第68話 ディザスター

 リガーランド共和国とホジキン連邦との境界の街、リュード。

 街でも5本の指に入る規模の商店を取り仕切るオブライエンは、自宅の庭を足早に歩いていた。庭には1軒の瀟洒な小屋が建てられており、自慢の庭を眺めながらのお茶会などに使われていた。


 その風流な離れには、それにそぐわない野蛮な男たちが寝泊まりしていた。


「ゴードンの兄貴、そんな慌てたってしょうがねえ」

「だがなあジギット。ゆっくりしてる間に野郎が殺されたらどうするんだ?」

「連邦軍の所属になったんだ。手を出すやつも減るってもんだろう。まだ場所も特定できてねえんだ。ゆっくり情報を待てばいい」


 兄貴と呼ばれた男は、一見して分かるワーウィックの血の流れる男だった。その巨体はイライラと体を揺するたびに建物が揺れるほどであった。一方そのゴードンを諌めようとする男は対象的に、長髪にひょろっと骨ばった痩身の男で、目ばかりがギラギラと油断なく辺りを見回している。


 このワーウィック人の男こそ、ディザスターという血盟の第1席のゴードンであった。そしてもう一人の痩躯の男は、血盟第5席のジギットだった。


 トントン。


 ノックの音がして、この小屋の本来の主であるオブライエンが入ってきた。それを見てゴードンが食い気味に声をかける


「おう、何か情報は入ったか?」

「へい。旦那。情報を整理すると、おそらくドゥードゥルバレーに居ると思われます」

「なんだと? 兄弟を殺してそのままそこに居座っているということか?」

「いや、それは……そうですな、そういうことに」

「……てことはだ、デュラムの連中は兄弟を見殺しにしたということか?」

「いや、それは……」

「アイツラも皆殺しにしろって話じゃねえか!」

「だ、旦那。無茶を!」


 怒気を露わにするゴードンにオブライエンが慌ててなだめようとする。その時、一陣の風とともに1人の男が部屋に飛び込んできた。男は特徴という特徴もない容姿で、中肉中背、リッケン人を思わせる彫りの薄めの顔であったが、音もなく入ってきたその身のこなしは、ただ者ではない事を伺わせる。


「随分荒ぶってるじゃねえか、兄貴」

「おう、帰ってきたか。今オブライエンの話を聞いたんだ。シゲトとか言う野郎、カートンを殺ってそのままドゥードゥルバレーに籠もってるって話だ」

「ああ、やっぱりそうか。こっちもだいぶ情報は集まった」

「ほほう。で、どんなやつなんだ?」

「ああ、まあ言ってみれば分からねえって事だな」

「あ? 分からねえ?」


 ボーディックの言葉に再びゴードンが色めき立つ。しかし当のボーディックは素知らぬ顔でそれを受ける。


「そのシゲトって奴は、転移してきたばかりだって話だ。しかも守護精霊も能力もそこまで大したものじゃねえって話だぜ。共和国が知識人枠で声をかけたっつうから、本当だろう」

「ああ!? そんなやつにカートンが殺られる訳あるかっ!」

「だからなんかあるんだろう。しかも奴は、天空神殿からギャッラルブルーへ飛んだって話だ」

「……どういう事だ?」

「転移して、下界に降りてくる先にそんな所を選んだってわけだ。訳が分からねえだろ?」

「1人でか?」

「そこら辺は分からねえ。もう1人いたって噂もあったが、いずれにしても1人増えたところで転移したての人間があそこから生きて出てこられたんだ。何か異常な事が在るって事だ」

「……なるほどな」

「ま、しかし異常な力ってのは、それ相応の欠点を持つもんだ。殺すだけならいつだって出来るさ」

「ああ。居場所さえわかりゃなんとでもなる」


 ゴードンが凶悪な笑みを浮かべ、手にした杯の中身を一気に飲み干す。



「この世界に来て、何も知らないかもしれねえが、知らなかったじゃ済まねえことが在るってことを、教えねえとな」



 ディザスターは隠密の活動をするには名が売れすぎていた。しかしその中で第四席のボーディックだけは特徴といった特徴のない男だった。目立たない。その自分の特徴を利用して上手く変装しターゲットにそっと忍び寄るのが得意な男だった。

 ディザスターで唯一、ボーディックがシゲトの情報を集めるのに役に立っている。


 そして、商人であるオブライエンもまた、その商売人のネットワークを駆使し、シゲトの居場所などを調べていた。

 オブライエンは1代で自ら立ち上げたシムズ商会を大きくした実力者であった。そのためには汚いことも数多くやってきていた。そんなオブライエンにとって、ディザスターは自分の代わりに、その手を血で汚してきた切っても切れぬ仲である。


 オブライエンが手を貸せば、ホジキン連邦への国境超えも問題なく行えるだろう。だが、リスクが無いわけではない。

 心のなかで、ため息をつく。

 元々、ディザスターとの繋がりは、天位を駒として使えるというこの上ないアピールにもなっていた。だが今ではその天位は堕ちた。


 ……その天位を取り返すことが出来るのか。


 ――そろそろ手を切るべきか?


 自慢の離れに酒瓶が転がり、乱れた布団が敷きっぱなしになっている惨状を見ながら頭の中でそろばんを弾き始めていた。




 翌日。ゴードンとジギットがホジキン連邦へ向かう荷獣車中に忍び込む。ボーディックはそのまま変装をし、別ルートで連邦入りをする。


 それぞれの思惑を乗せ、悪意が渦巻きはじめる。


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