第160話 提案

 小日向の治癒が終わるとアークとリゲルは自分たちの小屋へ戻っていった。

 残された老人は、小日向の状態が安定しているのを確認して酒瓶を手に奥の自室へと消えていった。


 ……。


 ……。


 翌日。

 リゲルは三階梯までの階梯上げを行っていた。

 この世界の人々がたいてい行っている成人の儀式に近いもので、階梯を二つ上げるのは割と楽に上げられる。二つだけでも上げておけばいざという時に下級の魔物となら問題なく対峙できるという事だ。

 魔物の跋扈するこの世界では最低限の備えでもある。


「僕は三階梯まで階梯を上げるのを許されていたが、彼はどうなんです? まだ階梯が上がっていないと言っていましたが」

「昨日の怪我をした男だな? ……そこまではわからないな」

「僕と一緒に上げることは出来ないですか?」

「……どうだろう、聞いてみないと分からないが、危険と判断されてここでの階梯上げが禁止されているのだとしたら、おそらく難しいだろう」

「しかし階梯を上げないから昨日のような事が起こるのではないですか?」

「確かに……あの受刑者の中に一階梯の人間が混じれば……好きなようにされるだろうな」

「……なんとか一緒に上げられませんか?」

「そうだな。聞いてみるか」

「ありがとうございます」


 本来なら小日向も階梯を二つ上げることは許されていた。だが、それにはこの近辺の魔物はそこそこの強さもあり、階梯の上がっていない者が一人で狩りに出るのは危険であった。その為に何らかの護衛を付けての階梯上げが必須になる。

 ようは、愛想も無くギルド職員からも相手にされない小日向をわざわざギルド職員が階梯上げに連れて行くような事など無かったというのが実情だった。



 ここの集落にはリゲルの様な若い人間はおそらく小日向以外は居ないのだろう。階梯上げや報酬を目当てに集まる冒険者と、労働役として送られてきている受刑者、それとそれを監督するギルド職員が居るくらいだ。


 自治領内の首都のような役割を担っているカポジには、開拓地等で見つかった利権をいち早く抑えるために、様々な国家の駐在員が居る大使館の様な物がある。そのためにかなり大きな街に発展しているのだが、カポジはもっとヒューガー公国に近い場所に成る。

 カポジが作られてからもどんどんと開拓は進み、今ではこの最前線の街からはかなり離れてしまっている。

 要は僻地だ。

 住まうものも道の整備をする者と、魔物を狩るものばかりだ。さらに先へ進めばまたそこで新しい集落を形成し、今まで使っていた集落は人のいない閑散とした状態になる。

当然そんな場所に出す商人などいない。せいぜいがギルドの詰め所に小さな売店があるくらいである。

 食事もギルドに居酒屋兼食堂の施設は作られては居たが、そちらの方の料理人が現在不在のため休業中であった。


 そんな集落にリゲルと同じような若者など居るはずがない。アークはあの少年が問題なさそうならリゲルの話し相手として使えるのではないかと思案していた。


 ……


 治療小屋ではようやく目を覚ました小日向に老人が声を掛けていた。


「おう。起きたな」

「……ちっ」


 小日向はこの地で何度も喧嘩という暴力を振るわれ、その都度この老人に助けられていた。今回のように気絶から目を覚ますと治療小屋だったというのも、何度となく体験している。


「ふう。相変わらずだな。少しは感謝とかしたらどうなんだ?」

「けが人を治すのがお前の仕事だろ?」

「ああ。まあその通りだ。だからこそ、ワシの気が乗らなければけが人は死ぬんじゃぞ」

「……」

「特に今回はヤバかった。聖騎士様が居なかったらおそらく助からなかった」

「……誰が助けろと言った」

「けが人を治すのが儂の仕事じゃからな」

「……ちっ」


 小日向は不機嫌そうに立ち上がろうとする。体をずらし、足をベッドからおろした所で激痛に襲われうずくまる。


「ぐっ……」

「そりゃ痛いじゃろ。内蔵まで傷ついていたんだ」

「き、貴様……何をした!」

「なんもしておらん。あれだけの傷じゃ。ワシの魔力が足りない分もあるわな。完治まではしておらんのじゃよ」

「なん、だと?」

「くっくっく。少し休んでおれ。お前の居る小屋じゃベッドなどないじゃろ」


 老人は何やら嬉しそうに笑うと奥の自室の方へ戻っていく。小日向は立ち上がろうとするが、痛みに諦め再びベッドに転がる。

 すぐに老人が、手にパンとカップを持って戻ってくる。


「少しは栄養を取れ。自分の怪我は自分の力で治すのが一番じゃ」


 そう言いながら、ベッドの脇の台に食べ物を置くと再び奥へ消えた。

 腹が減っていたのだろう、老人が居なくなったのを確認した小日向が、台に手を伸ばしパンを掴んだ。



 夕方になり、老人の魔力がだいぶ戻ったと小日向の治療を行っているとドアがノックされる。


「開いておるぞ」


 老人の声にドアが開かれる。

 そこにはアークとリゲルの姿があった。


「ああ、だいぶ良いようですね」


 小日向が体を起こしているのを見てリゲルが嬉しそうにほほ笑む。だが、小日向は胡散臭い物でも見るような目でリゲルを見つめる。


「……ああ? なんだテメエは……」

「僕は、リゲル。リゲル・ギャシュリーと言います」

「知るかよっ」

「一緒なんですよ。僕とアキラさん」

「は? 何がだよ」

「要注意転移者。らしいです。僕も貴方も」

「……うさん臭えな」

「そういわず、今日はちょっとお誘いしようと思いまして。と言っても今日は遅いので明日からですが」

「何言ってるか分からねえよ」

「階梯上げです。どうです? せっかくだから一緒にやりませんか?」

「なっ……」


 小日向にとっても階梯上げはずっと望んでいたことだった。階梯さえ上がれば連中に舐められることは無い。そう思い。ずっといつか上げに行きたいと考えていた。

 だが、怪我が治れば小日向はまた労働の日々に戻る。

 階梯を上げるなんてことが出来るとは到底信じられなかった


 そんな小日向の気持ちを察してか、アークが口をはさむ。


「私からギルドには許可を取った」

「……テメエは?」

「アークという。リゲルの世話人だ」

「世話人、だと? なんでこいつにそんなものが……」

「まあ、それは色々と事情があってな」

「けっ……信じられるか。そんなの」


「信じられるじゃろ」

「あ? 何だよ。ジジイまで」

「その方が聖騎士だ。アーク殿のおかげでお前は生きながらえたんだ」

「聖騎士だと?」

「そうだ。ウィルブランド教国が誇る天位騎士のお一人だ。アーク殿とならこの自治領の最前線でも安全に階梯上げを出来るじゃろう」

「天位……」


 小日向も「天位」というものの話は聞いている。この世界のランキング上位百人のうちの一人。

 あの楠木が天位になったという話は小日向を苛立たせるだけだったが、楠木の存在、そして救われたであろう君島の存在が、一つの生きる支えにもなっていた。


 ――こいつを殺れるように成れば……。


 小日向の殺意を含ませた視線にもアークは涼しげに見返していた。


「分かった……付き合ってやる」

「余計なことを考えるなよ」

「知るかよ」

「ふふふ……なるほど要注意だな」


 こうして小日向の階梯上げの目途がたった。


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