第159話 治癒師
犯罪者向けの小屋とは別に、要注意転移者向けに用意された小屋では、要注意転移者として自治領に飛ばされたリゲルと、その管理、兼、世話役のアークが過ごしていた。
二人共に寝る前のひとときに、二人はアークが持ち込んでいた書籍に目を通していた。リゲルはアークの指示でこの世界のことを学ぶために歴史書などを読み、アークは敬虔な信徒としての学びとしてフェールラーベンの残した聖書に目を通していた。
ふと外が騒がしくなる。本を読んでいたリゲルが窓の外に目をやる。
「だいぶ外が騒がしいですね?」
「……どうせまた犯罪者達が喧嘩でもしたのだろう」
「それは荒々しい……そう言えばこの世界だと怪我をしたら。魔法で?」
「そうだな。一応ギルドの治癒師が居るはずだ」
「ふうん……」
何かを考えているようなリゲルの返事に、本を読みながら空返事をしていたアークが顔を上げる。
「興味があるのか?」
「そうですね。人を癒す魔法。見てみたいです」
「……そうか。おそらく治療小屋だろう」
そういうと、アークは本にしおりを挟み、傍らに置いた。それを見たリゲルが嬉しそうに笑う。そんな無邪気な顔にアークは苦笑いをしながらコートに手をかける。
「外は寒い、お前も何か羽織れ」
「はい」
そして、二人は治療師が居る小屋に向かった。
ここはイルミンスール大陸の開拓の最前線に作られた村だった。その為にかなり簡素な作りの建物ばかりが目立つ。街灯なども無く、それぞれの建物の入口に灯る僅かな光だけが寂しく灯っていた。
「ここだな」
その中でも小ぶりな一つの小屋に行く。二人が向かっていくと、中からギルド職員に率いられ、2人の受刑者が自分たちの小屋へ帰っていくところだった。
「あ、アーク様!」
職員はアークに気が付くと慌てたように挨拶をする。アークは後ろに居る二人の受刑者に目を向け少し残念そうに答える。
「ふむ。もう治療は終わったのか?」
「え? いえ。この二人はケガ人を運ぶのを手伝っただけです。治療は今中で行われています」
「そうか……見学していいか?」
「は? その……見学ですか?」
「リゲルがな。この世界で魔法などを殆ど見たことが無いようでな。治癒魔法を見せようと」
「な、なるほど……はい。構いません」
ギルド職員に断り、アークはリゲルを促し小屋の中に入っていく。
小屋の中では、一人の老人がベッドに寝ている小日向に必死に治癒魔法をかけていた。
「何じゃっ! 今は治療できんぞ!」
「いや、治療を見学したいだけだ」
「ん? おおアーク殿か。丁度いい手伝ってくれ」
「そんなに重症なのか?」
「ああ。ちょっと怪我の場所がまずい。折れた骨が内臓に食い込んでおる。生命維持がやっとじゃ」
「どうすればいい?」
「生命の維持を頼む。ワシだけじゃ治療と両方は出来んのじゃ」
どうやら老人は命をつなぎとめるのがやっとで怪我の治癒の方まで手が回らないようだ。アークは治癒は専門ではなかったがある程度は心得があった為にすぐに状況を把握する。コートを脱ぎ傍らにあった椅子に掛けると、腕をまくって気を失っている小日向に近づく。
それを老人が場所を開けるとアークが小日向の胸にそっと手を当て、生命力の様な物を注ぎ込む。
「俺は細かな治療までは出来ないからな、体力を注ぐくらいだ」
見ていたリゲルにアークがそっと説明する。その横で老人がけがの状態を確認していく。
「意識を失ってて助かるワイ」
アークが補助に入る事でようやく老人は治癒を始められたようだ。
折れた骨などはある程度の場所に整復した状態で魔法をかけたほうが治りが綺麗だということで、かなりの力を込めて肩から腕へと両手でぐっとつかみ位置を合わせた状態で魔法を発動させる。
当然意識があれば、激痛だろう。
「うう……」
意識を失っていても痛覚は反応するのか荒々しく動かされる度に小日向がうめき声を上げる。やがて肩や腕を治すと今度は肋骨のあたりを触りながら触診をしていく。
「面倒じゃのう……」
そう呟くと、治療道具からメスを取り出し、脇腹に当てる。そしてリゲルの方を振り向く。
「気持ち悪ければ外で待っておれ」
「……大丈夫です。切るのですか?」
「ああ、折れた骨が内蔵を傷つけておるからな、直接治すほうが早い」
「なるほど」
リゲルが特に気にしていないのを見て老人は作業を再開させる。折れた肋骨のあたりにメスを当てるとスッと引く。途端に中から大量の血があふれる。
老人はためらうこと無く切り口から手を突っ込み、折れて内側に刺さった骨を元の位置に戻し内側から治癒魔法を発動させていく。
「すごいですね」
「その年で平気な顔でこれを見れるお前も十分すごいと思うぞ」
「ははは。そうですか?」
近くで見ようと老人の真横まで来たリゲルに老人は答える。
老人はそこまでリゲルの相手をするわけでもなく必死にの治療を続ける。折れた骨で傷つけられた臓器を治しつつ、骨の整復を同時に行っていく。
その手際の良さにリゲルどころかアークも驚きを禁じえない。
治癒魔法を使えるだけでは、怪我や病気の治療には限界がある。様々な世界から張ってくる医術の知識や技術などが無いとここまでのことは出来ない。
医師として鍛えられた知識と技術があってこその施術だった。
脇腹に入れた切開線まで治療をするとようやく一息つく。
「アーク殿、助かったわい」
「いえ。こちらこそ素晴らしいものを見せていただいた」
「なになに大したことはしとらん。……それよりだいぶ出血もしたからな。しばらくはこのまま寝かせておかんとな」
「それにしても、この若さで受刑者か……」
アークが呟くと、老人はおや? といった顔で見返す。
「知らなんだか? そいつは受刑者じゃないな。たしか要注意転移者じゃ」
「なに? 珍しいな」
「僕と、同じ……なのですか?」
「ん? そうだな。……年齢も近そうだし話が合えばいいがな」
「ふふふ。そうですね」
リゲルはなんとも楽しそうに、小日向を見下ろしていた。
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