第146話 プロローグ 2

 ――あの少年は危険なのか否か。


 天空神殿で客人としてこの世界についての知識を与える期間。毎日少年の言葉や態度について少年に接した神官たちから報告を集め、神官長らが精査していた。


 少年の名前はリゲル・ギャシュリー。


 リゲルは能力判定ではそれなりの成績であり、神民登録も特に拒絶することなく受け入れた。

 精霊はジェンタという精霊でフェールラーベンの精霊位で言うところの第12位。データのない然の精霊であった。それもこの少年の能力が未知数となる要因にもなり神官長は頭を悩ましていた。


「神官長。エンビリオンはなんと」

「やはり、決まり通り最初は自治領に送るようにと連絡は来ておる」

「しかし……まだ子供ですよ? 何かをしたわけじゃない」

「過去の例を見てもこの期間で全ての赤百の転移者がその片鱗を見せたわけでは無い。下界に降りたのちに徐々にという事もある、そういう判断だろう」

「そうですね……」


 エンビリオン大聖堂は、ウィルブランド教国の心臓部になる聖地だ。天空神殿もウィルブランド教国に属するため、本国からの指示に従い転移者の対応も決める。

 普段は神官長がその裁量権で天空神殿の運営を任されていたが、さすがに今回の問題に関しては本国の指示を仰いでいた。


「本国から聖騎士様のどなたかが、お目付け役として自治領に派遣されるようだ」

「聖騎士様が……そこまで」

「それだけ本部では今回の件を重要視しているというわけだ」


 ウィルブランド教国では8人の天位を有していた。教国所属の天位の者は聖騎士として敬愛されていた。その為、天位と言えども清廉な人格などが認められた者しか教国の所属として受け入れられることは無い。


 自治領にはこの世界の犯罪者の懲役刑としての役目もあり、転移後に天空神殿から送られる者も、刑罰ではないが要観察者として厳しい扱いをされる。その為自治領での生活はかなりきついものになると考えられていた。


 しかし神官達から見てもリゲルはまだ子供だ。それだけにリゲルの後見人として聖騎士が派遣されることで、リゲルの扱いも節度を持った扱いになることは理解できた。


 数少ない聖騎士をわざわざ派遣するということに、過去の事件を話でしか知らない神官たちには少し大げさにも感じていた。



 ◇◇◇


「武器はこれを?」

「護衛用に何も持たないのは危険ですからね。転移者の皆に支給されるような物なので業物とはいきませんが」

「ふうん……ありがとう。こういうの使ったこと無いから」

「武器は今まで?」

「そうですね」


 教国からのギリギリのラインとして、リゲルには一本のナイフが武器として支給されることになった。特にレア金属を使った物でも無く、一般的に使われるナイフではあるが、教国としても武器庫の武器を自由に選ばせるのを危険だと考えたようだ。


「それでは、ナイフの使い方から説明しましょう」


 武器の使用に関してはカリマーは他の転移者にするのと同じように、試し切り用の瓜を用意させ説明していく。

 ただ、魔力を込めて……というところまでは説明は禁じられていた。


「こう普通に持って良いのですか?」


 リゲルは突然知らない世界にやって来て、一生懸命にこの世界の事を覚えようとしているように見えた。ナイフも今まで使ったことのないような反応で、カリマーは戸惑いの中に居た。


 そして、どうしても初日に感じたあの禍々しいオーラを忘れることが出来ないカリマーは、リゲルを前にして自分が緊張してい居ることも自覚していた。


 この時も、つい力が入り微弱ながら瓜に魔力を流してしまう。


「ん? こう。ですか?」

「あ、申し訳――」


 自分が魔力を瓜に通しているのに気が付き慌てて魔力を切ろうとした時、風が凪ぐ。リゲルは魔力の通った瓜をいとも簡単に斬り落とす。膝をついて瓜の後ろにいたカリマーの前髪が数本はらりとおちた。


「え……」


 カリマーにはリゲルの初動に全く気が付くことも出来ず、ましてや反応すらできなかった。刃が目の前を通り過ぎてからそれに気が付き、背筋がゾゾッと冷え込むのを感じた。

 思わずリゲルに顔を向けるが当のリゲルは驚いたように目を丸くしている。この子がナイフの使い方など知らなかった事もある。

 その顔にカリマーも「危険な事を」と怒る気も失せていく。


「ごめんなさい。必死だったもので」

「い。いや、こちらこそ……魔力を?」

「え? ちょっとよくわからないです。このナイフ。凄いよく切れるんですね」

「そ、そうですね」


 カリマーは、その後もリゲルにナイフの使い方を丁寧に教える。


 ◇◇◇


 精霊は未知数。順位も凡庸。元の世界からの持ち越されたスキルは「順応」という危険を感じさせない物を持っているのみ。

 まさに美しいとも思えるその顔で微笑みかえられれば、誰もが笑顔でそれに応え、その柔和な物腰に誰もが心の鍵を開ける。次第に神官たちの中でもリゲルが自治領に送られることに対して疑問を抱くように成る。


「神官長。リゲルさんを通常の待遇に変えることは出来ないんですか?」

「ん? ……エンビリオンがそれは認めんだろう」

「しかし、あの子にそんな危険な事なんて感じられません。今まで何人もの転移者を見てきましたが、それは間違いないかと」

「その決定権は私達にはないんだ。分かってくれ」

「それはリゲルさんの事をちゃんと伝えてないのではないですか?」


 神官長に数人の神官が必死に語っている。それをカリマーは後ろで聞いていた。


 カリマーとしてもリゲルに対しての判断が分からなくなっていた。だが、はじめのあの禍々しいオーラや、瓜を使っての試し切り時の一件。どうしても何もないとは言い切れない気持ちもあった。


 そんなカリマーにミレーが話しかける。


「実際どうなんですか? 私達はリゲルさんと接しては居ないのですが……」

「私にも分からない。彼はたしかに問題らしい問題は見当たらないのだが」

「そうですか……」


 しかし、ミレーにはどうしても違和感を感じていた。

 普段、エンビリオンの指示に対して絶対に異を唱える事のない生真面目な神官達が、ここまで声を上げている事がどうしても信じられなかった。


 ――一体何が……。


 見れば、神官長も厳しい顔で意見を言いに来た神官たちを見ていた。


「出来る限りのことはしよう。事情を伝えて自治領でも負担の少ない扱いになるように進言する」

「よろしくおねがいしますっ!」


 やがてどうにか神官たちを落ち着かせた神官長が皆を解散させる。

 部屋に一人になった神官長は椅子に持たれ天井を見つめる。そして深いため息をつく。


「やはり、危険か……」

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