第80話


「とりあえずお前たちは離れていろ」


 どうなるか分からないが、生徒を戦いに巻き込むわけには行かない。3人とも少し離れた所まで下がらせる。その間にもブライアンとアムルの口論は続く。


「うるせえな。お前パペットマザーだろ??? お前が旦那に天位を取らせてえからって、旦那が天位を取りたいなんて思っちゃいねえんだよ。見てみろ。あのやる気のねえ顔をよ!」

「ああ! 若造がっ! その名で俺を呼ぶんじゃねえ! しかも人の旦那捕まえてやる気ねえとか言うんじゃないよ。燃やすぞ!」

「おうおう。燃やせるのか? お前の魔力が高まった瞬間にその首跳ねるぜ」

「ぐっ。おめえはか弱い女性にも刃を振るうっていうんか!」


 勝手な人達だ。俺と戦うと戦うためにこんな口汚く罵り合う。アムルに呼ばれたベンガーがブライアンの前に立ち睨みを効かせている。その巨体にもブライアンは一歩も引かない。それどころか欲望に満ちた顔で俺に向かって話しかけてくる。


「おう、天位! お前はどっちとやりたいんだ?」

「いや、別にどっちとも……」

「なあ、悪いことは言わねえ。俺を選べ。俺だったらお前を殺さずに実力だけを提示して置き換わりが出来るようにしてやる。こんな力だけのデカイヤツにそんな力の加減なんて出来ねえよ」

「ああ!? うちの旦那だってちゃんと手加減できるわい!」


 もう、口論どころの話じゃない。いっそこのまま……


 ……。


 激しく言い争う冒険者たちに皆が気を取られていた。その中で1人ずっと重人を見つめていた男が1人の少女に目をつける。その特徴が無いことが特徴とも言える陰の薄さで。ススっと1人の男が動く。シゲトから少し離れた生徒たちに向かっていく。ただ、散歩でもしてるかのように。さり気ない異質な行動に誰一人気がつくことは出来なかった。


「そこの二人。くだらねえ話は終わりだ」


 呟くようだが、魔力の籠もった声は誰の耳にもはっきりと届く。その声だけでそいつが只者ではない事がわかる。


「き、君島!」

「先生……」


 ど、どういう事だ? 声に振り向けば1人の男が君島を後ろから羽交い締めにし喉元にナイフをあてていた。君島も突然のことに顔を恐怖に引きつらせている。くっそ。よりによって……。

 気が付かなかったのは俺だけではなかったようだ。あのスペルセスまで焦ったような顔で男を見つめていた。


「その天位は、俺達のものだ。おめえらは諦めろ」

「貴様。何のつもりだっ!」

「何のつもり? 馬鹿かお前は。そいつが戦う相手は俺たちだという話だ」

「達って……」


 その瞬間、森の茂みの中から突然人の気配が現れる。今まで人の気配など全くしていなかったが……。どういう事だ?

 そして、森の中から大柄な男と、ヒョロリとした痩せぎすな男が、顔にイヤラシイ笑いを貼り付けて出てきた。


「でかしたボーディック!」


 大柄な男が嬉しそうな顔で言うが、君島にナイフを突きつけている男は無表情で応える。


「おい、ジギット! ちゃんと気配けしていたのか? この女。気づいていたぜ」

「まさか。そんなはずはねえ! 俺はちゃんとやってたぜ、兄貴」

「ふむ。じゃあこの女が。何かあるってのか?」

「きゃっ」

「お、おい! やめろ!!!」


 ボーディックがグイッと君島の髪を後ろから引っ張る。君島から声が漏れる。しかし、君島はすぐにグッと口を閉じ、俺を見つめる。

 その、強い意志のこもった視線に、君島に突きつけられたナイフにパニックに成りかけた俺も、心を沈め冷静になる。


 ……大丈夫。絶対に助ける。


 そんな俺たちを他所に、コイツラは仲間内で余裕の空気を出し始める。


「おい、君島を離せ!」

「いいぜ。先生よ。その代わりに、うちの兄貴と戦ってもらうぜ」

「なんだとっ!」

「人気者だなあんた。だが天位と置き代われるのは1人なんだ。優先順位の問題なら、譲ってもらおう」


 その言葉にブライアンが噛み付く。


「勝手なことを言うんじゃねえ! 俺はその子とは関係ないからな。オレはオレでやらせてもらうぜ」

「先生よ! 先にそいつらとやるなら抵抗するなよ。ただ、そのまま殺されろ。抵抗したらこの女は殺す」

「くっ。やめろ!」

「なっ……汚えぞテメエ!」


 実際に無抵抗の俺を殺しても天位への置き換わりは起こらない。それを知っているブライアンやアムルが言葉を無くす。なるほど悔しいが君島を人質に取る意味はあるということだ。


「先生。私は大丈夫ですから」


 君島は未だに冷静に、俺を見つめている。


 何かあるのか……?


 探るように辺りに目を走らせる。仁科と桜木も至って冷静に何かを待っている感じだ。やはり3人の共通の何かがあるのだろうか。

 

 君島はナイフを喉にあてられ少し顔色を悪くしながらも気丈に俺を見つめていた。

 だが。俺から離れれば巻き込まれないと、読みを誤った俺のせいだ。駄目だ……君島に傷なんてつけれない。

 俺は深く深呼吸をして心を落ち着かせる。   


「わ、解った。解ったから止めてくれ。その男とやれば良いんだろッ!」

「ああ、だが置き換わりが起きなければそれはそれでこの女を消す。本気でやらないとな」

「ああ、解ってる。だが……その男が死んでも文句は言うなよ」

「死ぬ? ゴードンが??? ぎゃははははは!!! 馬鹿かおめえはよっ! たまたま天位になったからって調子乗るんじゃねえよ! お前の実力はちゃんと見せてもらったぜ。万が一にもゴードンの兄貴に勝てるなんて事はねえ」


 実力……そうか。こいつらも居合を使わずにハイオークと戦っていた俺を見て、行けると踏んだわけか。君島を人質にされて、抵抗するなと言われたわけではない。むしろ本気で抵抗しろということだ。

 だが……そのゴードンとやらは良いとして。君島は……。

 たとえゴードンを殺したとしても、それはそれで君島が危険だ。


 ふと仁科と桜木に目を向ける。

 二人は、まだじっと君島を見つめている。やはり助ける算段を考えているに違いない。


「はっはっは。悪いな!」


 ゴードンが既に勝利を確信した顔でこちらに向かって歩いてくる。俺は既に気持ちはいつでも抜けるように刀に意識を集中させている。


「まあ、精々あがけ。それにしても弟はなぜこんなやつに」

「弟?」

「カートンの事だ。忘れたとは言わせねえぜ」

「……そうか、やはりお前達がディザスターか」

「そういうわけだ」


 俺とゴードンの会話に周りの意識が集まる。だが、俺の意識は君島に集中していた。それは仁科も、桜木も、そして君島本人も同じだった。


 その時、君島の腕のリングのようなものががもぞもぞとしたと思うと、少しづつツタが伸び始める。ボーディックはそれに気が付かず、やり切った様に薄ら笑いを浮かべながら俺たちの会話に意識を向けていた。


 ……なるほど。これか。


 ジリジリとゴードンが近づいてくる。ゴードンが俺に斬りかかろうとしたその時、君島のツタが勢いよくナイフを持つボーディックの腕にキツくツタが絡まる。


「なっ!!! 貴様!」


 すぐにそれが君島の抵抗だと気がつくがボーディックの腕は君島の魔力のこもったツタで固められる。


「なめるな!」


 さすがは歴戦の冒険者だ。すぐに右手のナイフを手放し下の左手でキャッチをしようとする。


 が。


 桜木のレーザーのような魔法がナイフを掴もうとした左手を射抜く。


「ぐっ」


 その流れを、圧縮された時間の中俺はつぶさに把握していた。同時に俺の体も動き出している。スローモーションの様にナイフが地面に向けて堕ちていく。俺の足は大地を掴み、そして蹴り出す。


 許さねえ。


 ゴードンの事など二の次だ。俺の持つ。俺の出来る。最速の刃。

 流石に桜木の光魔法は早い。俺の初動と同じスピードでボーディックの腕を撃ち抜く。ゆっくりと、ボーディックの顔が痛みに歪んでいく。

 一歩。二歩。三歩目で重い空気の層が俺の邪魔をする。それを突き抜けたとき。俺を邪魔する物は無くなる。パンッ! という音とともに俺は君島の横をすり抜け。振り向きざまに剣を抜く。

 そのスピードは、些細な抵抗感を残し振り抜かれる。


 剣を鞘に収めながら、軽くなったボーディックの体を左手でつかみ君島から引き離すように引っ張る。その勢いでバランスの崩れた君島をぐっと抱き寄せた。


「すまん……」

「何を言ってるんですか。窮地を王子様に救ってもらうのは、女の子の夢ですよ?」

「いやあ、王子じゃないぞ?」

「ふふふ」


 俺は君島の肩を抱き、グッとゴードンを睨みつけた。



※80話目。早いものです。ここまでお付き合い頂いた方。感謝ですよ。ギフトなどもいただき。超絶感謝でございます。


本日、というか昨日からちょいと出先でスマホくらいしか無いのでコメント返信等は帰宅後に。

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