第82話 嵐が去って
無事に街に戻る。俺たちは真っ先に共同浴場に向かう。ヤーザックは突然街から出かけたため仕事が詰まっていたようだ。ストローマンに捕まり詰め所に引っ張られていく。
一応浴場は州軍関係者しか使えない。俺と君島は連合軍所属にはなるのだが、それでも問題はなく使わせてもらえる。
他の冒険者達は、俺達ほど風呂への拘りはないようだ。川にでも飛び込みに行ってくると言っていた。
君島や桜木は女性ならではというか、やはり自分の匂いが気になっていたのだろう。微妙に近づくのを嫌がっている感じがあったが、風呂でさっぱりするとグッと距離感が縮まる。
「生活魔法って言葉があるのに、浄化みたいなのが無いんですもの」
「そういう浄化する魔法もあるのか。水魔法でか?」
「水は、どうなんでしょう……先生の風とか?」
「いやあ、俺の風なんて大したもんじゃないしなあ」
「そう言えば先生って無属性魔法なんですよね?」
「ああ、そう言われたな」
「マイヌイさんも無属性の魔法で、音波を操るような属性らしいですよ?」
「音波を? それはなんかすごそうだな」
「マイヌイさんの槍って二股に分れているじゃないですか。あれ、音叉に成っていて、魔法を使って増幅したりするらしいんです」
「なるほど、あの槍ってそういう意味だったのか……」
言われてみれば二股の槍は音叉のような感じに見えなくもない。ただ、その魔法を使った攻撃を見れなかったので、興味があると言えばある。
俺のレグレスとの強化合宿は終わったが、スペルセスとマイヌイによる、生徒たちの特訓はまだ終わらない。とりあえず7階梯になるまで特訓に付き合ってくれるようだ。
この世界の階梯は、俺達の世界のゲームの中のレベルと違い、10階梯という上がり幅は少ない。それでも、1階梯上がった時の能力の上がり幅はかなりの物なのだが、結局大抵の人間は割と早くに階梯が上がる。
その中で8以降は、上がり方がかなり渋いらしく。命を削った戦いをするリスクなどもあり、そのくらいの階梯であとは階梯上げより、冒険者などの仕事をする生活に成っていくようだ。
レグレスは、以前のようにまた、スペルセスと一晩酒を飲み交わし、次の日には「じゃあ、また会おう」とあっさりと帰ろうとする。
「ちょっ! レグさん!」
ジェヌインの背中に揺られ出発しようとするレグレスに慌てて声をかける。
「どうしたんだい?」
「あ、あの……色々ありがとうございます」
「俺が楽しんでるんだから気にしないでよ」
「だけど、ホントに助かりました」
「うん、先生もユヅキとの関係をちゃんとハッキリするんだよ?」
「なっ!!!」
突然君島の名前を出され、俺は思わず口ごもる。その横で君島が嬉しそうに「大丈夫です!」と答えながら俺の腕をギュッと抱える。俺は固まったまま必死で笑顔を作る。
「これから、どこへ行くんですか?」
「う~ん……天現の守護を持つ子が現れたっていうから、見に行ってみようかなって」
「天現?? って。堂本!」
「そう、ドウモトキョウヘイ。かれも面白そうだよね」
「あの! なんていうか。堂本に会ったらよろしくおねがいします!」
「ん。まあ、あまり当てにしないでね」
「それでも。レグさんなら……」
俺が応えると、レグレスは少し困ったように頭をかきながら俺たちを見渡す。
「まいったなあ。そんなんじゃないんだけどなあ、うん。まあ気にかけてみるよ」
「はい!」
レグレスはそう応えると、ジェヌインを進ませる。
メラが、君島の肩の上で「ピーッ」と鳴くと、ジェヌインの大きいお尻が揺れ尻尾がぐるぐると回す。ディクス村からの帰り道、メラがジェヌインの頭の上を気に入ってずっと乗っていただけに、何か友情的なものが芽生えたのだろうか。
その上に乗ったレグレスは一度手を振るとあとは振り向かず、やがて見えなくなった。
ブライアン達や、アムル等も既に街から出てそれぞれの場所に向かって帰っている。特にブライアン達3人は、行商人の帰りの護衛を頼んでやってもらっている。
スペルセスが言うには、ああいう冒険者が俺の情報を広めることで、天位の置き換わりを狙った冒険者が減るきっかけになるらしい。
特にブライアンは100位代のかなり上位であること、ディザスターを全滅させた事、そこらへんは大きいという。
俺としても、無駄な戦いはしたくはない。そういう流れになるなら願ったりだ。
◇◇◇
それから一ヶ月ほどで、ビトーの宿屋の修繕が終わる。
俺たちは4人で一斉に引っ越しをした。といってもカバンがあるため、何か荷物を移動させるということは無かったが、暫くは俺と仁科でDIYをしながら、椅子やテーブルを作っていく。
州軍の仕事として定期的に街の周りや、街道周りの魔物を間引かないとならないのだが、今3人は、スペルセスとマイヌイの訓練をひたすら繰り返す日々だ。
俺も連邦軍所属だが、州軍預かりということで他の州兵達と一緒に間引き作業にも参加する。今度アスファルトの作業を教えてもらえるということで、それは楽しみだ。
ビトーは、はじめは俺たちがやってきたことに随分緊張をしていたが、少しづつ慣れてくると、会話もするようになる。
俺としてはかなり、この子を気にしていたので、少しずつ子供っぽい顔を見せ始めるビトーにホッとしていた。今は、下宿屋の管理人として、朝食くらいは作れるようにと料理を教えている。
流れ的に君島や桜木の女性陣が料理を教えてあげれば、と思っていたのだが。女子高生で料理が出来ると思ってしまうのはNGらしい。一人暮らしの経験のある俺が簡単な料理などの手ほどきをする感じだ。
チノン、パノンの兄弟に頼んだ新しい槍は、まさに薙刀であった。それまでの短槍から薙刀に持ち替えた君島は絶好調だ。確か薙刀は、静御前とか巴御前とかの流派があったと思うが、君島の戦い方を見ていても俺にはよくわからない。
段々と俺たちの生活が出来上がってくると俺も少しづつやりたいことを始める。
ビトーや、農家の子どもたちを集めて、簡単な四則演算等をおしえたりする。読み書きは「知恵のりんご」を食べることで覚えてしまうが、計算などは知らないままの大人も多い。買い物だって、神民カードをかざせばそれで支払いが終わってしまうのだから必要無さそうだが、計算ができなければ料金をちょろまかされても気が付かなかったりする。
知っていて損はないだろう。
農家の子供の親たちも、仕事時間さえ手伝ってくれれば後の時間で何をしていても問題ないようだ。
あとは、この世界にどんな知識が必要なのかが分からない。スペルセスに頼んだりして、生活魔法の講義などしてもらったが、俺のやってることより全然役に立つ。生活魔法も一般の農民は、親などの身近な大人から教わるだけに成るため、属性が違えば教わる機会もなく魔法を使えないままになったりしてしまう。
そういった事から、頼んでよかったと思うのだが。
「シゲトは歴史を教えていたんだろ?」
「はい、前の世界では」
「だったら、歴史を勉強してみたらどうだ? この世界の」
「学校とか、ですか?」
「街に行けば、書籍を扱う店もある。歴史の本などを探してみるのもいいんじゃないか?」
「なるほど……確かに僕はこの街しか知らないですからね、この世界の都会ってやつも見てみたいですし。良いかもしれませんね」
「どうせお前は連邦軍所属なんだ。一度は本部に顔を出す必要もあるだろう」
「良いですねっ!」
「ま、もうちょい辛抱しろ。こいつらが7階梯に成ったら、ワシも戻らなければならないからな、そのときにでも一緒にいってやるわい」
「はい」
この街に拠点は出来たが、たしかに他の大きい都市は見てみたい。仁科と桜木はスペルト州都の神殿に転移してきたため、都会は見ているという。しかも魔導車と呼ばれる車にまで乗ったという。そんなのも早く見てみたい。
俺は、まだ見ぬ異世界に思いを馳せていた。
※ここまで読んでいただいた読者様に感謝いたしまして。
書籍版の二巻はそれなりに修正入れてあります。三巻は今の所出せるか未定ですが、皆さんがいっぱい本を購入していただければ、何とか続刊、ウエブ版の先も書けますのでどうぞよろしくお願いいたします。
ちなみに、三章四章は続き物で、割と自信のある章なんで、楽しんで頂ければ。
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