第64話 賢者


「ディザスターって……まさかカートン、の?」

「そうだな。まあ、情報としては新しいからなあ、そんなすぐにどうこうって話でもないだろうが、共和国からここまでじゃ距離もあるしな。普通に依頼を受けていたという事もあるかもしれん」


 スペルセスがフォローを交えつつ答えてくれる。たとえ俺を狙ったとしてもどういった経路で来るか分からないが、一般的には一か月弱は見ていいという。すでに連邦所属になった情報は世界には出しているらしいが、それを聞けば猪突猛進にここまで来るより、情報を集めながらになるんではないかと。


「……あまり良い気はしないですよね」

「それはまあ。な。だが、乗り越えるべき壁の一つではある」


 賢者といわれる男は、まるで大したことでもないと言うように語る。しかし俺にとってはそれどころじゃない。今までこんな田舎までわざわざ冒険者が俺を狙って来るのか? という気持ちもあったのだが、俺に恨みを持つ人間の居所が分からなくなったんだ。


 こっそりと深く呼吸をして平静を保つ。



 そして話としては、3人をある程度育てる事がまず優先事項となる。この世界のレベル的な概念として階梯というものがあるのだが、それは現在のところ10までしか確認されていない。そして、3から4に上がるときに必要な経験値的な物が急激に増える。それと同じように6から7に上がるときまた必要量なのがググっと増えるという。一般的に7階梯の者と聞けば相当のベテランというわけだ。


 まずは、今4階梯の3人だが、6までは上げようと話は進んでいく。

 すると、仁科がおずおずと発言をする。


「その、今までレグレスさんにいろいろ教わっていたんですが……その、レグさんも一緒にって出来るんですか?」


 ああ。やはり子供たちはだいぶレグレスに懐いているからな。ここ最近の訓練で一緒にやっていたのがかなり楽しそうだっただけあり、階梯上げに出かけるときに一緒についてきてほしい気持ちは良くわかる。

 だが、2人はレグレスの事を知らない。


「その、レグレスとは誰ですか?」


 マイヌイさんが聞き返してくる。

 俺たちは、1週間ほど前にこの街にやってきたレグレスという冒険者にいろいろ戦い方など教わっていた話をする。


「レグレス……はて……聞いたことが無いな? マイヌイも聞いたことは無いか?」

「すいません、私も冒険者のことはそこまで詳しくないもので」


 俺の警護なども考慮してここまで来ている二人だ。当然聞いたこともない冒険者に警戒心を露にするが、ヤーザックもストローマンも彼は大丈夫だろうと話をすると、興味を持ったスペルセスが会いに行こうと言い始める。




 レグレスはすぐに見つかる。街の門の外で焚き火をしていた。おそらく手伝った農園で貰って来たのだろう。トウモロコシの様な物を火にくべて焼いていた。


「ほう、お主がレグレス殿か」


 スペルセスがモロコシの焼き具合を見ていたレグレスにふと近づき尋ねる。レグレスはチラッとスペルセスの方を向くと嬉しそうに笑う。


「これはこれは賢者殿。そうか……連邦も随分と大盤振る舞いな事で」

「ふうむ。ワシが分かるか」

「なんとなくな。それに響槍姫か」


 響槍姫? その言葉にマイヌイの目尻がピクピクと動く。おそらくマイヌイの呼び名なのだろう。そんな姿をレグレスが面白そうに覗き見る。


「しかし……槍姫なんて呼び名を付けられても20年も経つと厳しい物があるねえ」

「周りが勝手に呼んでるだけだ」

「まあ、そうだねえ」

「それで、お前は何者だ?」


 不機嫌そうにマイヌイが問いただす。レグレスはそれに答えずに火にくべていたモロコシを取り上げ、ガブリと齧りつく。


「うんうん。採りたてはやっぱりうまいね。悪いが俺の分しか無くてさ。分けてあげたいのは山々なんだけどな」


 緊迫した空気の中、ムシャムシャとレグレスの咀嚼音だけが続く。耐えられなくなった俺が思わず口を挟む。


「えっと……ほら、レグレスさんは冒険者っていうより、旅人? なんですよね。きっと……うん。世界の色々な所を旅して、楽しいことを探してって――」

「はっはっは。先生は優しいな~」

「ちょっと、からかわないでくださいよ」


 なんか必死にフォローしようとしたのを、フォローしようとした人にからかわれ、少し恥ずかしい気持ちになる。

 俺とレグレスのやり取りを見ていたスペルセスがおもむろに鞄の中をゴソゴソと探り、紙の包みを取り出す。


「ちょっと火。借りてもいいかな?」

「どうぞ……お。干物じゃない。え? 良いなあ」


 包みを広げると、中に数匹の魚の干物が出てくる。その1つを摘むと、ひょいと焚き火の上に設置してある金網の上に乗せる。


「ひっひっひ。これが好きでの」


 そう言いながら更にカバンから水筒を取り出し、ポンと封を開ける。途端に辺りに甘めのアルコールの匂いが漂う。


「いい匂いだ……米酒か?」

「うんうん。わかるか? 干物には米の酒が合う」


 そう言いながら竹のコップにそれを注ぐ。トクトクトクと小気味良い音が辺りに広がる。火にあぶられた干物からは香ばしい匂いが漂い始める。見ている俺もたまらなくなるが、目の前で見せつけられるレグレスもそうなんだろう。モロコシを食べる手も止まり、チラチラとスペルセスの手元を見ている。


「どうだ? 飲むか?」

「……良いのか?」


 ぐ……さすが賢者だ。完璧な餌で、完璧なタイミングで、完璧な一言をかける。レグレスの食い気味な質問に「当然じゃろ」と、竹のコップをもう一つ鞄から取り出す。そこに酒を注ぐとレグレスに差し出した。

 レグレスはそれを受け取るとグビッと口にする。


「うん。良い酒だ!」

「当然だ。エンマー産だぞ?」


 レグレスの感嘆にスペルセスはさも当然の様に答え、あぶられた干物を手でつまむと半分に割く。そしてその半分をレグレスに差し出す。


「これも必要だな」

「間違いない!」


 レグレスは干物を齧ると、うんうんと頷きながら酒を口にする。スペルセスは満足そうにその姿を見ると、自らも干物を口にし、酒を飲む。



 ……な、なんだこりゃ?


 突然始まった謎の交流に俺たちは口をあんぐりとあけ眺めていた。



「まあ、スペルセス師に任せましょう」


 しばらくするとマイヌイがそう言い、俺達に声をかける。楽しそうに酒談義を始めた2人に入り込むスキは無い。しょうが無しに生徒たちに声を掛けとりあえず俺たちは食堂に昼飯を食べに行くことにした。

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