第89話 焼きボッズ
色々有ったが、無事に目的の本を買えた。出来れば世界史みたいな歴史の総論的な本があれば取っ掛かりには良かったが。
しかし、なかなかこの世界で歴史の本が無いのであれば。いきなり他国の書籍が見つかったのはラッキーだったのかもしれない。
なんとなくだが、首都に行けばホジキン連邦の建国史や、建国前の小国時代の事など、自国の本なら手に入るんではないかと期待する。
俺は本を大事にザックへしまうと、今度は女子たちの希望である洋服を買いに行く。
店は女性向け、男性向け、ワーウィックなどの大柄な人種向けから、ノーウィンなどのビア樽型の体型向けなど、人種が多い世界だけに店もかなり多い。
「先生?」
「ん?
「そういえば私達は式典に出るんですよね?」
「……あ。そうか。礼服みたいなのは……でもそれはあっちに行ってからでも良いんじゃないか? 日本でもスーツから燕尾服まで着る場面で変わるしな」
「うーん。そうですね。でも。ちょっとおしゃれなレストランとかに行けるように、少しいい服も買っておきませんか?」
「ああ、そうだな……」
自分も服を買おうかと思い始めると、それなりにワクワクはする。とある女性向けの店で、君島と桜木がその店のデザインが気に入ったようだ。おそらくもう少し時間がかかりそうなので、ビトーの服も選んであげるように言って、俺と仁科は男性向けの店に行くことにする。
割と街の商店は、似たような店が固まる傾向があるのか、この通りには服飾関係の店が多い。俺と仁科は、男性向けで良さそうな店を探し見繕う。
俺は居合がやりやすい服装を考える。ただ、ギャッラルブルーからの藪の中を歩いた日々を考えると袴のようなものはやはりチョイスしにくい。
どういう物が良いのだろう。
今のシャツとスラックスで問題なく居合は出来るので、それに近いものを探す。店員に聞くと、こういった折り返しの付いた一般的な襟の様なタイプの服はホジキン連邦ではあまり見かけないという。ただスタンドカラーの様な折り返しのない襟のシャツはあったので、それを購入する。日本のような真っ白な素材は少し高めで、麻っぽいクリームがかった感じの色のシャツなどがある。柄物をなるべく避けながら数点買っておく。
パンツは、俺のはいている伸びる生地のスラックスが無いためあまりタイトなズボンは厳しいかもしれない。代わりにアラジンパンツというのだろうか。足の動きを邪魔せず、かつ袴のように下がひらひらしてるわけじゃなく、なんとなく気に入って選んだ。
その他、下着や靴下なども買い込み、服は買っておくべきだったなと改めて感じた。
俺が満足していると、仁科は違う店にも行きたいと店を変える。おそらく、より若者向けのデザインなのだろう。そこでも何着か買っていた。
女性の服の買い物は長くなるという伝説は昔から聞かされていたものだったが。はたして俺と仁科が買い物を終え女性陣の元に戻ると、いまだにああでもないと服を選んでいた。
「おおお。似合うじゃないかビトー」
「似合う?」
「おう、これで男の子に間違われないぞ」
「間違われても良いけど」
口では気にしていなさそうだが、俺と仁科が着せかえ人形のようにいじられているビトーを褒めちぎると、ビトーも少し嬉しそうな顔になる。ただ、スカートのような物は履いたことが無いようで、ヒラヒラ感が気持ち悪いようだ。
ビトーと話をしていると、試着室から出てきた桜木がこれみよがしに新しい服を見せつけてくる。嬉しそうに「どう?」と仁科に聞く。
「桜木、そ、そんな短くて藪の中で傷つきまくるぞ?」
「ん~。鷹斗くんが治してくれるでしょ?」
「え? いや……」
「ひっひ。そんなの。魔力身にまとってるんだから、葉っぱや枝じゃ傷つかないじゃん」
「お、おお。知ってるよっ」
うん。今は桜木の一本だな。
でも実際そうなのだ。強い魔物を切るのに魔力が必要なのは、その魔物自体が魔力をまとっているわけで。俺たちもこの世界に来て魔力を身に付け、階梯が上がることでそれが濃くなり、気がつけばころんだって膝が擦りむけないような頑丈さが身についてしまっている。
「先生?」
「お、なんだ? 君島」
「あまり短いのは、先生的にはやめたほうがいいですか?」
「え? ううむ……膝くらいに」
「はい」
だが、男にとっては肌が傷つく以上に、露出の低下で安心する部分もあるのだ。
「先生のそのサルエルパンツ可愛いですね?」
「サルエ? あ、ああ。これな。先を閉じた袴みたいと思ってな」
「私も1つそれ買おう」
「うん、良いんじゃないかな」
ある程度洋服の買い物が落ち着くと、昼飯を食べようと移動し始める。話によるとどこかに屋台村の様なものがあるらしい。日本とは違う異国の街並みに俺も少し興奮しながら歩いていると、歩道で小さな手押し車のような物の上で何かを焼いて売っている店があった。
何だと近づくと、栗のようなものを大きい鍋で焼いている。一見、天津甘栗の様な感じだが、粒はだいぶ大きく。立ち上る匂いは何となく違う。思わず足を止めた俺にすかさず店の男が声を掛けてくる。
「どうだい兄ちゃん。一袋500エルンだ」
「なんですか? これは」
「ん? 知らねえのか? 焼きボッズだ。採れたてのボッズをただ焼いただけだが、美味いぞ」
「ほう……じゃあ、1つ。ください」
「おう。まいど!」
ボッズ売りの男は、小さいスコップでそのボッズを掬うと紙袋にザザッと入れてくれる。思ったより量も多い。「おまけしてやったぜ」そう言われ礼を言って受け取る。
振り向くと皆物欲しそうな顔をしているので、袋を差し出すと、一人一人中から焼きボッズを取り出す。ここら辺も、焼きたてのボッズを平気で手で持てるのも階梯のお陰なのだろう。階梯を全く上げていないビトーだけが熱そうに必死で手の上で転がしていたので、代わりに殻をむいてやる。黒っぽい硬い殻の中は黄金色の果肉が詰まっている。
「火傷するなよ」
「ありがと」
それを見てた店の男が「殻を入れな」と小さな袋を渡してくれたので、皆それに剥いた殻を入れていく。
「おおお。美味いな。なんだこれ」
「あったりめえだ。美味いだろ? 何でも加工してケーキにしたりするが、そのまま食べるのが一番なんだ」
「うんうん」
味は……確かに栗に近いのかもしれないがもっと濃厚な感じだ。超甘の石焼き芋の様なこってり感がある。
それから俺たちは焼きボッズ売りの男に屋台村の場所を聞いてそちらに向かった。屋台村に着く頃には焼きボッズは全て平らげてしまっていた。
屋台村は、いわゆるフードコートみたいな所だった。各々好きな店で好みの食べ物を買って、1つのテーブルで一緒に食べる。目の前で麺を啜る仁科が嬉しそうに話す。
「僕、今まで海外だって行ったことなかったんですけど。なんか、何から何まで不思議で。美味しくて。最高ですね」
「ああ、なんかこういう食べ物だって。今までに見たこともない刺激がある。ドゥードゥルバレーが嫌いなわけじゃないが。やっぱりたまには都会に出てくるのも良いな」
「そうですよね。僕もいつかレグさんみたいに、自分の騎獣に乗って色んな所に行ってみたいですっ!」
興奮する仁科をみて、桜木が言う。
「でもさあ、先生たちはここから更に首都まで旅行ですからねえ。良いなあ」
「ヤーザックさんに無理を言ってここまでこれたんだ。あまり迷惑かけるなよ」
「分かってますよ。でも、先生? あたし達もう一泊くらいしてもいいですよね?」
「え? ……いや。確かに何日とかヤーザックさんは言ってなかったが……」
「先生。いいでしょ? 鷹斗くんもそう思うよね?」
「え? あ、ああ。先生。一泊だけ良い?」
桜木の希望に仁科も乗る。まあ。仁科はしっかりしてるから。……それに思ったよりこの街の治安は良さそうだ。州軍の兵士達がこまめに街を歩いている姿もあるし……。
「一泊くらいにしておけよ。ビトーもこの2人を頼んだぞ」
「うん」
それから午後は、俺達は防具等の店をまわり、少しづつ自分の装備を揃えることにした。流石に子どもたちはそこまでお金が無かったので、有無を言わさず俺が払う。
なんでそんなにあるのかって? 毎月教国からの天位者への恩金が100万エルン。連邦軍の給料が、300万エルン程入る。君島の一か月の給料が30万エルン程度と言っていたので、天位の重みというのを痛いほど感じてしまう。
……そして、ドゥードゥルバレーでの生活はほとんどお金がかかっていない。この世界に来て4ヶ月弱だが、こんなにお金に苦労をしないとは予想もしていなかった。
※相場として1円=1エルンで、分かりやすく。
前作で1.5:1 くらいにしたら計算がいちいち大変だったのでw
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