第69話 行商人

 シゲトがレグレスと階梯上げに奥地へ向かってから3週間ほどが経とうとしていた。チノンとパノンの兄弟が重人から依頼された武器も修理が終わっているようだが、依頼者本人が居ないのに受け取ることも出来ずにいる。

 これだけ重人と連絡が取れないでいれば、ドゥードゥルバレーに残った3人は次第に不安な気持ちも持ち始めてしまう。



 ゆっくりながら3人は階梯をさらに1つ上げ、5階梯になっていた。特に桜木に至ってはすでにランキングも4桁台にのり、天戴と言われる精霊のすごみは感じていた。


「先輩ー。大丈夫ですって。レグさんが一緒なんですよー」

「そうね……それは分かっているの。でもやっぱり心配なのよ」

「それはそうですけど」


 夕食を取りながら、君島と桜木が話をしている横で、仁科がお代わりした肉をむしゃむしゃと食べている。


「それにしても鷹斗君、食べすぎじゃない?」

「ん? 桜木は良いのか? 食って体力をつけないと」

「あー。魔法使いはそんなに体力いらないもん」

「そうは言っても、近接の訓練だってやってるんだろ?」

「まーね。でもガチムチになりたくないもん」


 近接に関しての訓練はマイヌイが担当しているが、近接職は君島と仁科の2人いる。同時にというのがあまり好まないらしく、マイヌイは2人を1日交替で交互にしごいていた。

 マイヌイは、以前レグレスに「饗槍姫」と呼ばれていたが、その名の通り、槍の達人である。そしてその槍は「響槍」と名付けられた音叉のように二股に分かれている槍を使っていた。

 まさに音叉の特徴を付した物であり、音波を操る特殊な魔法属性を持つマイヌイが自らの利点を利用しようと考案された武器であった。




 マイヌイは貴族の生まれであったが、貴族とは名ばかりで傍流のギリギリ貴族といった立場だった。そのためそこまで裕福というわけでもなく、父は連邦の役人として実直に働いていた。

 マイヌイが武の道を志したのは、元々の自身の属性が「無属性」という事で魔法使いより、と教わっていた武芸に才を見出されたというのがある。


 しかし、戦いのセンスといったものは優れてはいたが、若いころから自身の身体能力魔力などはそこまで高いものでは無かった。共に稽古をしていた騎士を目指す若者たちは、やがて適齢期になり、階梯を上げ始めるとメキメキとその実力を上げていくが、マイヌイは階梯を上げたときの能力の上昇値もそこまで高いものではなかった。


 それはマイヌイの持つ精霊が精霊位が12位の然の精霊と呼ばれるものであったことが起因していたのだろう。父親などは娘を武の道に進めるのに反対をするが、当の本人はそれを拒み、騎士への道を希望した。


 マイヌイの人生が変わったのはそんな騎士見習の時期であった。


 騎士学校では教練の際、当番が準備運動の掛け声をかけたりするのだが、マイヌイが当番になるとその際に使う拡声の魔道具が壊れてしまうのだ。たまたまその話を聞いたスペルセスがマイヌイを呼びつけ調べると、音などの波を操るようなそんな特殊な魔力を持っていることが判明する。


 それからマイヌイのすべてが変わり始める。魔法はその使い方を判明しなければそれを練習することも出来ない。無属性持ちといわれる人間は、判明すればよし。だが判明することが出来なければ永遠にその使い道が断たれる。スペルセスがマイヌイの属性に気が付いた事は、マイヌイにとっての最大の転機となる。


 元より自分を追い込む癖があったマイヌイは、誰よりも多く街の外へ出ての階梯上げに入れ込み、若くして9階梯という高みに到達する。だが、ランキングは依然4桁であり、自分の限界を感じていた頃、一つの事件が起こる。

 8人の女性が殺されるという猟奇殺人事件だった。真相解明を命じられたスペルセスが推理したのは、連邦軍の上司である男だった。


 誰もが不利だと思ったその男との戦いでマイヌイが勝利し、置き換わりが起こる。スペルセスと共に開発した音叉槍とマイヌイとの相性は凄まじく、当時の若くその美しい容姿と共に「饗槍姫」と呼ばれるようになった。


 それが20年も昔の話となる。


 実直で自らを追い込むような訓練が染みついているため。当然マイヌイの特訓も厳しく。激しかった。だが、二人は文句も言わずそれに耐え、次第にベースの身体能力も増していく。




 その日の訓練から帰宅し、素材などの納品をしていると、桜木が嬉しそうにかけてくる。


「鷹斗君、行商人の人が来てるみたい」

「おお、まじか。おっさんちゃんと座布団持ってきてくれたかなあ」


 行商人は約一月に一度ほどの割合でやってくる。来た際に欲しいものを頼んでおくと仕入れて来てくれたりもするため、前回行商人がやってきたときに、重人と君島の分の座布団を頼んでおいた。

 仁科は、それまでずっと荷獣車に乗るときは先輩の君島に自分の分の座布団を貸していたため、ようやく快適な移動を得られると、その期待も大きい。


 この村にとっては行商人が来るのは一大イベントだ。厳密にはヴァーヅルの街から、このドゥードゥルバレーまでは3日もあれば来れるのだが、その3日が大変だ。道中に魔物が出るリスクもあり、野営をするにしても危険が多い。

 ドゥードゥルバレー自体が取り戻してからそう時間も経っておらず、街道の移動中の魔物とのエンカウントは、ほかの地域と比べても格段に多い。


 州兵などはそれなりに行き来することはあっても、やはりそう簡単な移動ではない。結果的に、街の人たちが移動することも少なく、行商人からリスクのない買い物をする選択になっていた。


 街にとって大事な行商人だ。使われていない小さな一軒家が整備され、行商人の滞在中に無償で貸し出されもする。まさに行商人は刺激の少ない田舎町の一大イベントだった。


 3人は納品が終わると、すぐに行商人の元に向かった。



 行商人が世話になっている家の周りにはすでに街の人々が集まっていた。家の前に止めてある騎獣車は、荷獣車をそのまま移動販売車のように改造してあり、それを広げた光景を見るだけで3人は楽しい気分になる。


 ほかの人たちが買い物をしている間も荷車の上に設置された棚をチェックしている。


「おう。お嬢ちゃんよかった。まだいたね」

「えー。それはいますよー」

「座布団2つ。仕入れてきたぜ。これでいいかい?」


 そういいながら行商人のおやじが座布団を見せる。君島はそれを確認するとお礼をする。


「あと、ほかにも良いですか?」

「良いよ良いよ。ていうか。買ってもらわないとおじさんも困っちゃうからね。店ごと買ってくれても良いんだぜ。がははは」


 仕事柄、人の顔を覚えるのは大事なんだろう。まだ2回目なのだが行商人も3人のことをしっかりと覚えている。突然素人のような転移したての若者がこんな片田舎に居れば嫌でも目立つのではあるが。



「甘いの無いかなあ~」


 この世界にもお菓子の様な物はある。果汁を寒天で固めたような硬めのゼリーや、ドライフルーツなどを桜木と君島が買っていく。神殿から最初に貰ったお金や、州軍の給料などもあるが、基本的にお金の使い道のない3人はお金に余裕はあった。欲しいものをどんどんと籠に入れていく。


「これ、お酒ですか?」

「ん? そうだ、そこに並んでる瓶は全部酒だなあ。お? 姉ちゃん飲むのかい?」

「いえ……先生にと思って」

「先生? ああ、そういえばもう一人いたな。今日は居ないのかい?」

「はい。ちょっと今いないんですよ。代わりに座布団のお金も私が払いますので」

「おお、そうか。ありがとよ」


 君島はお酒について詳しくはなかったが、日本人だから米のお酒がいいのだろうと、おやじに教わった酒を一本購入した。


 そろばんをはじき、金額を提示されると腕の神民カードを剥がして会計機の上に乗せる。そして金額を打ち込めば支払いは完了だ。


「ありがとよ、明後日までいるから、何かあったらまた来てくれよ」

「はい、ありがとうございます」


 君島の買い物が終わると、今度はカゴに甘味物を詰め込んだ桜木が行商人に差し出す。こうして、順々に皆が買い物を楽しんでいく。




 暗くなってくれば客足は遠のく。この街の住人の人数など高々知れているため、これで明日、明後日と店を開けていればとりあえずの商いは終わってしまう。行商人が荷車の周りに板を取り付けて店じまいをしていると、後ろから声がかかる。

 行商人が振り向くと、今日泊まる家の窓から一人の男が顔をのぞかせていた。


「おお。こんな田舎にあんな綺麗どころも居るんだな」

「さっきの2人か? 先月来た時から居たんだ。なんでも転移してきたばっかみたいでな。あまりこの世界の事は知らなそうなんだよな」

「こんな所にか? なんでまた」

「良く知らねえけどな、ほら。少し前に転移者がいきなり天位の置き換わりをしたって話が合っただろ? あの時殺られたカートンってのが、ここらへんで階梯上げをしていたらしいんだ。意外と関係あるんじゃねえかって思ってるんだ」

「ほう? じゃああの子達の誰かが天位なのか?」

「分からねえけどな、確か前はもう一人いたけどな。今日は居なかったけどさ」

「それはそれは……」


 片づけを終え、大きな箱のようになった荷車に鍵をかけた行商人が男を振り向く。


「ん? おいおい。置き換わりのトライとかやめてくれよ。護衛はアンタしか雇ってねえんだから。返り討ちにされたりしたらたまったもんじゃねえよ」

「ははは。ないない。そんな天位堕とせるくらいならこんな行商の護衛なんてしてねえよ」

「チゲえねえ」




※昨日は予告するの忘れたままお休みして申し訳ないです。このまま月曜休みにしようとは思っていますが。僕の進捗次第になりますので。ご了承ください。

ここから二章の終盤に向けてゴチャゴチャと始まります。割と平たんになりそうな章だけに一風変わった展開を見せれたらと、出来る限り盛り上がれるように頑張ります。よろしくお願いいたします。

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