第90話 南門に集合

 翌日、朝起きると受付で仁科たちの為に部屋割りを変えてもう一泊分のお金を払う。そしてそのまま待ち合わせの南門へ向かう。今日も街を楽しむ予定の仁科達もついてくる。


 よく考えると俺たちは1台の獣車でここまで来ている。そう考えるとここから連邦まで行く俺たちと、ここからドゥードゥルバレーに帰る仁科たちの足がどうなるんだろうと疑問を持っていた。


 南門の周辺は門から出たところにも広い広場になっており、気持ち低めの城壁がそこの周りにも作られている。

 そして、広場には様々な獣車が停まっていた。ものすごい活気を感じる。


「それはワシもどうしようかと悩んでいたんだけどな。乗り合いとかには興味あるか?」

「乗り合い、ですか?」

「まあ、乗り合いじゃなくても獣車を雇ってもいいと思うが」

「なるほど、4人だと乗り合いより貸し切りの方が良いんですかね?」

「値段はそっちのが高いがね。あとは、安く行くなら護衛を兼ねて行商人等に乗せてもらうというのも有りかな」

「え? 連邦軍所属でそんな内職みたいなのして良いんですか?」

「良くは無いが。何も言われんよ。まあ、とりあえず良い貸し切りがあればそれが良いな」


 ふうむ。ちょっと乗り合いというのも体験したい気もあるが、そう言えば仁科と桜木が乗ったという魔動車とかは、出してはもらえないのか。

 いずれにしても、乗ってきた獣舎は仁科達が帰りに使うということで預けたままにしておくとの事だった。軍の獣車や魔動車も頼めば出してくれると思うが、スペルト州のトラブルをここから派遣して対応するため、移動手段をあまり使いたくないというスペルセスの考えがあるようだ。


 この南門の混み具合は、聞くと護衛などを付けた行商人にあやかって、護衛を雇えない様々な業者や、旅人が、護衛付きの隊商の後ろからついていくようだ。

  日によって混み具合は変わるが、毎朝この時間になると見られる風景らしい。護衛が居ない日もあるらしいが、それでも人数がまとまればある程度魔物とも戦えるという事もあるのだろう。出発するとちょっとした隊商の様な状態になりそうだ。


 そういう風習があると、お金儲けを考える人たちも出てくるようで、朝食を売ろうとする屋台などもちょこちょこと開いている。


「うわあ、先生ー。ちょっと屋台見てきますっ!」

「迷子になるなよ」

「はーい」


 早速ビトーを引き連れて、桜木が食べ物を物色しに行く。

 俺たちは、スペルセスと一緒に隅の方でプラカードの様な物を持って立っている人たちの方へ向かう。


『格安獣車 セクタビレッジまで』

『護衛なし。自衛できる者』

『最新獣車。痛くない。揺れない。速い』

『荷物可。州内のみ』


 なるほど。個人で輸送を受けている獣車か。周りでも何人かの者がカードを見ながら相談したりしている。スペルセスが、どうせなら乗り心地が良いのがたすかるなあ、と一人の男の前に行く。男はストローマンと同じリッケン人か。口ひげにベレー帽のような帽子を気障にかぶり、俺たちが近づくと、品定めするような目つきで見返す。


「マニトバまで行きたいんだが」

「マニトバ? そりゃ随分遠いな。……安くねえぞ」

「値段は良い。それよりその最新獣車と言うのは本当か?」

「ああ、それは信用してもらって良いぜ。王朝のナザル技術研究所で開発された最新式のサスペンションを使ってるんだ。ここらの獣車の中じゃダントツの乗り心地だ」

「王朝の?」

「ああ、なんでも王朝の賢者が考案したっていうくらいだ。その分安くはねえが。ファーストクラスの乗り心地は保証してやるぜ」

「賢者のう……」


 スペルセスは、一歩身を引くと俺にどうするか聞いてくる。マニトバまでは二週間ほどかかるという。確かに揺れないのであればそれに越したことは無いが……。


「僕はそこまで獣車に詳しくないので……実際そういう技術はあるんですか?」

「確かに王朝で技術者を積極的に集めているのは本当だがな。まあ、あれが本物かは分からんがな」


 とりあえず、獣車を見せてもらうことにする。見てみないことには信じていいかわからない。自信満々な男について行くと、確かに見てくれは豪華な獣車が置いてある。そして初めて見るのだが、繋がれている魔物は一見セベックのようだが、色が違う。真っ黒で角の様な鬣が何房も流れている。


「まさケルベックとは……。一般で使ってるのは、久しぶりに見たわ」

「ほう。さすが長生きしてれば知ってるか。ああ。確かにコイツはケルベックだ。セベックとは一足違うぜ」

「速そうだな」

「ああ、ケッセル・ウォークを12時間で走破したこともある」

「ふむ……」


 そう言うとスペルセスはおもむろにかがんで獣車の裏側を覗き込む。しばらくすると、満足したように立ち上がる。


「よし。頼もうか」

「マニトバだろ? 100でどうだ」

「いくらなんでもそれは高いだろう。50といったところか」

「おいおい、ふざけてもらっちゃ困るぜ。行きで2週間だがな、帰りも2週間かかるんだ、一月分でそれはないな。90でどうだ?」

「ケッセル・ウォークを12時間って言ってたか? なら、ワシ等をおろした後は2週間もかからずに帰ってこれるだろう。せいぜい60ってとこだろう」

「俺は魔物との戦闘だって出来るんだぜ? 護衛代だってかかる」

「それは大丈夫だ。ワシらは連邦軍所属だからな」

「ちっ。軍人かよ……80だ、それ以上はびた一文まけねえぞ」

「ふむ……いいじゃろ」


 こうしてようやく話がまとまる。出発は他の隊商らと一緒に出るという。そして、少しづつ途中の街や村で減っていくようだ。獣車の準備をしていた小柄な青年がニョキっと顔を出し、話しかけてくる。


「どうも、ちょっと長旅の仕事が入ったみたいだね。よろしくね」

「ああ、たのむ」

「ま、ガスはあんなだけど、仕事はきっちりするから。安心してね」

「お主と二人でやってるのか?」

「ああ。流石に一人で御者は大変だからね。僕と交代しながらやらせてもらうよ」


 出発の時間までもう少しあるということで、広場に出ている屋台でケバブのようなものを食べながら、仁科たちに改めて話をする。気をつけてドゥードゥルバレーに帰るようにと。一ヶ月以上は会えなくなるが、そこらへんはもう交通インフラが整ってない世界だからしょうがないとお互い割り切っているが。やはり少し寂しくは感じる。


「じゃあ、ちゃんと帰るんだぞ」

「先生、もうそれ何回目ですか? 大丈夫ですって」

「そ、そうだな。でもまあ。……いや。今日はたっぷり3人で楽しんくれ」

「先生も気をつけて。まあ、君島先輩が居るから大丈夫だと思うけど」

「ははは。ま、じゃあ、行ってくる」

「はい」


 やがて号令がかかり、大手の商会の様な集団が、警備団と供に出発する。その後ろから警備を雇えない小さな商会や行商人の獣車が、そして乗り合いの大型の獣車や、俺達の様な個人の獣車が続く。俺達は集団に紛れて、マニトバ目指して出発した。

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