第106話 舞台裏

 ……

 ……


「……本当に言わないで良いのか?」

「タイミングは重要だろう。スペルセス師の見立てだと、すぐに共和国へでも飛んでしまうのだろ?」

「そうだが……」

「連邦天位が共和国で揉め事を起こしてみろ。それこそ戦争になりかねん」

「ワシはそれでも、シゲトの信を得るのが大事だと思うがな」

「……大統領の判断です。我々はただアドバイスをすれば良いんですよ」

「そうだ。それに奴らはまたこの国に戻ってくると言うではないか。それからでも遅くはない」

「……」


 ブルグ・シュテルンベルクの最上階に賢者の間と言われる小部屋があった。

 そこでは、現在三人在籍している国の賢者が、連邦のための意見をまとめる為の会議場となっている。

 賢者というのはウィルブランド教国にある、ケイロン魔法学院での主席での卒業者に与えられる称号であり。その称号を持つものは国の頭脳として特権を与えられていた。

 同じ学院の先輩後輩の間柄から通常は上下関係が発生するものの、この議場での会議ではそれを持ち込むことは禁止され。3人は平等の立場で話すことが定められていた。


 天位と同じく、ホジキン連邦の所属の賢者の数も他国と比べ少ない。現在は三人の賢者が在籍している。

 一人は三人の賢者の中でも最年長のヴァーグ。それから重人たちの教育を任されているスペルセス。最後の一人は学院を卒業してまだ三年目の若き賢者、フーディ。三十年近く新しい賢者が生まれなかったホジキン連邦では今最も期待されている男の一人だ。



 当然、デュラム州軍所属の「天戴」を持つ桜木が、ルーテナの一組織に誘拐された件は、連邦軍を介して国に届けられている。

 その対応に対して、政府上部は重人にその事実を伝えることを禁止した。


 桜木と共に誘拐され、なんとか救出に成功したビトーという少女からの情報で、その組織は「エバンス」である事、そして「エバンス」は再びこのホジキン連邦へ戻ってくる計画があるという話しは伝えられていた。

 それと同時に、エバンスが何らかの魔道具を起動させるのに桜木の天戴の守護を受けた魔力が必要だったという事も情報として上がっていた。


「それにしても、エバンスか……」

「ああ。嫌な予感がする。スペルセス師の一期上だったか?」

「そうだ。ギャロンヌ……嫌な予感ばかりするわい」

「俺は丁度入れ違いだったからな、面識もないし、賢者会議でも会ったこともない……」


 薄暗い部屋でスペルセスが腕を組んで心底困った顔で唸る。

 ギャロンヌ・ディ・ディ。賢者の中でも魔道具や魔法陣に関して当代一と言われた女性だった。元々は神を信奉しながらも、いつの頃からかルーテナ思想に流れ、賢者の称号を剥奪されたと言われる女性だ。

 専門は次元魔法。不可能と言われた次元の穴を開ける理論を発表し、それを教会から禁呪指定をされたという実績もある。


 スペルセスを見ながら若き賢者フーディが尋ねる。


「たしか、天戴はルキアでしたよね?」

「ああ。そうだ」

「光魔法は、聖魔法より実は神の力に近いとも言いますから……それが何か関係あるのでしょうか」

「わからん……だが話的にはおそらく式典が奴らの目的だろ。式典中に次元の穴でも開けられてみろ。大惨事だ」

「次元の穴なんて、本当に空くのですか? 神の祠でも再現しようというのでしょうか」

「それもわからん。禁呪法管理官からの話だと、どこかと繋げられるようなものでなく、ただ次元に穴をあける程度の物だったというが……。それから秘密裏に研究を続けているのかもしれん……」

「わかりもしないことを考えなくても良い。まずはエバンスの動向と、他のルーテナ共がそれに呼応しないか。大いに警戒しないとならん」

「森の聖女も首都入りしたらしいのう」

「森の聖女……メレルさんですか?」

「ん? 知ってるのか?」

「いえ……大変美しい方だと聞いて」

「かっかっか。その美しさだけで組織をあそこまで広げた女だ。間違いないだろうな」




 ◇◇◇


 リガーランド共和国


 リガーランド共和国とホジキン連邦との境界の街、リュード。両国の公益の要所の1つであるリュードは、街の大きさもさりながら、その賑わいは両国の首都にもまけない。それもそのはず、リュードは両国の国境を跨いだ作りになっており、街中に国境があるという不思議な作りになっていた。


 そして、両国共に、自分の国側の街のほうが大きく賑わっているのを見せようと、開発費もつぎ込まれていた。現在ではかなり収束したものの、一時期の互いの国のエゴが溜まったようなゴテゴテした建物も多い。


 そんなリュードのリガーランド地区の片隅に、エバンスの隠れ家が存在する。田舎と比べ都会のほうが目立たないというのが理由だが。狙いをホジキン連邦に絞ったエバンスとしては、国境超えに地の利もあった。


 隠れ家の一室から、一人の男が両手にお盆を持って出てくる。

 それを見ていた他の男がそれを見咎める。


「なんだ、また残したのか」

「たくっ。肉なんて出せるか……」


 不満げに言う男に、ソファーに寝転んでいた男が声をかける。ナハトだった。


「姫さんか?」

「あ、はい。肉が食べたいと……ルーテナの俺達によくそんな事を言えるなと」

「まあこの世界に来て数ヶ月だ。致し方ないだろう」

「そうですが……」

「魚くらい食べさせてやれよ、へそ曲げて協力しねえなんて言われても困るぜ」

「魚、ですか? まあ……」


 ルーテナとは、「失礼な間借り人」という言葉が崩れたものである。この世界の先住である魔物達を追い払い、自分たちの生活圏を広げる人間たちをそう皮肉った言葉だ。

 それに故に、魔物を狩り、それを食料にするという肉食文化を否定することが多い。


 ルーテナにも考えの派閥などはあり。その行動の過激さの差や、下級の魔石を抽出出来ないような魔物は大丈夫と考えるもの、知性のあるオーク達のような特定の魔物を限定的に保護しようと考えるもの、など思想には差がある。


 その中で、魚などに関しては、魔物と考えない思想が多かった。

 エバンスも、魚を食べることに禁止などはされていなかったが、この世界の魚は比較的高価な食材であった。それでもナハトに言われ、食材屋に行くために準備をしていた。



「もうそろそろだな……」


 窓の外を眺めながらナハトは呟く。






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