第107話 新市街
無事に入団式を終えた俺たちは、マニトバの街を歩いていた。
さすがにマニトバの貴族街にある書店は、ボードゲームをたしなむ老人たちが集まったりなどはしておらず、イメージ通りの書店だった。
そこで俺は、ヒューガー戦記という、ヒューガー公国の建国者ヒューガー公の伝記を見つけ購入する。他には丁度ホジキン連邦締結150周年を記念して発刊された、ホジキン連邦史をまとめたそこまで厚みのない冊子を購入した。
本当なら、ちゃんとした建国史があればよかったのだが、なかなか思い通りに手に入らないのが現実だ。それでもここオビルド州が小国時代の歴史書や、リベット州でのアスファルト田の開発史の様な物があったので購入した。
他にも気になる書籍が無いわけじゃないが、突然高級取りになった俺でも、さすがにそこまでは買えない。
「歴史書ですか……この世界の歴史などを知りたければ大聖堂に行くといいでしょう」
「大聖堂? そこの神殿ですか?」
「はい。毎朝の礼拝時に司祭が話をしてく入れますので」
「それが歴史の話なのですか?」
「そうですね、この世界では、国の成り立ちは人の生活圏が広まることを意味していますので、結果として神の意思によるものと考えられています」
「なるほど……」
確かに、この世界で魔物を倒すことを神が望み。ご褒美のように階梯というシステムを作った。人がその生活圏を広げ国家を作り大きくなっていくことは、そのまま教会としては神話の世界の話のように語られるのかもしれない。
俺は礼を言って店を後にする。
書店に付き合ってもらったので、今度は君島の。行きたいところがあるか聞く。
「う~ん。街に何があるか知らないのですが。どこか喫茶店で美味しいケーキとか食べたいです」
「おお、そうだな……ちょっと探してみるか」
新市街へ出た俺達は、人で賑わう街の中を完全にデート気分で歩く。もう手をつなぐのも普通に行えるようになってきている。この世界の街は、魔物から自分たちを守るために城壁に囲まれた城塞都市の様な形態になっている。その為なのか、区画で区切られ割と密集な街になってしまうのだが、所々に公園や、広場が設置してある。
気軽に街の外を歩けないために、街の中にこういった憩いの場が作られるようになったのだろう。
そんな広場の周りに、喫茶店のようなオープンテラスの店があった。客を見てみるとお茶や、ケーキなどを食べている。
君島の方を見ると、これを求めていたという顔をしている。
そのまま店の中に入った。
俺はミルクティーを頼み、君島はパフェを頼む。まったりしたお昼前の時間にどうしようかとも思ったが、メニューには軽食もあるようだったので、長くここでまったりするなら軽食を食べてもいいやと、選ぶ。
ミルクティーは、少し香料のあるフレーバーティーにミルクが入った感じだ。癖はあるがそれなりに美味い。少し悩んだが、結局サンドイッチも頼みそれを楽しむ。
君島のパフェは前に置かれると思った以上に大きい。上のアイスから嬉しそうに掬う。
「先生も食べますか?」
「いいのか?」
「どうぞ、はーい」
「え……お、おう」
君島は嬉しそうにスプーンでアイスを掬い、俺に向けて手をのばす。周りの目線が気になるが、俺は顔を真赤にしてパクリとアイスを食べる。やっぱりあまり経験のない香料が混じっていて不思議な味だ。しかし思ったより甘みが薄くて食べやすい。さっぱりしている。
君島はそれを見て満足気に再び自分の口にスプーンを運ぶ。
「やっぱり、美希ちゃんたちも連れてきてあげたかったですね」
「うーん。まあなあ。でも桜木は天戴で、階梯上げていけば天位になるんだろ?」
「スペルセスさんは、それは間違いないって言ってましたね」
「そしたら、すぐじゃないかな。その時は桜木と仁科の二人でさ」
「先生って、人の恋バナ好きですよね。奥手の癖にっ」
「お、奥手じゃ……ないぜ」
「うーん?」
二人で話をしていると、広場が妙にガヤガヤし始める。何だと思って見ていると広場の端っこにお立ち台の様な台を設置している。そして、その台の周りにどんどんと人が集まってくる。
「なんだろう?」
「なんでしょう?」
俺も君島も何が起こるのだろうと、少しワクワクしながら眺めている。やがて1人の女性がお立ち台に立つ。手にはメガホンの様な魔道具を持っている。
「あれ? あの人」
「ああ……ブルグアでみた人だよな」
「ですね。確かにミレーさんによく似ていますよね」
「やっぱり、……ミレーさんなのかな?」
俺たちの戸惑いは他所に、女性は大きな声で、ゆっくりと話し始める。
「こんにちは。メレル・ウラニアと申します。皆様今日はお忙しい中こんなにたくさんの方々に集まっていただきありがとうございます」
話し始めると、会場では拍手も湧く。中には彼女のファンのような人達もいるようだ。これだけの美人だ。別に居たって不思議ではないが……。
「それでも……。もう少し広場には余裕がありそうですね。何か話をしている間に、興味を持った方が集まっていただけたら嬉しいですね。ふふふ。それまで軽く旅のお話でもしましょうか」
メレルと名乗る女性は、慣れたようにスラスラと言葉を紡ぎ話を勧めていく。どうやら王朝からずっとこの様な講演をしながら旅をしているのだという。ブルグアのナマズの蒲焼きが絶品だったという話では、連邦の人たちの地元意識をくすぐる。
メレルの読み通り、話をしていると次第に広場の密集度も上がっていく。俺たちはちょうどオープンテラスの席でゆっくり聞ける。これは特等席だ。
「あれ? 先生……あの人……」
ふと君島が広場に集まる民衆の中に気になる人影を見つける。君島に言われてそちらの方を見ると、広場の俺達のいる場所の反対側に以前ブルグアのナマズの蒲焼き屋で相席をした男が講演を眺めていた。
男は、あの時と同じ様なボサボサな髪のまま、壁によりかかり、鋭い目でメレルさんの方を見つめている。
……まさか。
男の汚れた風貌などから、少し嫌な予感が頭をもたげる。
「ストーカー……とかいうやつかな?」
「なんとなくそんな感じしますよね」
「うーん。どうするか」
人を見た目で判断するのは良くないが。そう言う目で見始めると後戻りは出来ない。どこまでも怪しく見えてしまう。しかしどうして良いのか、分からない。
メレルのスピーチはかなりヒートアップしていく。
というか、その話を聞いて初めて知る。なるほどこの人達がルーテナなのかと。
「次元の穴に落ちてしまっていた人々の受け入れ先としてこの世界が選ばれたという話は誰もが知っている話であります。もちろん、私達やその祖先を次元の狭間で永遠に閉じ込められるという運命から助けていただいたと言うことは否定しません。ルーテナは、神を否定する人々と言われていますが、私達は違います。ルーテナを全てひとくくりに考えないで頂きたいのです」
ううん。確かに動物愛護団体などは行き過ぎた思想で、ついていけない一般の人たちが多くなる。その点、こういった既存の思想を否定しないことはより一般的に受け入れられるのかも知れない。
しかも、よく通る。はっきりした声。何よりもその美貌。カリスマなんだろうなと感じる。
「その上で、一度考えてみてもらいたいんです。もし自分たちがこの世界で生きていて、突然どこからか全く違う生命体が大挙として押しかけ、我々の生活圏を追い払い、そして我が物顔で私達の生活を蝕んでいったら、どう感じるのかと。決してニコニコとそれを受け入れることなんて出来ないと思います。……そう。我々人類はそれを行っているのです」
そして少しづつ話しはヒートアップしていく。周りで見ていた住民たちも興奮し「そうだそうだ」と相づちを撃つ。
会場はメレルを中心に回っていた。
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