第147話 プロローグ 3

 神官たちはリゲルに対して徐々に心を開いていく。一方のリゲルは初めから神官達に心を開くように接していた。

 まるで、リゲルの持つ「順応」というスキルそのままなのかもしれない。


 過去に数度。魔王と呼ばれる転移者がやってきた事もあり、教国としても赤百の祠が繋がる世界はどのような世界なのか知りたがった。本国からの指示で神官たちはそれぞれ、少年のやってきた世界の話を聞こうとした。


 ただ、その時だけは困ったように言い淀む。


 その仕草に神官たちは更に突っ込んで訊ねることも出来ず。各々が勝手に解釈していく。


 ――何かトラウマがあるのだろう、そっとしておくべきだな。

 ――誰にも思い出したくない過去があるだろう。


 情報のなさは想像力を刺激する。

 過去にこの世界に来た転移者たちのような悪魔のような人たちの住む世界の中で虐められて居たのかもしれない。そんな、リゲルを憐れむような方向に神官たちは思いを巡らせていた。


 そして多くの神官たちの気遣いの中で、リゲルは飄々とこの世界の事を学んでいく。特に歴史が楽しいらしく。神官達も親身になってそれにこたえていた。




 リゲルに対して魔法などの訓練を制限されていた神官たちは、やがてそれすらも不満に感じ始める。神官長はそれに危機感を感じ、リゲルに接する神官を少なくし、ローテーションで交代させて一人のリゲルの接する時間を減らしていく。


 そしてようやく六日が経った。


 この日、戦闘神官達に囲まれ、下界へ行く事への激励をされているリゲルをグレゴリー神官長は緊張した面持ちで眺めていた。

 自治領に落される転移者とは思えない人気っぷりだった。

 

 そのリゲルはグレゴリーが転移陣のある部屋に入ると、少し顔を強張らせる。まるで、なにかに恐れる子供のように。


「リゲル様。それでは下界へと案内いたします」

「すいません……」

「ん? なんでしょう」


 グレゴリーの言葉にリゲルが恐る恐る質問をする。


「下界には、こんなにも多くの国があるのですが……行き先は選べないのでしょうか」

「え……あ。いや。申し訳ありません。はじめは自治領へ行くことに決まっております」

「そうなんですか? しかし。他の国からの打診などがあるとも聞いていますが」


 リゲルの言葉にグレゴリーが顔色をなくす。神官の誰かが、それをリゲルに教えたのかと。

 天空神殿に務める神官は、教国の神官たちの中でもエリート中のエリートだ。本国の本部でもあるエンビリオン神殿に務める神官たちも、多くは一度は天空神殿に務める者が多い。


 それだけに、本国の指示を破り、リゲルにそれを教えたものが居ることに驚く。


 ――やはり危険だ。



「……実はですな。この世界へ来る扉は多くある事は聞いていると思います」

「はい」

「実はその中でいくつか、この世界で大事件、大災害を起こした者がやってくる祠というものがあるのです」

「それが……僕のやってきた祠なんですね?」

「……はい。もちろんリゲル様に何かあると言う事は申しませんが。決まりとして、下界でも少しの間様子を見させてもらう事に成っているです」

「……少しと言うと?」

「短くて半年程……それで問題が無いと慣れば好きな国に行くことも出来ます」

「半年……長いですね」

「決して酷い扱いをされぬようにと、教国もケアをいたしますのでご安心を……」

「……ありがとうございます」


 リゲルが話を受け入れたのをみて、グレゴリーは心の中でほっとする。こんな所で何かが起これば……。


 リゲルが転移陣に立つと、すぐに魔法陣を起動させる。念の為起動パネルはリゲルと接点のない者に行わせる。


 こうしてグレゴリーにとって長い六日間が終了した。



 ◇◇◇


 自治領。元々はこの世界の各国が人員や資金を出し合い新大陸の開拓共同事業として始まった。やがてこの区画で発見された鉱山資源や魔物の素材などの利権の争いなどが起こり、それを抑えるために世界的な組織として存在する冒険者ギルドにその管理を任せられることになった。


 新大陸にあるヒューガー公国も元々は共同事業でジーベ王国の管理していた区画をヒューガー公が下賜された土地であった。その後、ヒューガーを英雄視するモリソン人の血を継ぐ者たちが徐々に集まり、さらにヒューガー公独自に領土を拡大させたヒューガー公国として独立することになる。

 

 自治領の本神殿のあるカポジはかなり初期に作られたため、、少しづつ拡大する自治領ではかなり根元の部分になり。そこから開拓の最前線まではかなり長い道のりとなる。



 前日にエンビリオン神殿より、転移したアーク・ディアランドは、天空神殿より届いたメッセージに目を通していた。

 切れ長の眉を寄せ、真剣にメッセージを見つめるアークは息をのむような美しさだった。肩まで伸びた美しい銀髪がそっと揺れ、カポジ神殿の神官達を振り返った。


「強いカリスマ、もしくは精神の侵食の恐れがある……か。私が選ばれるわけか……」

「はい。赤百の転移者は数も少ない故、未知数なところがあります。アーク殿でしたら最適な人選だと思われますが……。何分自治領では物も少なくご不便をおかけすることも多く……」

「問題ない。私は猊下の指示に従うまでだ」

「はっ」

「……そろそろか?」

「そうですね、転移陣へまいりましょう」


 アークと共に、神殿長と数名の神官と共に地下の転移陣にむかう。

 薄暗い部屋でアークはじっと身じろぎもせずに待つ。


 ……。


 ……。


 やがて魔法陣が仄かに光を発する。

 周りの神官たちがざわつくが、アークは表情も変えず魔法陣の中心を見つめていた。


 光が一際強くなり、それがやむと一人の少年が魔法陣の中心に立ち尽くしていた。


 少年は、初めての転移という体験に驚いたように自らの手を見つめ握ったり開いたりと、自分の体が問題ないのを確かめていた。それが終わるとようやく周りに人が居るのに気が付いたかのように周りを見渡す。


 そして、アークの姿を見ると軽く微笑む。


「こんにちは。リゲル・ギャシュリーと申します」

「……アーク・ディアランドだ。君の……後見人と言えばいいか」

「こうけんにん?」

「この世界に馴染むまで君の手助けをする」

「なるほど。よろしくお願いしますね」


 何人かの神官もいる中で、少年はアークを見てアークに話しかけてきた。


 そんなリゲルにアークは少し気持ちを引き締める必要がありそうだと感じていた。




※これでプロローグは終わります。

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