第138話 霊薬アッキャダ
俺はなるべく腕の中の君島を揺らさないように走る。ぼたぼたとあふれる血が制服を濡らすが気にするどころではない。
確かに仁科は回復特化の魔法師だ。
だが、天現の守護を抱く堂本の回復魔法も普通のレベルじゃないことは感じている。走りながらも嫌な予感が押し寄せてくる。
階梯が上がっている分、君島の体力自体はかなり高いレベルにあるという、これだけの傷と出血量であれば、日本ではまず助からないのではと感じるが……今の所なんとか意識を残しているようだ。
「うう……」
繰り返す発作のような切り傷に堂本の回復魔法が常時掛けられているが、全く間に合っていない。それでも、無いよりはマシであろう。
そこに仁科の回復魔法が重なれば、相乗効果でなんとか成らないだろうか。
鬱々とした気持ちの中、わずかな希望を求めて街の中を駆け抜けていく。
まだ街の中では戦闘が続いているが、思ったほどのダメージを与えられていないようにも思う。州軍もそろそろ組織だった動きを開始し、街中にあふれている魔物を殲滅していっている。
「そこの先だっ!」
先を走る佐藤が道を案内しながら角を曲がっていく。
君島を血だらけで抱きかかえる俺や、桜木をおぶる辻、一見目を引く集団だが、街の人々はそれどころではないようだ。
やがて、佐藤が飛び込んだ建物に俺たちも入っていく。宿と聞いていたが小ぶりな一軒家だ。
……こんな所に?
そう過りながらも、俺は中に駆け込んだ。
「先生っ! って君島先輩???」
血だらけの俺達を見て、仁科が慌てふためく。
「回復を頼むっ!」
「わ、わかりましたっ!」
余裕なく大声で仁科に頼み、仁科もすぐにそれに応じる。仁科の手からは堂本とはまた違う温かい魔力が広がっていく。
……確かに違う。
だが……その回復魔法も見違えるような効果は現れていなかった。それを見て堂本も焦ったように回復魔法を重ねていく。
「だめだ……君島先輩の魔法防御が強すぎて、回復魔法がかなり弾かれてしまいます」
「そ、そんな……」
それでも先程までの酷い状態は少し収まってはいた。完全に抑えられては居ないがやや効いている感じはする。
「僕らの魔力が尽きるのが先か……」
ジワッと汗を書きながら仁科がつぶやく。確かに回復魔法も魔法だ。人間か使えばいつかは尽きる。堂本だって、強い魔力を持っていは居るが、先程まで戦い続けていた。無尽蔵に使えるわけじゃない。
「どうし……なんなの? それ」
玄関先での騒ぎを聞きつけて奥からメレルとデュベルが出てきた。血だらけに成った玄関の状態をみて二人は眉を寄せる。
「分からない。傷が止まらないんだ」
「止まらない?」
メレルが覗き込むと、ちょうどそのタイミングで腕の皮膚が裂け血が飛ぶ。
「なっ……どうしたの?」
「それも分からない。モンスターパレードの中心で何かが君島の中に……」
「魔物が? 入り込んだ?」
話を聞いていたスペルセスも加わる。
「見た感じだと魔物では無いように思う。なんというか、魔力の塊のような……」
「何よそれ……」
それでも君島の症状は止まらない。俺も周りの仲間達も必死に君島に頑張れと呼びかける。君島が何とか俺のほうに向き口を開く。
「先生……ごめんなさい……」
「なっ……何を謝るっ! まだ諦めるなっ!」
どうして良いかわからないまま、俺は大声で君島を励ますことしか出来ない。
「……デュベル」
「……駄目だ」
「なんで? そんなのもう良いじゃない。使ってあげて」
「しかし……」
「もう、それで私の護衛を止めても構わない。ね? 自由に好きな戦士たちと戦ってくればいい」
「そういうことではないっ!」
突如二人が言い争いを始める。俺は何だ? と振り向く。
「アッキャダという薬があります。それで治せない物は――」
「言うな!」
メレルの言葉をデュベルが遮る。そのやり取りを目を大きく見開いてスペルセスが見つめる。
「アッキャダを? ……ホントなのか?」
「……」
「本当です。デュベル。さっき私に使おうとしたじゃない。あの時使ってしまったと思えば」
「だが、いつ次お前があの様な傷を追うとは限らないっ」
「何を言ってるの? 人の命なんて、そんな天秤にかけるものじゃないわ。出してっ早く」
「し、しかし」
「俺からも頼みます。それで君島が助かるなら」
「んぐ……」
デュベルも芯で悪いやつでは無いのだろう。苦しそうな顔で首を振る。
「俺にはメレル以上の……んぐっ!」
デュベルが断った瞬間だった。デュベルの首に手を巻き付けたメレルがデュベルの唇に自分の唇を寄せる。
……なんだ?
「その気持はありがたいけど、私はそこまでして生きていたくない。次もアッキャダは断るわ」
「……」
メレルは微笑みながら呆然と立ち尽くすデュベルの懐のカバンをゴソゴソと探り、一本の古びた薬瓶を取り出す。
「それがアッキャダ?」
賢者から見てもかなり貴重な品物なのだろう。わずかに震える手を伸ばし、メレルからアッキャダと呼ばれた薬を受け取る。
……のんびり出来やしない。
「スペルセスさん、早く!」
「わっ分かっておる!」
俺の声にビクッと反応したスペルセスが瓶の蓋を開ける。スペルセスがそこに鼻を近づける。
「こういう匂いか……」
「早く!」
「お、おう!」
スペルセスが慌てたように君島の口元に瓶を当てる。
「君島、飲め! 万能薬のようだ!」
「くす……り?」
朦朧とした意識の中で君島が薬を口にする。
――コクン。
……。
……。
何か……? 効いているのか?
「きっ傷が出なくっ!」
「ほ、本当か?」
回復をしていた仁科が叫ぶ、なんかすごい劇的な現象でも起こるのかと思っていたが傷が出来るのが止まった……だけ? いや。それが大事なんだ!
と。
ビクンッ!
再び君島の体が弾かれるように跳ねる。
「君島!」
「あ……ぅ…ぁぁぁあああ!」
俺は必死に痙攣を繰り返す君島をグッと抱きしめる。俺の腕の中でその痙攣が続いていた。
しかし、それも長くは続かない。やがて痙攣が止まったかと思うと、君島は真っ青な顔でぐったりと意識を失う。
「君島? 君島? おいっ!」
俺が必死に揺らそうとした時、スペルセスが俺の方を抑える。
「大丈夫だ。安定している!」
「安定?」
「階梯が上がるときと同じじゃ。何かを体の中で処理しているのだろう」
「ほ、本当ですか?」
「みろ。魔力のゆらぎも安定している」
言われるが、居合をしていない時はそこまで魔力のゆらぎを感知することまでは出来ない。俺は賢者と言われるスペルセスの言うことを信じてそっと君島を見つめる。
あれだけの傷が今では全く残っていない。服は血だらけで、顔も青白いが、スーと落ち着いた寝息を立てていた。
「アッキャダは治療薬ではない。どちらかという霊薬だ。怪しげな症状にも十分効いておかしくない」
「は、……はい……そ、そうだ。そんな貴重な……ありがとうございます」
「気にしないで、必要な時に必要なものを使う。あたり前のことよ」
未だ放心状態のデュベルの前で、メレルが優しく微笑んだ。
※男のキス堕ち二回目……
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