員から自己紹介の洗礼を受け、初見の顔と名前を一致させるとか、凄いを通り越して正直怖い。
大体、ある程度は役職名とか特徴とかで会話は成立する。
俺は今までそうしてやってきた訳だし、これからの人生がどうなるかは不明だが、これぐらいは好きにさせてもらおう。
「……コホン。では気を取り直して。何からお話ししましょうか」
問われ、グラスを傍の床に置き、何となく佇まいを整え、正座する。
なるべく丁寧な口調になるよう心掛けて話をしよう。
名前の件で怒りを買わなかったものの、心証を下げるのは、今後の俺の境遇に関してよろしくないだろうし。
「では、まずは定番から。ここはどこでしょうか?」
「天界です。あなたの居た世界とは別の世界になります」
「所謂、神様とか天使がいる世界なんでしょうか?」
「そうですね、その認識で問題ありません。因みに、私も神の一柱になります」
天界に神……ね。
連れてこられたってことは、事情説明だけじゃなく、俺に用があるんだろうか。
兎に角、分からないことが連続しているし、いろいろ聞いてみるか。
「俺の居た世界はどうなったんでしょうか?」
「あなたの世界は消滅しました。あなたの居た惑星だけでなく、宇宙全てが消滅しています」
「…………は?」
言葉の意味が
俺の住んでた地域は手遅れかもしれないとは思ってたが、地球どころか、宇宙ごと無くなった!?
……規模が大き過ぎて想像つかないにも程がある。
さっきまで当たり前だったもの全てが、もう何処にも存在していないという。
どれだけの命が失われたのか。
その全てを俺が奪った!?
【
「……【救世】は、世界を消滅させる力なんですか?」
「はい。あなたの使用した【救世】とは、世界を初期化する力です。発生した白光に触れた、ありとあらゆるものは消滅します。あなたが先程まで居た空間は、消滅後の世界だったのです」
……何ということか。
幼い頃から寄る辺としていたソレ――【救世】は、その名に反して、殺傷性及び効果範囲が最大の兵器に等しかった。
にも拘らず、個人が所有しており、自己判断により実行可能という、あるまじき管理体制という有様だ。
一体、どのような思惑の元、そんな仕様となっているのか。
とはいえ、危険な道具と使用者が居るならば、責任の所在は使用者にあるのは明白だ。
危険な能力だからといって、能力自体に責任がある訳ではない。
効果を知らなかったとはいえ、使用した俺に責任があるのだ。
「世界とは、この天界や、あなたの世界以外にも数多存在し、それぞれの世界毎に独立して生命の循環を行っています」
「世界の終末期に際し【救世】を宿すモノ、即ち【
「世界を初期化することで、速やかに世界の再誕が可能となるのです。例え世界の全ての生命が失われても、世界に消滅していない何かが残っていれば、世界の再誕は行われません」
「但し、【救世】を用いなければ世界再誕が叶わない訳ではありません。あくまでも大幅な時間短縮が可能という程度です。世界が終末を迎えれば、徐々に世界は崩壊し、最後には消滅しますから」
んーー?
話しぶりからは、世界を滅びから救うことはせず、世界の寿命と割り切って、次の新世界に移行させることが、この神様たちの思想のように感じられる。
この調子では、世界の修復を願っても駄目そうだ……。
何というか、世界に対し愛着、もしくは、未練みたいなものは無いような……。
例えば、植木鉢に見立てた場合、鉢植えを世界とし、土を宇宙、植物を惑星だと仮定すると、植物が枯れることが世界の滅亡、土と植物を処分することが世界の消滅、新たな土と植物を用意することが世界の再誕、というようなものだろうか。
あくまで植木鉢の管理であり、枯れた植物を再生させることはしない、といった具合か。
まぁ、俺のイメージでしかないが。
それはそうと――。
「俺は消滅していないのですが、それはこの服と関係があるのでしょうか?」
「ご推察のとおり、それは【
「アーティファクトとは、簡潔に表するならば、特別な力を宿した道具、といったところでしょうか。【聖衣】は所持者を守り癒す力を有する着衣です。あなたが五体満足なのも、あの空気すらない世界で生きていられたのもその効果によるものです」
「【救世】を使用した直後、勝手に服が変わったのですか、それはどういうことなのでしょうか?」
「【救世】は消滅の力。その力から所有者を守るための備えとして強制的に【聖衣】が発現するようです。【救世主】用の救命措置と言ったところでしょう」
この服がそんなとんでもない物だったとは。
無酸素状態でも問題なかったし、怪我というよりほぼ体が食われてなくなっていたのに、復元してるし。
守りも癒しも神様基準なのだろうか。
おかげで助かったんだから、無論文句はない。
「【救世】を俺に与えたのは何者かご存じでしょうか?」
「……この天界に在る神の何れでもありません。私たちは世界の管理を使命として存在しており、創造は神の力の埒外なのです。【救世】の付与はおろか、生命の誕生、世界の再誕等は神の力ではありません」
「つまり、創造主と呼べる存在が別に居るということでしょうか?」
「そのとおり、と言いたいところですが、私たち自身も彼の御方に拝謁することはおろか、存在を感じることすらありません。ですが、私たち神は生まれながらに使命を帯びており、全ての世界や神を創造した、より高位の存在が居る筈だと考えています」
創造主が別に居るってのは、まぁ意外でもないが、神の存在意義って……。
もしかして、【救世主】と神って比較的境遇が似ているのか?
かたや【救世】を与えられ、かたや使命を与えられて。
ここで聞ける話では、理由までは無理そうだな。
「【救世】が備わる条件のようなものはあるのでしょうか?」
「先に述べたように、神が意図的に任意の生命に付与できる類のものではありません。世界とは数多存在し、その世界全てにおいて、終末期には【救世】を宿す【救世主】が誕生します。その【救世主】とは、あらゆる生命が成り得ます。例外を除いて【
「ビトクとは何でしょうか?」
「美しい品性や恩恵を指します。【美徳】とは、七つあるとされています」
【
【
【
【
【
【
【
「これらの何れかを有する者は【
ゲーム等で【
まぁ、悪い性質があるなら、善い性質があるのも当然といえば当然なのか。
ケンジョウ、とか、キュウジュツとかは、字面も意味も解らないが。
「俺も何かの【聖者】なんでしょうか?」
「……いえ、あなたは例外のようです。あなたには【美徳】は備わっておりません」
「……えーと、それは、問題が生じたりはしないのでしょうか?」
「あくまでも、その傾向があるというだけです。それに【救世】を使用しない【救世主】の方が多いくらいですから」
……それは何というか、【救世主】の存在意義が希薄な感じがする。
神々にとっては、便利な存在というだけに過ぎないのだろうか。
むしろ、同族を含む生命全てを消滅させる術を使わせる、この仕様が気に入らない。
使った後に後悔させようとしている風にすら思える。
「【救世】を使用した【救世主】は、その後どうなるのでしょうか?」
「全て天界に迎え入れられます。そして【救世】を剥奪され【
「シトとは何でしょうか?」
「神と【使徒】の関係は、人間社会で言う所の、上司と部下が近いでしょうか。但し、神の有する命令権は、人のそれとは比べ物にならない程に高いものとなります」
【救世】の剥奪……。
恐らくだが、天界で使用されないための予防措置のように感じられる。
神に通用するかは不明だが、消滅を免れないものも存在しているのだと思う。
いや、目の前の女神も、彫像を依代にしているようなことを言っていたし、本体は別の世界にでも居るのかもしれないな。
【使徒】云々は、上司と部下というより、主人と従者という印象だ。
それというのも、横にメイドさんが居るんだし、主従関係で間違いないだろう。
……そういえば、今までのやり取りの間、メイドさんはその場から微動だにしていないのが、怖すぎる。
床に置いたグラスを回収したりもしないし、命令あるまで待機、なのだろうか。
後、さっき貰ったグラスと水は、この台座と球体と彫像しか無い部屋の何処から出してきたのかも疑問なのだが。
「俺の世界を襲っていた生き物についてご存じですか?」
「……申し訳ありません。【救世】の使用を検知し、救助に向かわせただけなので、あなたの世界の事情に関しては存じ上げません。後で記録を調査してみます」
「消滅した世界の記録があるのですか?」
「この部屋の中央にある台座、その上の【
スパコンとかより、もっと凄い演算・記録媒体ってことか。
別に神の力ってので、世界を監視している訳ではないんだな。
「俺はこれからどうなるのでしょうか?」
「別の神の一柱と会っていただきます。この天界の纏め役のような方です。そこで、先に述べたように、あなたの【救世】を剥奪し、【執行者】の一人とすることでしょう」
「【執行者】になった場合、何をすることになるのでしょか?」
「彼の神の命令に従うことになります。基本的にはこの天界に滞在し、【世界の敵】が現れた際、その対処を行います」
「【世界の敵】……とは何ですか?」
「他の世界に干渉し、生命の循環を乱し、世界の終末期を改変させる者たちのことです」
……それは、俺の世界に居たイヌザルも該当するのではないだろうか。
どう考えても、既存の生き物ではなかったし、突然変異というには数が多過ぎたし、事前情報も無かった。
知的生命には見えなかったが、知性が無くても他世界への移動可能な能力とかがあるのかもしれない。
「……とりあえず、今思いつく質問はこれぐらいです」
「そうですか。では、迎えが来次第、彼の神への謁見に向かっていただきます。それまではここでお休みください」
「……それと、そちらを身に着けておいてください」
その言葉を受け、横で微動だにしなかったメイドさんが、いつの間にか掌に金色の輪っかを乗せてこちらを向いていた。
「この輪は何でしょうか?」
「そちらは【リング】と呼びならわしている、多機能を有するアーティファクトの量産品です。サイズ変更は自在で、指輪・腕輪・首輪などにできます」
「主な機能としては4点になります」
・知的生命との対話(現地の言語習得不要)
・重力制御による移動
・転移(他世界へも可能)
・外的要因からの保護
「最後の機能に関しては、【聖衣】に及びませんが、転移先の状況に対しての防護措置となります」
「また、転移機能に関しては、行き先のイメージができないと、行くも戻るもできなくなりますので、使用する場合はご注意ください」
「……どれも凄い機能ですね。お借りします」
メイドさんから受け取り、ひとまず左腕に着けてみた。
見た目は金の腕輪だが、金属的な感触はない。
まるで水を纏っているような感覚で、重さもない。
着けている感触が希薄過ぎて、逆に外れていても気が付かない気すらする。
迎えとやらが来るまで、壁に背中を預け、休むことにする。
いろいろな情報を得られたが、反芻しておかないと忘れそうだ。
あくまで一人……というか一神?に聞いただけなので、情報の整合性は無い。
参考程度にしておかないとな。
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