第139話 ゲイ・ボルグ
君島が落ち着くと、ようやく俺も一息つく。
どこから来たのか、メラも、そっと君島の横に忍び寄り丸くなっていた。その様子を見る限り大丈夫な感じはする。
君島のゴタゴタの間に、桜木は既に奥の部屋で寝かされていた。桜木に関しては失血も有ったがスペルセスの見立てでこのまま寝かせて魔力が戻ってくれば自然に目を覚ますだろうと言うことに成る。
それにしても、ビトーまで来ていたのか。
そのビトーは俺たちのために風呂を沸かし、血などで汚れた体を流すようにと一生懸命世話を焼いてくれる。
堂本達三人は、落ち着くと周りを魔物が徘徊していたら処理をすると言って出ていく。当然この国の軍人でもある俺も行くべきなのだが。
「守護騎士が意識を失っている今。国法でもお前が出ていかなくても良いと成っている」
「……甘えさせてもらいますよ」
「ああ、今回の事は我々の落ち度でもある。奴らもまさかここまでの事が出来るとは考えていなかった」
スペルセスも俺に桜木の話をしなかったことを後ろめたく感じているのだろう、君島と桜木の側にいるように言い、マイヌイと共に出ていく。
それを見送る俺の横で、ようやく意識が戻り始めたデュベルがつぶやく。
「賢者スペルセス……そうか、あれが響槍姫か……」
……。
人間の本質は変わらないのかもしれない。
堂本達三人が戻ってくるまで、デュベルたちとなんとも言えない時間を過ごす。
メレルを守っているというデュベルがモンスターパレードの残りの魔物を狩りに行くなんて言う事もあり得ない。
魔物の掃討が終わるまでこの家でゆっくりするようだ。
「そう……貴方もミレーを知ってるのね」
「は、はい……よく似ていたので」
「そうね、当然なのかしら……おそらく私達は双子ですからね」
「おそらく?」
堂本達ともこの話をしたらしいが、何でもミレーとメレルは教会の運営する孤児院に捨てられてた子の様だ。
教会が運営すると言っても、その中からそのまま聖職者の道に進むものは多くはない。男の子などは、やんちゃに冒険者を目指して出ていくことも多いという。
孤児であっても、もともとが色々な異世界から人がやってくる世界だ。それだけで差別されるようなこともなく、かえって孤児院の女児などは、教会の庇の下で良い教育も受けられ、嫁の貰い手などにもそこまで苦労したりすることはないという。
ミレーとメレルは仲の良い姉妹として育っていたが、成長していくに従い、段々と宗教観の違いが出てくる。結局お互いが、お互いを説得しようとするあまり、口論も絶えず、徐々に口を利くことも無くなったまま今に至ったと言うが。
「あの子は純粋なのよ。その点私はどうしても素直に聖書の言葉を受け入れることが出来なかったの」
「はぁ……」
「教会の考えは道徳としてとてもしっかり良いものも多いと思うわ。ただ、善悪を絶対的なものとして捉える考え方だけはどうしても受け入れられなかっただけなの」
「なるほど。完全悪と完全善……難しいですね」
「あら。貴方も分かる?」
「分かると言うより、自分の世界は宗教観が色々あって……特に自分達はかなり無宗派的な国民性のある国からやってきたので」
「……へえ、面白そうな世界ね」
「面白いかはわかりませんが、宗教が多すぎて、中には詐欺集団みたいなのまで交じるもので、僕らは宗教そのものに拒否感を持ってる人が多いのかもしれないですね」
「うーん? そう。残念ね。私達の仲間に成ってくれそうだったのに」
「いやいやいや」
だが、ミレーと同じような聖女の顔で、にこやかに説得などされたら耐えられる男なんてどれほど居るのだろうか。そう思ってしまう。
「そういえば……あなた達はモンスターパレードの中心部へ行ってたのよね?」
「え? ああ……そうですね」
「そこで、なにか、槍みたいなのを見なかったかしら?」
「槍? 確かスペルセスさんがゲイ・ボルグとか言ってたような……」
「それっ! そう。ゲイ・ボルグは、どうなったかしら?」
「えっと……いや、どうしたんだ? 君島が変な魔力に捉えられ、そして慌てて抜くように頼んで……」
「抜くように?」
「なんでも、神器とかで、モンスターパレードを起こす魔法陣の起動に使っていたようで」
「ゲイ・ボルグを? ……このモンスターパレードは人工的に?」
「そう聞いていますが」
「そう……やはり、魔物の存在というのは何かしらの……」
何か考えながらブツブツと呟くメレルに、どうして良いかと視線をさまよわすとデュベルと目が合う。
「で、槍はどうしたんだ?」
「いや、堂本達が帰ってきたら聞いてみましょう」
なんとなく俺はビトーのところへ行き、用意してくれたお茶をすする。
それから二時間と言ったところか。
堂本達が帰ってくる。
「おお、おかえり大丈夫だったか?」
「ああ、周りに散っているのは雑魚が多い。少し大型の鳥の魔物が居たが、城の方で倒されたようだ。歓声が上がっていた」
「そ、そうか……」
怒りに任せ式典を放置して出てきてしまったが、落ち着くと少し気には成ってくる。
「スペルセスさんは?」
「あの爺さんか?」
「爺さんって程でもないだろう、まあ若くはないが」
「俺らから見れば十分爺さんだぜ、なんでも、城の方へ行くと言って別れたぜ」
辻にとっては、50過ぎ位の壮年は爺さんになるのか。
話をしているとメレルが堂本達にゲイ・ボルグの事を訊ねる。
「これか?」
そう言うと堂本はバッグから長い槍を取り出した。間違いなく先程魔法陣の中心に刺さっていたあの槍だ。
「それは私の……返していただいて宜しいでしょうか?」
「……話しは賢者の爺さんから聞いたよ。なんでもロシュフォールという天位が使っていたらしいな」
「はい……彼は私の婚約者でした」
「形見か……」
「そうです」
堂本は答えながらもゲイ・ボルグから手を話そうともせずに見つめている。
「ロシュフォールが死んでからこの槍を使うものが居ないとか……」
「そうですね、ずっと私が所持していましたので……」
「勿体ないと思わないか? 神器とまで言われた武器だぞ?」
「何が言いたい」
話を聞いていたデュベルがギラリと殺気を溢しながら口を挟む。
「そして、あんたが雷帝を破ったという……夜嵐か」
「だからなんだ?」
突如ギチギチと緊迫する空気に慌てる。
「ちょっと。堂本。何を言ってる。その槍はメレルさんのだろ? 早く返そう。な?」
「……順位は俺のほうが上だ。知ってるか? 俺は……楠木……先生の順位を越えている。七階梯でだ」
「お、そうなのか? 七階梯って凄いじゃないか。やはりお前は凄いやつだ。そうか。それで俺の順位が一つ下がったのか……なるほどな」
思わず堂本が天位に成ったという話に俺も喜びを見せる。
「だが、先程のあれはなんだ?」
「へ?」
「俺が……先生に勝てる気が全くしない」
「いや、でも。ほら。まだ階梯があがるんだろ?」
「後一つ二つ上がって、階梯が上がっても、そこまで行けるのか……」
「えっと……」
「何かが必要だということだ。刀では……無理だと感じた」
「……それが、槍? いやだけど……」
「分かってる。人のものだということは……」
そう言いながら、堂本はメレルとデュベルの方を向く。
「ミレー……これを使わせてくれ」
「だけど……って、メレルよ私はっ!」
「デュベル。俺の守護精霊は、天現だ。クレドールという……」
「なに? 天現だと? ……まさか」
「そうだ。俺がこのまま階梯を駆け上がれば、大天位は間違いなくたどり着く」
「大天位……」
ゴクリ、デュベルがつばを飲み込む。
「景星、那雲、天曜……俺はそこまで行くつもりだ」
「天現なら……ありえるな」
「十階梯に成った時、俺がこの槍にふさわしいか……勝負に来い」
「なんと……」
突然の話の流れにメレルが慌てる。
「ちょっ。ちょっと二人で何を決めているのっ!」
「メレル……ここは一旦預けるべきだ」
「は? 貴方、大天位と戦いたいだけでしょ?」
「違う。今こいつは。夢に向けて一歩踏み出したんだ」
「ああ……」
確信に満ちたデュベルの表情を見て、メレルが頭を抱える。
事の成り行きを見ていた俺も、頭を抱えた。
「分かったわよ……」
白目をむきながらメレルが白旗を上げる。
こうして……堂本はゲイ・ボルグを手に入れた。
※最強ランキング。100位以内を天位、10位以内を大天位。三位景星。二位那雲。一位天曜。 と呼称されております。(忘れた方のために)
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