第105話 入団式
俺たちの入団式は一週間後に行われるという。その間俺たちは、政府の役人などにブルグ・シュテルンベルクの案内をされたり、入団式に着る軍服の制服を仕立ててもらったりと、色々と忙しく動く。
スペルセスは首都に戻って早々いろいろと仕事があるようでそれ以来会ってはいない。軍部のお偉い人や、政府の大臣などともある程度面通しはしてもらいながら、俺も君島も少しずつ疲弊していく。
ブルグ・シュテルンベルクのカフェで軍服の仮縫いを終え、ゆっくりとしているとコツコツと太った魔法士っぽい男が1人の女性を従えてこっちに向かってきた。
チラッと視線を送ると明らかに俺たちの方を見ている。少し偉い人たちなのかと俺と君島は立ち上がって迎える。
「初めまして。だね。私は92位の連邦天位のビスモンティだ。君が噂の……」
「はい。シゲトと申します。よろしくお願いします」
なんと天位だ。自分より少し順位は低いようだが先輩だ。少し緊張しながら答える。太った体型や服装を見ると魔法士なのだろうか。ビスモンティはニコニコと笑いながら、俺の後ろにいる君島にも目線を向ける。
「ほぉ……なかなか。君もいい守護騎士を雇ったね」
「え?」
「うんうん。守護騎士は美しいに限る」
「は、はぁ」
なん何だこいつ?
確かに隣りにいる女性は、驚くくらい美人だ。深海のような深い青色のストレートのロングヘアに、切れ長なクールさを感じさせる一重の瞼の奥にはエメラルドグリーンの瞳が鎮座する。
しかし、その女性はビスモンティの言葉にわずかに眉を寄せる。
ビスモンティは、後ろの女性が不快感をあらわにしている事など、まるで気にすることなく、女性の美しさは正義と、嬉しそうに語り始める。
「守護騎士は常に自分を守ってくれるからね。まあ、ランキングは私の方が上だから実際に戦えば私の方が上なのだけどね。人は常に心を張り続けることは出来ない。そこで考えられた守護騎士システムなのだが……素晴らしいと思わないか?」
「え? まあ、安心ではありますよね」
「私はこのシステムがあるから、ジーベ王国からわざわざ移住して連邦に所属することにしたのだよ。ふふふ……」
「わざ、わざ?」
「私の守護騎士ミーモだ。美しいだろ?」
「そ、そうですね……」
やばい。後ろの女性の目が完全に据わっている……。俺は何と答えていいかもわからずに適当に相槌を打つ。
……と。
「うるさいぞ。ブタ野郎」
「ミーモはね……。え? ミーモ……ちゃん?」
「しゃべるな。ブタが」
「ちょっ……ミーモちゃん。今日はそういうのやめてって言ったでしょっ」
「ブタ語など分かるわけがない」
「そ、そんな……」
あれだけ威厳を感じさせた第一印象がものすごい勢いで崩れていく。あっけにとられて眺めていると、ミーモと言われた女性が深々と頭を下げる。
「飼育係のミーモでございます。ブタが申し訳ございません」
「へ? し、飼育……」
「ミーモちゃん……」
「行くぞ。散歩の時間だ」
「あの、まだ話を……」
「ブヒブヒうるさい」
「ひぃ……」
パルドミホフさんのイメージで、天位を考えていたが。どうやら考え直した方が良いようだ。能力が凄くても。ああいうキャラもいるのか……。
何とも言えない顔で後姿を眺めていると、君島が話しかけてくる。
「……先生?」
「ん?」
「……先生も……ああいうの好きだったりします?」
「へ?」
「先生、ちょっとMっ気があったりとか?」
「ちょっと、やめて。普通でしょ? 俺は」
「うーん。……そうですね」
やばいやばい。とばっちりを食うところだった……。
◇◇◇
こうして忙しい日々を過ごしながら入団式を迎える。
入団式はブルグ・シュテルンベルクの大広間で行われる。大広間の奥には元々合併前のオビルド国王の玉座があった。今はそこには合併した六国のそれぞれの玉座が持ち寄られ並べて置かれている。今は誰も座ることは許されていない。
式は大統領も含め、VIPが居並ぶ中、厳かに行われた。
二週間後に行われる連邦締結の150周年式典を前に、俺の入団を急いだというのもあり、参加者はそこまで多くないが、偉い人は多い。
順に偉い人が話をしていくが。そのどれもが堅苦しく。この世界の定型文の様な流れだった。大抵が連邦の素晴らしさと、天位が入団してくれたことの意義。感謝の意。そんなところだ。
流石に大人としてちゃんと耳は傾けるが。本心としては早く時間が過ぎるのを待つ。
チラッと横を見れば、君島は直立不動のままちゃんと話を聞いている。
君島も俺も軍の礼装に身を包んでいる。かなり地球の洋服には近い形だが、意匠としてはそれなりに鎧のような物を意識した装備が簡略化したような方向なのかも知れない。
上着はダークグレーのベストだ。顎が隠れるような大げさな高襟で、片方だけ肩当てが付いている。ただ、この肩当ては完全に様式化されたもので、肩当てには連邦天位を示す紋章が刻まれている。ボタンはダブルのベストの様な配置で、丈は短い。
ベストの下には同じ様なダークグレーの返しのない襟のシャツ。この返しのない襟は、カプトで買った俺のワイシャツも、こうだったのもあり、やはり連邦のスタンダードな衣服なのかも知れない。
ズボンは比較的細身のテーパードのスラックス。腰には刀は無い。なんでも式の途中で渡されるデモンストレーションがある。
君島もほぼ同じだが、肩当てに刻まれた紋章は護衛騎士の紋章だということで、俺のものと少し違う。そして、ズボンでなくスカートを履いていた。
俺たちの右側には、同じ様な軍の礼装に身を包んだ人たちが並ぶ。当然連邦天位も参列はしているが、パルドミホフさんともう1人の天位は150周年式典に合わせて来るようで参列はしていない。先日会ったビスモンティが、ミーモを横に従え並び。その横に、連邦天位の筆頭、グース・ドリューズがジッと俺を見つめている。たしか、42位だったか。その横に立つ護衛騎士は、魔法士のようだ。
左側には、大統領を筆頭に文官の人たちが並ぶ。スペルセスもこちら側にいる。面白いことにその横のマイヌイは、軍服の礼装を着ていた。
やがて、前に出るように言われ。俺は刀を。君島は薙刀を受け取る。
……。
指揮が終わるとすぐに解散になる。本来ならお披露目パーティーなどもする流れらしいのだが、無理やり予定をねじ込んだ為、会食の時間まで取れなかったらしい。
どうしようと思っていると、グース・ドリューズに声を掛けられる。
「シゲト君。この後空いていれば食事をしよう」
「あ、はい。宜しくおねがいします」
食事は、ブルグ・シュテルンベルクから出て、貴族街にあるレストランで取る。ビスモンティも呼ばれていたため。どうやら天位同士の親睦を取るということらしい。
グースは槍の使い手ということで、君島の薙刀の話を興味深そうに聞いていたが、実際俺の武技についてはあまり触れない。そこら辺も空気感的に、お互いの戦い方についてはそこまで触れないというのがマナーなのかも知れない。
天位の先輩からビシッと言われるのかと不安もあったが、グースは始終ジェントルに天位に求められるもの等を教えてくれる。
「それにしても……君はかなりの物らしいね」
「ど、どうでしょうか」
「パルドミホフに言われたよ。絶対に試そうとするな。とね」
「ははは……」
「そう言われると試したくなるのが武人の性だが。まあ、今は我慢しよう」
「勘弁して下さいよ」
「ふふふ」
ビスモンティも喋りは尊大だが、言っていることは基本優しい。
「まあ、慣れないと思うがね。何かあったら私を頼ると良い」
「ブヒブヒ言っても伝わらないぞ」
「え? ミーモちゃん。今のは神の言語ですよっ!」
「ふん。今日はフォークを使うのか」
「ぼっ僕はいつも使ってるよ」
「ブタのくせに……」
「ミーモ、ちゃん?」
ビスモンティは慣れると面白い。必死に高慢なキャラを出そうとするがすぐに護衛騎士が折りに来る。しかし日常的な光景なのだろう。グースは全く気にしていないようだ。
こうして俺たちは、平和を享受しながら式典の準備などを始めていた。
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