第108話 黒剣
メレルの演説は続く。
ふと気になって隣を見ると、君島も少し真面目に話を聞いていた。
「君島も、彼女の言うことが正しいと思うか?」
「え? うーん……間違っては居ないと思うのですが、違和感はなんとなく」
「そうなんだよな……。地球の自然とかとの話とはまた別かもしれないけど。人間は技術を発達させて、生活をより良くしようと色んなものを開発して。その結果温暖化とか、生物の絶滅とか、核汚染といったネガティブな事象が起こったわけだろ?」
「そう、ですね」
「それを是と見るか否とみるか、それはその人毎の価値観に寄るものなんだよな」
「正解が無いって事ですか?」
「そうだな。人間がどこまでも際限なく進んでいくことがもしかしたら、生物的にはごく自然なことで、動物愛護とか他の種を守ろうとすることがひどく不自然なことかもしれない」
「うーん……」
「ま、最終的には生物の目的は自分の種を後世に残していくことだ。そのために最適な道を選ぶのが今の正解なのかなとは思うけど」
「種を残す……」
「……ん? いや。まあ……な」
まあ、少なくともこういった思想の人たちは、正義感から湧いた思想に囚われがちだからな。基本近づかないのが正解だと思うのだが……。
例の男はまだ広場の隅でメレルの話を聞いている。
ストーカーと決まったわけじゃないし、俺たちの思い込みなのかもしれないが。これを放っておいて後で女性の死体が見つかりました……なんて話を後から聞くのはもっと嫌だ。
……少しだけ間に入って今だけでも警戒するというのはありか。
「ブルグアの感じだと演説が終わったら、もしかしたら支持者たちと触れ合う時間があるのかも知れない。君島は、あの女性にそっと男の事を教えてやってもらっていいか?」
「分かりました。ブルグアでもメレルさんをずっと見ていて気になった。といった感じでしょうか」
「そうだなあ。お知合いですか? くらいに聞いてくれ」
「わかりました。先生は?」
「いきなり無茶なことをしないように男の近くにいようと思う」
「……大丈夫ですか?」
「ま、無茶はしないよ」
一応二人とも、連邦軍の腕章をつけて行動することにする。
店員にお金を払うと、立ち上がる。
メレルの演説は佳境を迎えていた。まあ、思ったほど過激な思想では無いが、それでも結論としては素材や自分の階梯の為に無為の殺生は控えるようにという。冒険者から見れば仕事を奪うような話だ。結構危ないんじゃないかとも思える。
俺は右手から、話を聞いている観客の後ろを周り男の方へ向かう。一方君島は左手の方からメレルの方へ近づいていく。
広場には三人の兵士が集まる民衆を警戒してか、後ろの方で様子をうかがっていた。俺は彼らにも声を掛けておいたほうが良いと近づく。
「ん? なんだ?」
「あ、すいません。最近連邦軍へ入団したものなんですが……」
「……はっ! シゲト様ですねっ! お話は聞いておりますっ!」
「え? あ、ああ。そうなんですか……」
腕章には、礼服の肩当てと同じ連邦天位の紋章が描かれている。見るものが見ればわかるのか。俺はこれ見よがしに天位をアピールしたような気がして少し後悔する。
「実は、ここまで来るときにブルグアの街でもあの女性をじっと眺めていてね。単なるファンだったら良いんだけど。変質者だったら危ないかなって思って。ちょっと近くにいようかなと」
「なるほど、お手伝いしましょうか?」
「いや、ちょっと近くにいるだけだから、何かをしようという訳じゃないんだ」
「わかりました、それでも、気をつけて下さい」
「うん。ありがとう」
兵士たちは俺の話を聞いて、その男を方を見る。そのうち一人が「ん?」と言う顔をしていたが、俺がその兵士に目を向けると、なんでも無いような顔をする。
「知ってる、のですか?」
「いや。自分の気のせいだと思います」
「そうですか」
あまりこんな所で立ち話をしていてもしょうがない。俺は三人に軽く会釈をし、そのまま男の方へ近づいていく。
男は壁に寄りかかったまま無表情でメレルの方を見続けている。俺は視線を向けながら男の前を通り過ぎる。その時チラッと俺に目を向けた男は、俺の顔に覚えがあったのだろう、少し眉を寄せ俺のことを観察するように見る詰める。
……。
嫌な緊張感の中、俺は男の前を通り過ぎ、五メートル程歩いた所で止まる。男は明らかに俺のことを意識しているのがわかる。おれは、さも偶然のように男と同じように壁際へより寄りかかって演説を聞く。
観客を見ると割と女性が多い。蒲焼きを食べたときに一緒に居たスタッフの人たちもやはり女性がほとんどだったと思う。こういうピースフルな話しは女性の方が共感をしやすいのだろうか。
当然男性の客もいるが、なんとなく美しい女性を見ようと集まったようなそんな感じの男が多いように思う。現代の日本と違い娯楽が少ないのも原因としてはあるのかもしれない。
やがてメレルの演説が終わる。メレルは演台から降りるが鳴り止まぬ拍手の中、再び演台に上がり手をふる。演説が終わり、少しづつ帰っていく客も居るが、熱心な人達は演台の下から手を伸ばし、握手を求める。それに応えメレルも手を伸ばす。
ゾクッ……。
いつかの蒲焼きの店のときと同じだ。男からなんとも言えない圧が放たれる。俺は背中に嫌な汗を感じながらそっと左手を腰の小太刀に向かわせる。
その時だった。
ドゴッーン! と、広場の奥の方の建物が轟音と共に火を上げ燃え上がる。一瞬の静寂の後、悲鳴が上がる。俺もとっさにそちらの方に目をやる。先程の兵士たちが慌てて現場の方に向かっていくのが見えた。
!!!
同時に男がメレルに向かって歩き出す。俺は慌てて意識を男に戻すが、すでに男は抜身の刀身を手にしていた。黒く。暗く。見るだけで心を不安にさせるような黒剣だ。俺はすぐに右手を柄に添えながら、歩みを合わせる。
「何のつもりだ! やめろ!」
「……連邦天位だったか。邪魔をするな」
黒剣の男は俺の腕章を一瞥すると、面倒くさそうに答える。
「やはりあんた。メレルさんをっ!」
「……」
くっそ。止まる気がない。抜身のままあの雑踏に近づけさせるわけには行かない。俺はぐっと歯を食いしばる。腰を落とし気味に気持ちを集中させていく。
武器破壊……。
俺は狙いを定め、大きく一歩踏み出し男の前に出る。突然目の前に飛び出した俺に男の目が見開く。俺はすでに鯉口は切っている。男の方へ振り向きながら鞘の中を刃が滑り、体の回転で勢いを増しながら男の黒剣に向けて抜刀する。
圧縮された時間の中、その黒剣はその場に留まる。武器破壊を狙う場合、重心からずれるほど力は逃げる。完全に勘任せだが、俺はその重心の中心をめがけ刀を振るう。
よし……。
そう思ったときだ。中心をずらすように突然黒剣がずれる。必死に動く黒剣に合わせようとするが、男の手首は柔らかく力をいなしていく。魔力がこもる俺の刀は男の黒剣に吸い付くように引っ張られる。
「なっ!?」
同時に突然足払いを受けたように俺の足が地面から浮く。やばい。完全に重力から切り離された俺は、何もすることも出来ずクルッと体が周り地面に叩きつけられる……。
んぐっ! まだ意識の集中は続いている。俺は必死に左手を地面に当てクルリと体勢を整え、足をつく。
俺は呆然と男を見上げる。
しかし男は俺のことなど相手にせずにメレルの方へ向かっていた。
※少し、頭の中にある流れと、実際の文章が結びつかなくて。難儀してますw
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます