第67話 マイヌイ・ブートキャンプ

 一方の仁科はひたすら森の中を走らされていた……。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 目の前の少しふっくらした女性は、何者なんだろうと、仁科は何度目かの自問を行う。君島先輩らと別れるとすぐに、「戦うぞ。付いてこい」と一言告げると森の中を走り始めた。それから、ずっと走りっぱなしだ。


 この世界に来て神の光というものを受け、自分の身体能力的な物が今までの状態とは全く違うというのは知っていた。それに増して3回の階梯の上昇によりさらに基礎体力のベースも増えている。今の自分だったらマラソンだって走れそうだとも考えていた。


 それが、マイヌイは全力疾走に近い状態で森の中をひたすら走っていく。マラソンなら42.195kmを走破出来るとしても、全力疾走でそれは無理だ。仁科は限界を超え、魂を削られるような思いで走りまくっていた。


 そして、マイヌイがその走りを止めると目の前には魔物がいる。


「行け。効率を考えろ。最小の動きで攻撃を避け、最小の動きで止めを刺す」

「はぁはぁはぁ……はい!」


 NOと言わせない圧力を持った言葉だった。仁科は呼吸を必死に整えながら剣を抜く。体育会系の厳しい剣道部で仕込まれた根性もなんとか仁科を支えていた。


 

 仁科は、この世界に来た頃は刀を使っていた。剣道をやっていたのだから剣より刀だろう。漠然とそう思い選んでいた。それが今は、桜木の持っていた剣を使っている。


 居合を使うことでその能力値を大幅に上げるという重人の戦い方を見て、ふと、この刀が盗まれたり折れたりしたら、先生はその技を使えなくなってしまうかもしれない。そう考えた仁科は、自分の刀は先生の予備にしようと、そのまま鞄に封印することにした。そしてその話を桜木にすると「私は魔法しか使わないから」と、桜木の使っていた剣を借り受け、それ以来それを使うようにしていた。


 実際、刀から剣に変えてもそこまで違和感なく移行できたため本人もそれでいいと思っていた。初めは両刃というものに怖さも感じていたが使い慣れれば問題はなかった。



 目の前で臨戦態勢をとっている魔物はバーボンキャットと呼ばれる、ヤマネコのような魔物だ。体は大きくないが動きが素早いため仁科は苦手としていた。こいつが居ると大抵は桜木がレーザーのようなシャイニングアローでいつもダメージを与え、スピードが遅くなったところを仁科や君島が止めをさす感じで戦っていた。


 フー!!!


 威嚇をしてくる魔物にジリッと間合いを詰める。

 仁科の剣技の基本は剣道になる。その中で重人に言われたように剣道で使う打ち込みは打突といわれるように、打つ形になる。実際に魔物と戦うとそれでは斬ることが出来ない。

 その為、天空神殿で俺たちに教えてくれた神官のアドバイスや、ドゥードゥルバレーに来る前に寄ったヴァーヅル周辺で階梯を上げた際に、州兵に教わったコツなどを自分の中で整理して戦っている。最近ではそれもだんだん形になり、剣道の打突癖も徐々に抜けて来ていた。


 おそらく、基本部分に関しては何も言われないのでこのままで良いのだろう。しかし、最小の動き……これが難かしい。イメージはするものの、実際自分の動きが正しいのかが分からない。


 最小の動き。


 簡単に言えば、威力を出すためには大きく振りかぶるほど良い。だが、大きく振りかぶれば振りかぶる程スキは出来る。そのバランスなのだろうが……。


「もう少し無駄を省けるな」


 魔物にとどめを刺し、肩で息をしている仁科にマイヌイが淡々と告げる。すぐにナイフを取り出し心臓を摘出する。他の部位に関しては無視しろと言われた仁科は急いで作業に取り掛かる。それが終わるとすぐに走り出す。


 ――くそったれ。


 マイヌイの目を盗んで休憩を取りながらゆっくりと作業を……なんて出来ない。それだけの圧を受け続けていた。


 はぁはぁはぁ……。


 重人と同じような気配を察知するスキルでも在るのだろうか。意味もなく走り続けているようだが、マイヌイはすぐに魔物を見つける。


 ――ど、どこだ?


 マイヌイが立ち止まり、「敵だ」と告げられるが見えるところには何も見えない。仁科は馬鹿にされているのかとマイヌイの方を振り向くが、マイヌイは至って真面目な顔で俺の方を見返す。


「ど、どこです?」


 その瞬間、嫌な感覚に襲われた。音は無く、しかし風が動く感じとでも言うのだろうか。その悪寒に振り向くと、仁科の太ももくらいの太さがありそうな大蛇が口を開きまさに喉笛に噛みつこうと飛びかかってきていた。


「うぁあああ!」


 反射的に、手にした剣で大蛇を弾く。グゥワアンという剣が弾かれるような音と供に態勢を崩され膝をつく。急襲に失敗した蛇は地に着くと同時に滑るように再び仁科に向け近づいてくる。


「ひっ!」

「すぐに立つ!」


 生理的な嫌悪感に眼をそむけたくなるが、それは死を意味する。マイヌイの声に仁科はすぐに立ち上がり大蛇に向き直る。まだしびれる手で強引に柄を握りしめ、必死に剣に魔力を通す。その瞬間再び大蛇は飛び掛かる。


 飛び掛かる大蛇は仁科からみて完全な点になる。振りかぶる間もないまま斬り上げるように強引に弾く。今度は大蛇の重量にも負けずに踏ん張る。鼻頭を斬られた大蛇が一瞬怯んだスキを逃さず今度は仁科が追撃をかける。


 ……。


 やがて動かなくなった大蛇を捌いていると、後ろからマイヌイの声がかかる。


「もう少し魔力の通しを淀みなく出来るようにした方が良い。それが出来ていれば一番最初の返しの段階で魔物の顔を断つことが出来たはず」

「は、はい」

「相手の攻撃に対するとっさの防御は出来ていると思うが、もう少し防御で受けるより攻撃で受けるくらいのイメージをしてみなさい」

「攻撃で?」

「そうだ、相手の攻撃に対して防御に徹すれば、相手は自分の防御を考えずにより強い攻撃を続けることが出来る。押し切られるぞ」

「はい」

「丁度良いことに魔物というのは、攻撃一辺倒が多いからな。魔物を相手にもそういう意識を持て。特にタカトは治癒魔法に秀でているんだろ? 多少の傷など治しながら戦え」

「ま、マジっすか……」

「攻撃を恐れない相手程怖いものは無いからな」

「……やってみます」


 痛いのは嫌なんてとても言えない雰囲気に。仁科はうなずく。


 そしてマイヌイは満足したように次の獲物を探して走り出した。




※前作、過去の転生勇者~は他人視点を入れず一人称のみでしたが、今回はいろいろな角度の描写を入れてみたいと、主人公以外の描写はなるべく三人称でと考えております。一人称と三人称の混合はいろいろと意見があると思いますが、ご了承ください。

と、いう事でしばらく三人称が続いちゃうんです(汗

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