第63話 連邦からの助っ人
次の日の朝には桜木の体調は戻った。それでも朝まで寝込んでいたことを考えると力の定着具合がやばそうだ。それに対して、1人だけ3階梯のままの仁科が今日中に上げたいと訴えてきた。俺としては構わないが、まあ桜木と君島次第だしな。
朝の準備をすると、いつものように4人で食堂で朝食をとる。
「僕に優先で回してくださいよっ!」
「俺は今見てるだけだからなあ、そこらへんは桜木次第か?」
「うーん。美希なあ……例の虫眼鏡を色々試したがりそうだもんなあ……」
先に食べ始めた俺と仁科が話していると、トレーを持った桜木が後ろからニヤニヤとその話を聞いている。
「へっへっへ。良いよー。ユー上げちゃいなよ!」
「う……良いんだな? よし、今日はみんな俺に譲ってよっ!」
出発の準備をしていると、いつものように街の入り口でレグレスさんと出会う。
「おはようございます。レグさん今日も行きませんか?」
すぐに仁科が声をかけるが、レグレスはごめんと断ってくる。
「今日はさ、畑仕事の手伝いを頼まれててさあ。ほら、ジェヌインみたいに力のある魔獣ってあんまいないからね」
「畑ですか?」
「そうそう、肉だけじゃねえ。野菜も食べないと体の調子おかしくなるしね」
「なるほど」
「明後日はまた行けるからさ、今日明日はごめんね~」
「あ、はい。大丈夫です」
そうか、さすがに魔物の肉ばかりを食べていれば栄養バランスが悪くなる。商店などが無いこの街だと、畑仕事を手伝ったりして分けてもらう感じになるのだろう。
その後、仁科の頑張りで、なんとか階梯を上げることに成功する。
……
……
それから1週間程、時々にレグレスに手伝ってもらったりしながら階梯上げを続けたりと代り映えのない日々が続いていた。そんなおり、この街の下水の浄化槽のメンテナンスをするという話を聞き、興味を持った俺は生徒たちと手伝いを買って出でていた。
下水のシステムは基本的にはギャッラルブルーでもあった川などの水源から水を取ってきて街の地下を通すというシステムで成り立っている。ただ、そのまま糞尿などを川に戻すと下流の街などに問題が出るため浄化を行ってから戻しているという話なのだが。
「ギャッラルブルーで下水を通って逃げたんですが、大雨で増水した中流されちゃったんですよ。だけど、そんな浄化槽あったかなあ?」
「そっかあ、先生はそこから逃げてきたんだもんな。うーん。増水っすか? もしかしたら水門も開いたままだったりいろいろ壊れているんでしょうなあ。浄化槽も崩れて流れっぱなしになってるのかもしれませんねえ」
「なるほど……」
連れていかれた浄化槽は、水草のような、藻の様な、そんな水生植物が大量に繁殖している池だった。その水生植物が糞尿などを吸収するようなシステムらしく、メンテナンスは長い棒の先にフックが付いた道具でその水草を間引く作業だった。日本の下水処理システムもバイオテクノロジーを駆使した細菌による汚物の浄化などを行っているイメージがあるが、まさに似たようなものなのかもしれない。
この植物は自然界だとそこまで繁殖する植物では無いらしい。しかしこういった人の出す排せつ物が集まる場所だと栄養が多いため、かなり繁殖してしまう。そのため、こうやってたまに間引く必要があるらしい。
そして間引いた水草は荷馬車に乗せて街まで運ぶ。これを農家の人たちが細かく切って干したりと肥料に加工して使うという。いろいろと旨くかみ合ってるなあと感心していると、生徒たちはちょっと複雑な顔をしている。
「これを……肥料に?」
「ん? なんだ君島。気になるのか?」
「それは……だって食べるんですよ?」
「昔は日本だって人の糞を肥やしとして使ったんだ。これは糞から栄養を吸収しているだけだし、そこまで気にしなくても良いんじゃないか?」
「そう、なんでしょうけど」
「慣れだ慣れ。しかも浄化槽の下流の方から間引いているんだ、ここらへんはもう水もだいぶ綺麗だろ?」
「うーん」
「ま、潔癖な日本の感覚と比べちゃうと気にはなるがな。現代だって鶏糞とか肥料に使われてはいるんだ」
「はい……」
作業は午前中には終わる、今日はあとはのんびり過ごそうと思っていると、ストローマンさんが俺たちを探していたと、州兵に声を掛けられる。俺たち4人を探していたという事でそのまま連れ立って詰め所へ向かった。
詰め所に行くとすぐにヤーザックの部屋に呼ばれる。部屋に入ると、ヤーザックとストローマン、それと見知らぬ人が二人いた。1人は60歳くらいだろうか、ローブに身を包んだ年配の男性、もう一人は40歳くらいだろうか、鎧を身にまとった中年のすこしふっくらした女性だ。
「ああ、先生。お待ちしておりました」
「はい。えっと。いかがしましたか?」
聞きながらも、おそらくその2人が何か関係あるのだろう事はわかる。
「はい、このお二人は連邦軍から先生の……いや、皆様の戦い方の指導などをしてくれるという事でいらして頂いた方々です」
「おお、連邦軍から」
「はい、こちらはスペルセスさんで。なんと! スペルト州の賢者なんですっ!」
「け、賢者??? なんかすごそうですね」
「それは凄いですよっ。ホジキン連邦にも4人しか居ない<賢者>の1人ですからっ」
「ほっほっほ。まあ、そう持ち上げなさんなって。単に魔法が得意なだけの理屈っぽいジジイだ」
賢者というのはヴィルブランド教国にある、ケイロン魔法学院での主席での卒業者に与えられる称号だという。各国が賢者の称号を得るために優秀な人材を魔法学園に送るため、なかなかその称号を国に持ち帰るというのは難しいらしい。
同じ魔法使いとしてヤーザックもケイロン魔法学院の卒業らしいが、大先輩を前にして少々緊張気味であった。
「そして、こちらの騎士様は、マイヌイさんです」
「騎士様、ですか」
「はい、連邦のステルンベルク騎士団所属の騎士様です」
「よろしくお願いいたします。パルドミホフ様からご紹介を受けましたマイヌイと申します」
「ああ、パルドミホフさんですか」
「はい」
2人は、ヤーザックの言うように君島、仁科、桜木の3人を鍛えることをメインに来てくれたらしい。
ただ、なんとなく最近レグレスさんに生徒の3人は懐いて、色々教わっていることを考えるとちょっと複雑な気持ちになる。
そしてもう1つ、2人は俺たちに情報を持ってきた。
「まあ、なんだ。ディザスターがリガーランド共和国の本拠から姿を消したらしい」
あまり聞きたくなかった情報だった。
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