第158話 自治領

 ――イルミンスール大陸 自治領



 自治領の気候は比較的温暖だったが、それでも冬と成ればそれなりに夜は冷え込む。隙間風に凍えながら小日向は宿舎の片隅で膝を抱えて座っていた。


 この自治領にやってきて半年以上経つが、小日向に時間の感覚などもう麻痺していた。心のなかには常にチリチリとした火が灯っていた。目にする様々な物。耳から聞こえる音。漂う匂い、肌を冷やす風、全てのものに苛立ちを感じ、心落ち着く日など一日たりども存在しなかった。


「くそったれどもがっ……」


 宿舎は、だだっ広い部屋の仕切りなど無い空間だった。

 目の前では、同じ屋根の下で生活をする犯罪者たちが楽しそうに賭け事に興じていた。こんな場所では、深夜の消灯時間までの僅かな間に許されたこの時間で行われるギャンブルは何にも代えがたい憩いの時間なのだろう。


 そもそも、この自治領に来た当初は小日向は犯罪者たちとは別に扱われていた。罪とは言え、この世界での客人扱いをされる六日間での事はこの世界での罪としての扱いはされない。当然犯罪者とは別の扱いとはなるのだが……。

 反抗的だった小日向はすぐに、それこそ一週間もしないうちにギルドの職員たちから目を付けられ、同じような扱いになった。


 ギルド職員といっても、一般的に各町などにある冒険者ギルドの職員とは違う。犯罪者の相手をすることを専業とする気の荒い者たちばかりだ。

 気に入らなければすぐに扱いは酷くなる。

 犯罪者の刑期も、監督者の気持ち一つで長くも成れば短くも成る。


 そんな中で、小日向が上手くやっていける要素などない。



 犯罪者の中にも小日向に興味を持つものも居たが、当の小日向は何ら彼らに興味など向けない。それが気に入らない者も当然出てくる。


「おい、小僧。何見てるんだ!」


 賭けに負けて苛ついていた男の一人が、部屋の片隅に座っている小日向に向かって詰め寄っていく。


「やめとけ、デイブ! そんな木偶相手にしたって面白くねえぞ」

「良いじゃねえか、ストレスのはけ口があるってのは良いことだ」

「ひゃっひゃっひゃ。やっちめえ!」


 見ていた男たちが興味深そうに声をかける。

 実際のところ小日向は、そのデイブと呼ばれた男を見ていたわけでもない。ただ、冷えた壁にもたれ、何を見るともなく視線をさまよわせていたくらいだ。

 だが、気分の悪さを他人を殴ることで紛らわそうとする人種も居る。特にこんなところに押し込まれるような犯罪者達だ、心に歯止めをかけられるような人間も少ないのた確かだ。


「何だ? その眼は」


 ギラギラした怒気を撒き散らしながら男が近づくが、小日向は怯むことなくその男をにらみつける。そんな反応にも、周りの男達はいつもの事のように盛り上がる。


「うるせえよ」

「ああ!? テメエはいつまで経っても生意気なんだよっ!」


 いきり立つ男が足を持ち上げ、立とうとした小日向に向けて蹴りつける。小日向もとっさに腕をクロスしてそれを受けるが、階梯が全く上がっていない小日向に抗う力は無かった。


 ケリを受けたまま後ろに飛ばされ、壁に激突する。


「うぐっ……」


 小日向は壁に背中を強打し、一瞬呼吸ができなくなる。そんな姿を見て溜飲を下げたのだろう、デイブは大声で笑い小日向につばを吐きかける。


「おら。謝れよ。生意気言ってすいませんでしたってな」

「……だ、誰が……」

「まだ言うのが?」


 そう言うと、更に壁に背をつけまだ苦しそうにしている小日向の胸に足を押し付ける。そしてそのままグリグリと圧迫していく。


「あがっ……ぐっ……」

「ほれ。謝れよ。クソガキ」

「が……ぐっ……」


 小日向が必死に男の足を掴み剥がそうとするがどうしようもない力の差に男の足はピクリともしない。それを見て男は更に弑逆心を刺激される。


「カスみたいな力でよー。俺様に逆らうな……なっ。アチい!」


 男を掴んだ小日向の手が熱を帯びる。自治領に来た当初に制御されていた力も一階梯の小日向は全く脅威と見られなかった。そして、アスファルトを溶かすために小日向の力を使っていた為、最近ではその制御も外されていた。


 階梯も上がらず非力なれど、その魔法で発生する熱量は十分だった。それに増して、小日向の中で燃え盛る怒りの炎がその熱量を底上げしていた。


「テメエ!」


 その熱さで反射的に足を引いた男は、更に怒りを滾らせ小日向に向かい足を振るう。それまでの遊ぶ感じの蹴りと違い、力のこもった蹴りに小日向は全く反応できない。そのままボキボキと骨の折れる様な嫌な音と共に横へ吹っ飛んでいく。


 守護精霊の格は小日向の方が断然に高かったが、この階梯差はいかんともし難かった。見ていた周りの男達も吹っ飛んだ小日向をみて息を呑む。


 ここに押し込められた人間は皆犯罪者だ。罪を償うためにやってきたこの地での殺人は取り返しのつかない事態になる。刑の延長、場合によっては処分されることもある。

 デイブも蹴り終わったあとに、事の重大さに気づき慌てたような顔に成る。


「何をしてる!」


 ちょうどそのときに巡回していたギルド職員が小屋の中を覗く。そして倒れている小日向に気がつく。近づくと、小日向の左手は上腕の辺りからありえない方向へ曲がり、ピクピクと痙攣をしている。


「ちっ……またこいつか……くそっ! おい、まずいぞこれ」

「こ、こいつが勝手にっ……」

「知るか、おい。誰かこいつを医療小屋に連れていけっ」


 慌てたように職員が叫ぶと、見ていた男たちが小日向を運ぼうとする。


「そっとだ。おい! あまり揺らすな!」


 犯罪者のように扱われている小日向だが、罪があるわけではない。単なる要注意転移者というだけだ。この地で何かがあればそれはそれでギルド職員が本部から何を言われるか分からない。

 職員も焦ったように男たちに怒鳴りつけ、小日向を運ぶ男たちとともに、急ぎ医療小屋へと向かった。


※もうちょいで入稿できそう!

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