第81話

 ……。


 誰もが皆、目の前で起きたことを理解するまでに時間が必要だった。


 一瞬の、ほんの刹那の出来事についていけたのは、おそらくレグレスだけだろう。目の前で重人を殺さんと気勢を上げるゴードンですら、目の前で煙が上がり重人が忽然と消えたようにしか見えなかった。

 そしてその刹那、破裂音と供に。義兄弟の首が弾け飛ぶ。


 ぐっと少女を抱きしめる重人を前に、皆が皆、己の声をなくしていた。


 ◇◇◇


「な、な、な……ふざけるな!」


 俺は、やっとの思いで声を絞り出したゴードンを一瞥する。


「ごめん、もうちょっと待ってくれ」


 そう言いながら、君島を離し、俺はゴードンに向かって歩き出す。ブライアンとアムルが慌てて後ろに下がっていく。この2人はもう問題ないだろう。あとは。こいつらだ。

 気を静めながら、左手で刀の鞘を抑える。それを見たゴードンがビクッと体を緊張させるのがわかる。だが、心は完全には折れていない。


「ふざけてるのはお前らだろ?」

「な、なんだと?」

「まあいい。本気で。やって欲しいんだったな」

「んぐ……」

「いいぜ。お前から先に動いて」


 おそらくこういう奴らは、生き残ればまた生徒を危険な目に引きずり込む。やるなら、やらないと駄目だろう。気持ちいい物ではないが、後で嫌な気持ちを味わうよりは良い。ゴードンの間合いに入ると、腰を落とし抜刀の構えを取る。殺気も隠さない。


「そ、そうか。それが条件なのか?」

「条件?」

「転移してきたばかりのお前が、カートンに勝てるわけがねえんだ! 相手に先に攻撃させる事で、何か能力が発動するって事だな」


 なるほど、たしかに条件的な物があると考えていたのか。確かに、ある意味正解だ。


「なるほど、たしかに俺の攻撃は後の先を取るという意味では、そういうシュチュエーションが得なのは確かだ。……だが外れだ」

「何?」

「じゃあ……俺から動こうか?」

「いやっ! 待て! 俺から動いてやるよっ!」


 追い詰められたゴードンが荒い息を整え意を決する。深呼吸をするゴードンの周りに濃い魔力が渦巻くのが分かる。確かに、こいつも只者じゃ無さそうだ。


 だが。


「うぉおおっ


 確かに先に動いたのはゴードンだ。雄叫びを上げ、大剣を振り上げようとした瞬間。俺の刀はゴードンの眉間に突き刺さっていた。


 乖離する時間の中。超速の刃が真っ直ぐにゴードンに向かう。その軌道を見れたものは果たしてどれほど居たのだろう。

 何も出来ず命が絶たれたゴードンは憤怒の表情のまま、膝から崩れ落ちていく。



「ひぃいいい!」


 ジギットと言ったか。ディザスター最後の男が悲鳴を上げながら背を向ける。心が折れた人間に追い打ちは……。そう思ったとき。マイヌイが手にした二股の槍をふいと投げる。

 槍は音も立てずに、ジギットの背中に突き刺さり、崩れるように倒れる。


「やるなら最後までやってください」

「背中を見せ、心が折れた人までは……」

「まあ、良いでしょう。連邦軍所属の人間に刃を向けたんです。そこは私の役目です」

「……すいません」

「謝らないでください。しかしこれで、シゲト様の天位の名は落ち着いてくれるでしょう」


 そう言うと、マイヌイがジロリとブライアン達に目を向ける。


「や、お、俺達は……なあ?」

「あ、ああ。階梯上げに、来ただけ、だしな」

「お、おう。そうとも」


 ブライアン達も心は完全に折れていた。それはそうだ。動きも捉えられないレベルの相手に戦いを挑むなんてことはしない。自分の命は自分たちで守る。それが冒険者たちの本能とも言える習性だ。

 プライドで生きようとすれば、早死する。そういう世界だろう。


 当然アムルも柔和な笑みをこぼしながら、「どれ、ディクス村を見に行こうか」などと言い始めていた。


 俺はそれを見ながら、全てがレグレスにお膳立てされていた事に舌を巻く。


 二度目とはいえ、やはり人を斬るのには抵抗が無いわけじゃない。仁科と桜木は、初めて人が死ぬ所を見たかもしれない。そう思いフォローをしようとするが。2人とも思いの外しっかりしていた。


「お前らは、大丈夫か?」

「あれだけ、魔物を殺して、血を見たんです。完全に平気じゃないですが、思ったほどでは」

「そうか。夢中でお前たちのことをあまり考えられなくて申し訳ないな」

「気にしないでくださいよ」


 仁科はそう言うと全然平気だぞと言うように死体を道の隅に運ぶのを手伝ったりしていた。


「それにしても、それは凄いな?」


 君島の無事を確認すると、ボーディックに使ったツタが生えだした腕輪を見せてもらう。ただの草のリングだが、青々としたツタは、君島の魔力を得てかなり自由に伸ばしたりと扱えるらしい。


「これは、スペルセスさんに教えてもらったんです。いきなり役に立ってしまいました」

「そうか。スペルセスさんには感謝だな……。うん。無事で良かった」

「先生のおかげです。また先生に助けられてしまいましたね」

「まあ、俺のせいで巻き込んでしまったというのもあるしな」


 そう言うと、君島は口を尖らせ不満げな顔をする。


「何を言ってるんですか。更にもとを辿れば、私を助けに来てくれたから。先生は天位に成ってしまったんです」

「ん? まあ、それはそうだが……」

「早く私も強くなって、先生の護衛騎士として頑張らないと。ですからっ!」

「護衛……か」

「ずっと一緒ですからね」


 そう微笑む君島に、そろそろ抗えなくなってきている自分を感じていた。


 ……。


 ……。


 帰りの道中。2日目くらいで、プレッシャーに耐えきれなくなったのか、恐る恐るブライアンが近づいてきた。なんとなくミレーさんを思い出す顔はやっぱり種族的な特徴なんだろう。これで、ランキングも百位台だと言うから、勝ち組には間違いない。

 だがまあ、俺に戦いを挑もうとしたしなあ。俺も何を答えていいかわからない。


「いやあ。シゲトさん。さすが天位っすな。ディザスターを一瞬で返り討ち」

「……」

「あの動き。何ていうんすかね。あまり見たことのない剣技ですねえ。やっぱ前の世界からの持ち越しスキルですかね?」

「……」

「えっと……刀っていうんですかね、それ。片刃の……」

「……」

「いやあ……刀をくるっと回して鞘に収める姿。痺れますなあ……」


 黙ってブライアンの顔を見つめていると、それだけで徐々に追い詰められていくのが分かる。その姿が滑稽で。無視するのも可愛そうな気になってくる。


 ……よし。


「あっしの技は、そんなカッコいいもんじゃございません」

「へ? あ、いや。カッコよかっ――」

「この刀……。抜けば血を吸わねば収められねえ。あっしも既に畜生道に堕ち申した」

「あ……え?」

「この渡世。いささか腐りきっておりましょう。こんな刃でも。もたねば天下の公道すら歩けねえ。なんとも世知辛い世の中だとは思いませんか?」

「は、はあ?」

「刃に頼り。血塗られた街道を独り歩くるあっしは、いったい何者なんでしょう?」

「さ、さあ……」

「人斬り……それ以外の何者でもございません」

「……えっと」


 別に日本史の教師だからってわけじゃないが、講談師的な、いや。むしろ次郎長とか座頭市のようなものか。そんな語りのイメージでブライアンをからかう。意地の悪いやり方だが、そのくらいはさせてもらおう。


 横で俺のセリフを聞いていた生徒たちは爆笑している。レグレスなんて、紙にメモを取りながら「俺も使おう」なんて呟いている。



 いずれにしても、ブライアンや、アムル達が、俺のことを真っ当な天位持ちだということを広めてもらわないと、余計な冒険者がいつまで経っても減らない。スペルセスがそれもちゃんと言い含め。命の保証をする。


 こうして俺たちは、久しぶりにドゥードゥルバレーに帰り着いた。

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