第65話 今後の

 食事を取りながら、なんとも先程までの光景がやっぱり違う世界なんだなあと感じる。日本人じゃありえないやり取りだった。時間的に昼飯の時間であったためそのまま食堂に向かう。二人の事をまったく気にしていないマイヌイに思わず話しかけた。


「スペルセスさんって、なんていうか……変わってますね」

「ふふ。そうですねえ。でも頭の良い人って変人っぽい人多いですから」

「なんとなく分かります。それ。レグレスさんもなんとなく似たような匂いがするから……合うかもしれませんね」

「はい。なんとも不思議な人ですね。あの人も」


 それでも、マイヌイさんもスペルセスの事はかなり信用しているようだ。レグレスの事はこれで大丈夫と言うように、美味しそうに山盛りの食事を食べている。そんな姿を眺めながら、昔はもっと痩せていて槍姫と言われるような美人だったんだろうなと考える。


「……先生」

「ん?」

「失礼ですよ」

「お、そ、そうだな」

「私の前で他の女性をマジマジと見つめるなんて……」

「え? そっち?」

「当然です」

「ははは……」


 その後、食事も終わり、メラの食事用にと近場の魔物を探しに外に出る。2人はまだ酒を飲みながら何かを話していたが、俺達はそのままそっと森の中へ向かった。



 メラが産まれてかれこれ一ヶ月は経つだろうか。ここのところ少し形がシャープになってきている。まだまだ飛べる感じではないがまん丸だったヒヨコの時期から少しだけ痩せた感じだ。


 そのメラはファイヤーバードと言う割に水浴びが好きで、食後に街の側を流れている川で水浴びをさせていた。


 

「ヒャッ。冷たい~」


 川に来ると、生徒たちはすぐに靴を脱ぎ川の中に入っていく。この川は山の上から流れてくるからか、キンとした冷たさが心地よい。だが流石に街の直ぐそばとはいえ、城壁の外だ。出てくる魔物もそこまで強いわけじゃないが1人くらいは警戒していたほうが良いだろうと、俺はそのまま川岸の大きめな石の上に腰掛け、はしゃいでいる生徒たちを見ていた。


 放っておくとどんどん水の中に入っていってしまうメラを追いかけて、君島も川の中に入っていく。濡れないようにとズボンの裾を膝の上までまくりあげ、ほっそりとした白い両足が水しぶきを上げている。


 そんな姿を見ながら……俺は、やはり君島を意識してしまっている。そんな自分はどうして良いのかと自問する。



 それにしても、こうやって無邪気に遊ぶ子供たちの姿は久しぶりかもしれない。日本にいればまだまだ思春期真っ盛りの子供たちだ。それが突然こんな異世界へ飛ばされ。成人儀礼を受けるがごとく、思春期を満喫する前に大人として扱われるようになる。

 ここの街は田舎だし、何もないが。こういう時間を取れるならいい場所なのかもしれないと感じた。



 街へ帰ってきた時も、まだ2人は楽しそうに語り合いながら飲んでいた。雰囲気も良さそうだ。酒が入っていたと思われる水筒が何個か転がっているのを見ると、一杯どころの話じゃない。俺たちはあまり近づかないようにして、街の中に入っていく。




 一夜明け、食堂で朝食を食べていると、スペルセスとマイヌイの2人がやってくる。


「おはよう」

「おはようございます」


 昨日はだいぶ飲んでいたのだろうか、少し眠そうな目のスペルセスが野菜だけが乗った皿を手に俺たちのテーブルに座る。


「昨日、レグレスと今後の予定を決めたんだがの」

「レグさん、と?」

「うむ。まあ、あやつは信用して良いだろう。それでだ。そこの3人はワシとマイヌイの2人で鍛えることになった」


 なるほど、連邦からの2人が生徒たちを。……ん? じゃあ俺は? そう思った時。君島が質問をした。


「えっと、それでは先生は?」


 質問されたスペルセスはニヤリと笑うと答える。


「シゲトはレグレスに任せる」

「私も、先生と一緒じゃだめですか?」

「レグレスに頼んでシゲトには奥地に行ってもらう。そう。5回抜刀すれば魔力が切れるなら、上級の魔物とやらせるのが最も効率が良い」

「そうですね……私も……」

「もう少し階梯が上がれば上級とも戦えるだろうが、申し訳ないが今はまだ足手まといになるだろう」

「……はい」


 反論もできないスペルセスの言葉に君島が黙り込む。

 その姿を見たスペルセスは好々爺の様に声を柔らかくして君島に語りかける。


「じゃが、すぐだ。すぐにお前たちもそれなりに育て上げるつもりだ。ランキングも4桁になれば、そこまで強い相手じゃなければ上級の魔物の居るゾーンに言ってもある程度は戦力になる。それまでの辛抱だ」

「はい」

「それに、シゲトが暴風五侠などに命が狙われている恐れがあるのであれば、本人の階梯もあげられるだけ上げたほうが良い」

「はい……」


 そうか……また奥地に行くのか。確かに俺が弾切れになっても、レグレスなら。そう思える。仁科と桜木もこの予定に納得する。魔法に関しては賢者の称号を持つスペルセスなら任せられる。マイヌイもそれなりに有名な騎士と言うし。


 そしてストローマンが俺に手渡してきたのは……あの日々を食いつないだ思い出の携帯食を思い出す品だ。微妙にケースなど違うが、おそらく同じようなものなのだろう。


 ……ということは。


「泊まり……ですか?」

「流石に奥地だと移動するだけで数日かかりますので」

「……ですよね」


 う。あの狭い宿舎の布団になれた今、また野営をするのかと思うと少しげんなりする。だが、俺が強くならないことには自分どころか周りの生徒まで危険に巻き込む事になるだろう。


「例の暴風五侠が来るとしてもまだまだ時間は在りますからね」

「本当に来るんでしょうか?」

「それは分からないが、それ以外にも野心を持つ者は多い」

「……ですよね」

「こういった置き換わりが起こった時はな、その最初が大事なんだ。この天位はたまたま勝っただけの奴かもしれない。そう考える腕利きが出てくる。それを退ければ、やはりこいつは強かったと、話も広がり、無駄に命をかけるようなやつが減るんだ」


 最初か。心も鍛えてもらわないとな。




 今日も階梯上げに行くだろうということで、準備は出来ている。そのまま食事を終えると街の門まで行く。


 生徒たち3人が荷獣車に乗り込み、俺はレグレスのジェヌインの背中に乗る。流石にあのカバに乗る時には緊張したが乗ってみれば背も広く具合は良い。6本足のおかげで揺れも殆どない。元々荷物を乗せる用に付けてあったと思われる獣具は背もたれのように使え、具合も良い。


 やがて道が未補修の部分まで来ると、道の補修をする作業員や、生徒たちは荷獣車から降りる。


「……じゃあ、お前らちゃんとスペルセスさんやマイヌイさんの言うことを聞くんだぞ」

「わかってますよ」

「余り無茶をするんじゃないぞ。何よりも命が大事なんだから」

「大丈夫ですって」

「そうか……君島。皆を頼むぞ」

「先生も気をつけて」

「ああ……」


 少し目をうるませて俺の方を見つめる君島と目が合うと、不意に心が揺れる。許されればこのまま近づき抱きしめたい欲望に駆られる。俺はグッと気持ちを抑え深く深呼吸をする。


 ……しかしここまで来たら皆を信じるしか無い。


 俺の別れの挨拶の終わりを読み取り、レグレスがジェヌインを進める。

 こうして俺の階梯上げ合宿が始まった。



※荷馬車という表記を荷獣車に変えようと作業を開始しております。表記が行ったり来たりしてるかもしれませんが、ご了承ください。

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