第62話 レグレス 2

 それにしてもこの人は……。


 俺は見る見るうちに生徒たちに溶け込み、兄のようにふるまうレグレスを感嘆の思いで眺めていた。そう言えば剣道部の前任の顧問の先生がそういったカリスマを持っていたことを思い出す。

 やはりこれは人間性の差なのかと自分の凡庸さをかみしめることになる。


 当初、桜木と楽しく話すレグレスに苦虫を噛み潰したように、おそらく本人も気づかずに嫉妬の情を頂いていた仁科でさえ、今では戦い方の基本や、気配を察知するためのアドバイスを受け、完全に心を許していた。



「先生。樹木の魔法を使う人で、昔、武器とか洋服とかに種とかを仕込んで戦った人がいたんですって」

「ほう……そういえば以前拾った槍をチノンさんとパノンさんに柄をつけてもらうように頼んだんだ。もし間に合いそうだったらそういう工夫も頼んでみるか」

「え? チノンさんとパノンさんですか?」

「おう、彼らは鍛冶職人でもあるらしいんだ」

「そうなんですね……やっぱりドワーフっぽいですね。ふふふ」


 君島もいつのまにかレグレスに懐いている。今は君島は触れた植物しかコントロール出来ないが、適性が強いならだんだんと離れたものをコントロール出来るようになるはずだからと自分の魔法の可能性を教わり希望に胸を膨らませていた。

 その知識の深さもすごい。




「そういえば、先生は階梯を上げなくていいのかい?」


 いつの間にかレグレスまで俺のことを「先生」と呼ぶようになる。十年も教師をやっていると自然にその呼ばれ方に慣れているため気にはならないが、この距離感の取り方もレグレスの魅力なのかもしれない。


「いや……僕は上級の魔物で上げようかなと思ってるので」

「お。そうかあれだけの打ち込みだしなあ。そりゃあそうだよな」

「そ、そうですか……」

「まあ、上級行くなら付き合うから言ってよね」

「ははは。ありがとうございます」


 レグレスに俺の居合の欠点を言うことは止めていたが、そんな言い淀む空気もすぐに汲んでスッと下がる。その感覚も絶妙だ。


 本当に何者だろうか。




 やがて桜木が体調の不良を訴える。いよいよ桜木も階梯が上がったようだ。以前は俺が君島をおぶったこともあったが、今度は仁科が桜木をおぶり荷車を置いてある場所まで戻った。


 帰りの道中、揺れる荷車の中でカバの背中に寝転んでいるレグレスに目をやる。俺の視線を感じたのかふと目があった。レグレスは俺の表情を見てニヤリと笑う。


「俺が何者か? って考えているのかい?」

「え? いや……」

「ふふふ。良いって事さ。そりゃこんな辺鄙なところへジャングルリーフがヒラヒラと舞い落ちれば。どの枝の葉か気になるのは当たり前の話さ」

「ま、まあ……僕が向上心の強い冒険者から狙われるかもって話は聞いていたので」

「そうだろうねえ。是非とも天位になって士官したいって奴らはウジャウジャしてるからね、この世には」

「ははは……」

「まあ、今回ここに来た一番の理由は、やっぱり先生かな?」

「レグさんも……俺と戦いに?」

「いやあ、それはないね。興味が有っただけよ……20年くらい前にギャッラルブルーに行ったんだけどさ。そりゃ酷い状態だった……」


 ギャッラルブルーに? しかも20年前??? 見た目的に俺とあまり変わらない感じに見えるのだが……案外年配なのかもしれない。

 話を聞いていたのだろう。前の方でセベックの手綱を握っていたストローマンも思わず振り向く。


「ギャッラルブルー……え? 貴方が?」

「うん、まあ、どうなってるか興味あってね。ジェヌインもその時に見つけてきたのよ。あの頃はまだまだ可愛い子供だった。ギャッラルブルーでヒポッドを見たんでしょ? 先生も」

「え? はい」

「あそこで野生のヒポッドに追われたらね~。そりゃ見かければ慌てて攻撃しようとしちゃうよね」

「す、すいません」

「魔物を連れて旅をしていればね。そんな事もあるよ」

「はあ」


 この人は根っからの旅人なのかもしれない。それも興味があればどこでも行ってしまうような。地球でいうバックパッカーのような人なのだろうか。あんな上級の魔物しか居ないような奥地にだって行ってしまう。実力も相当兼ね備えている。


「50年前は何万人もの人が住んでいたんだよ、あそこに。それが今では単なる廃墟に。人が住まわなくなれば驚くほどのスピードで街は荒んでいく」

「はい……」

「俺が行った時は、人が住まなくなって30年ほどの時だったけどね……美しかった」

「え?」

「人の居ない大都会。無機質な石柱の中に無造作に蔦が広がり……ただ、ただ、虚しい廃墟で……あ。いや。俺はルーテナじゃないよ? 普通にアンバランスでシュールなあの景色は、この世界の中であそこだけだと思うと、ね」

「ルーテナ?」

「? そうか。まだ知らないか。この世界にあるもう一つの宗教と言えば良いのかな? ここは魔物の世界で、我々人間はほんの少しの生活圏を切り取らせてもらって、間借り人として生きていこう。そういう考えの人達だよ」

「ああ、聞いたことはあります」

「俺はいっぱい魔物も殺すしね。食べるし。でもジェヌインみたく友達になって助けてもらうことも在る。まあ、結局は付き合い方のバランスだよね」


 気軽に語るレグレスに、俺は返事を迷う。




 街につくと、流石に桜木の面倒は君島に任せる。君島や仁科と比べても桜木の眠りの時間は更に長い。おそらく明日の朝まで目は覚まさないだろうと言うことで、宿舎の桜木のブースまで運んでそのまま寝かせてもらう。


 俺たちはその間に魔物の素材や、心臓を詰め所に収める。


 今回レグレスさんは自分では魔物を狩ることはしなかったが、色々と為になることも教わったことだしと、希望する肉などを持っていってもらった。かなり大柄な魔物でもジェヌインはぺろっと食べてしまうらしい。


 仁科や君島が、レグレスに宿舎で寝たらどうかと提案するが、レグレスは丁重に断る。今日はこの後に街の近くを流れている川でジェヌインと水浴びをすると言って街から出ていった。


「あの人、絶対悪い人じゃないと思うんですよ」


 仁科も言う通り、俺もそう思うが。レグレスはなんとも謎が多すぎた。おそらく実力も相当あるようだが、ストローマンも天位にそんな名前が有ったとは記憶していないという。ちらっとレグレスの腕などをみたが、神民カードも見当たらなかった。


 といっても神民カードに関しては、一般的には腕に付ける人が多いらしいが、人それぞれ色々な場所に付けるようなので見当たらないと言っても神民登録していないとは言い切れないが。ストローマンはしきりに首をひねっていた。



 俺たちは詰め所の報告が終わると、戻ってきた君島と一緒に夕食を食べ、共同浴場に寄り、今日の活動を終えた。





※子供を水族館に連れて行く途中ッス。

明日、月曜はお休みさせていただきます。

少しづつ話が動いていけばと……。頑張ってますがw

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