第5章 悪の卵

第145話 プロローグ 1


 ガラーン。ガラーン。ガラーン。


 夕刻。日頃ゆっくりと朝を告げる鐘が、けたたましく鳴らされていた。


 先日下界に降りた転移者たちが使っていた宿泊施設の掃除をしていたミレーが、鳴り続ける鐘に不安げに窓の外を覗く。


「これは……どうしたんでしょう?」


 この天空神殿へ務めるようになってから、この様な鐘の鳴らされ方は初めてだ。そんなただ事ではない鐘の鳴らされ方に、ミレーは横でゴミをまとめていたシエラに訊ねる。



 当然、鐘の鳴らされ方で緊急事態なのは分かるが、鐘だけでは何が起こったのか全く分からない。掃除を切り上げて急ぎ中央の神殿へ向かう。


 二人が吊橋を渡ろうとした時、カリマーが数人の神官戦士と共にとある吊橋を渡っていくのが見えた。


 ――あの橋って……。


 それを見てミレーは驚く。たしか、あの祠は数百年開いていないという……。


「赤百の祠……」

「まさか開いたのかしら?」

「あの様子だと」


 二人は足早に神殿の中へ駆け込んだ。


 神殿の中ではグレゴリー神官長が何人かの神官に指示をしていた。ミレーとシエラが駆け込むと、グレゴリーが顔を上げる。


「神官長、これは……」

「ふむ、赤百の祠が開いた」

「やはり……」


 ミレーとシエラがそれを聞いて緊張した面持ちになった。


 『赤百の祠』はもう数百年開いていないと言われる祠だ。というより、過去にこの祠が開いたのは三回の記録しか無い。

 そしてその三回とも、そのときに転移してきた者が下界で大災害をもたらした。まさに厄災が訪れる祠と見られていた。


「やはり、決まり通りに?」

「そうだな。赤百の祠から来たと言えども、六日間は神の客人として扱わなければならない」

「はい……」

「それまでは戦士系の神官を中心に転移時の指導をすることにする。お前たちも一応は護身用の武器を持ち歩け」

「はい」


 天空神殿ではミレーをはじめ、神官戦士で無い者もある程度の階梯まで上げそれなりにランキングは上げている。多くの祠のある天空神殿だが、やってくる転移者のすべてがこの世界に友好な人たちだとは言えない。

 転移したてで、階梯の上がっていない者なら問題なく対処出来る実力は持っていた。


 実際にやってくる世界によってその人たちの能力というのはだいぶ違う。ただ。神の光での調整されある程度の均一化がされる事もあると考えられていた。そしてこの世界では階梯システムがあり、転移してきたばかりの人間が、この世界で階梯を上げたものに敵うとはなかなか考えられなかった。


 ……だが。


 赤百の祠は伝説に成るほどの最悪な転移者が訪れる祠として記録されていた。

 前回開いた時、といっても数百年も前になるのだが、一つの王国が滅びる結果になった。今ではリガーランド共和国として新たな道を歩いているが、その当時は隣国のグレンバーレン王朝も大きなダメージを負う事になった。


 ある種の異世界から持ち込まれたスキルがこの世界のシステムを凌駕することが稀にあり。赤百の祠からの転移者がそれを持ち、かつ凶悪な思想の持ち主が多いという事だった。



 ◇◇◇



 数百年もの間開くことの無かった祠だが、神聖な場所として定期的な清掃は欠かさず行われていた。


 カリマー達が祠に続く洞窟の中に入ろうとした時だった。


 ゾワッ。


 洞窟の中からなんとも言えない禍々しい気配が溢れ、カリマーは思わず足を止める。熱くもないのに首筋を汗が伝う。


「これは……」


 向かう祠は魔王がやってくると言われる悪しき伝説が残る赤百の祠だ。洞窟内に広がる圧に皆、強張った顔を見合わす。皆、先程の圧に完全に気負され足が完全に止まっていた。


 先に進むべきなのはわかっていた。その一歩に躊躇していると、あれ程神官たちを威圧していた気配がスッと収まる。


 カリマーも戸惑い洞窟の奥に意識を向けるが、もはや先程までの異様な気配は無い。


「……なんだったんだ」

「分からない……。行く……か」

「ああ……」



 皆既に手には武器を持ち、緊張した面持ちで洞窟の中を進んでいく。


「お。おい……」


 やがて見えてくる祭壇の麓には一人の少年が座っていた。少年は恐れや戸惑いを感じさせない清雅な佇まいで、カリマー達を待っていたように見つめていた。


「▲▲▲▲▲▲▲」


 少年はカリマー達を認めると、ホッとしたように笑いながら手をふる。少年の言葉は当然ながらカリマーには通じない。

 カリマーは軽く会釈をしてそれに答える。


「か、神の光は光ったばかりだよな……」

「気は失わなかった……ということか?」

「わからん……しかし。子供だぞ?」

「う、うむ……馴染みやすいとはいえ……あ、果実はあるな?」

「は、はい」


 言われた若い神官が、後ろから手に神の果実をもち少年に歩み寄る。

 少年はそれを不思議そうに眺めながら、果実を手に取る。神官がそれを食べるように促すと少年は躊躇いもなくそれに口をつけた。


 ……。


「へえ……そこまで美味いものでは無いですね」

「はい。それは神の果実と申しまして、神より言語を与えられる果実にございます」

「ん? ……言葉が。……なるほどこの果実のオーラに込められた魔法ですか」

「オーラ? 感じられるので?」

「なんとなくですが。……それにしても……ここは?」

「ここは――」

 

 少年の落ち着いた語り口に、カリマー達も少し警戒を緩める。

 

 神官たちの気持ちを他所に、少年は涼し気に洞窟の壁や天井を物珍しそうに眺めていた。




※ゆっくりと始めさせてもらいます。書籍化作業や、確定申告、色々と忙しい時期で進行もゆっくりに成ってしまうので、ご了承ください。

 今回は3章で一つの話に出来ればなと、脳内計画を立てていますが、2章で纏まるかもしれません。未定ですw

 当初はこの章は重人達を出さずに、グレンバーレン王朝に居る池田を主人公のように扱った章にして、次章にまた重人達に戻す、そんな事も考えていたんですが。やはりウエブ小説は主人公ニーズが多そうですので、中止に!

 

 プロローグが長くなってしまい、三回分になりますが。ご了承下さい。

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