第52話 パルドミホフ

 なんだろうと思っていると、ヤーザックさんの隣の身なりのしっかりとした紳士がそのままシドに近づいていく。とポケットからおもむろにナイフを取り出した。


 ……。


「これをこのまま心の臓に刺そうか?」

「んっんぐっ」

「ん? 何を言ってるかわからんな……何? 刺されたい?」

「すまへん! 堪忍や!」

「いきなり戦いを挑むとか、オドレはアホなのか? あ?」

「な、なりゆき――」

「何処の阿呆が成り行きで戦い挑むんじゃ! あぁ!? 我とやるんか?」

「す、すいません!」


 な、なんだ……この紳士も微妙に関西弁チックにシドを脅し始める。怖い……。


 俺があっけにとられて見ていると、ようやくシドも観念したようだと判断したのかヤーザックに声をかける。


「余計な仕事させて申し訳ないな。拘束は外してもらって大丈夫だ」

「は、はい」


 すぐにヤーザックが魔法を解く。シドは糸が切れたようにその場に崩れ、肩で息をしている。相当な力で拘束から逃れようとしていたに違いない。紳士は、俺の方を見ると頭にかぶっていた中折のハットを脱ぐと、俺に向かってお辞儀をする。


「申し訳ないね。後でコイツは立てない程度にボコっておくんで」

「へ? あの……」

「ああ、私は連邦軍のパルドミホフと申します。この度は連邦軍への入団申請ありがとうございます」

「し、申請?」


 俺がなんのことだ? と聞き返すと慌てたようにヤーザックさんが割って入る。


「あ、カミラ将軍から連邦軍在籍で州軍預かりでという話の……」

「あ~。はいはい。すいません色々とご迷惑をおかけしておりまして」

「いえ、現在の連邦軍には私を含め4人の天位しか在籍が無いのです。これは各国と比べても最低数であるため、天位の補充は喫緊の課題なのです。この度のシゲト様の入団は願ってもない話でございます」


 するとおとなしく話を聞いていたシドが叫ぶ。


「せやから、ワシがコイツの順位を――」

「じゃかしい! 死にたいんか???」

「じょ、冗談であります」

「……」


 なんとなく、この2人上下関係がありそうだ。


 ……ん?


「え? 貴方も天位で?」

「はい、65位という中途半端ではございますが」

「い、いえいえそんな……」


 この眼の前に立つマフィアみたいな紳士は、俺なんかよりずっと上の天位だった。


「さ、細かい話は詰め所の方で」

「そうですね」


 それはそうだ。ふと周りを見ると野次馬の州兵達があっけにとられて俺たちのことを見ていた。きっとこれから契約やらと難しい話があるのだろう。「ワシも」と、付いてこようとしたシドはパルドミホフにそこで正座をしていろと冷たく言い放たれる。




「知り合い……なんですよね?」

「シドですか? そうですね。勝手に弟子入してきて、後はまあ奴としては警護のつもりのようですが恥を連れて歩いているような……そんな感じでしょうか」

「は、はあ……」

「連邦政府としては、カミラ将軍からの提案は全て飲むつもりで居ます」

「はい……」


 カミラ将軍からの提案というのは、以前ヤーザックさんが教えてくれた立場は連邦軍として在籍し、扱いは州軍としてこのデュラム州に居ていいという話で良いのだろうか。知らないうちに知らない条件の契約を結ばれたら目も当てられない。


「シゲト様の希望としては、この地でデュラム州の開放の為に働きたい、そういう事でよろしいでしょうか」

「えっと……」


 そう言われると悩む部分はある。いや、もちろんここに生徒が3人いる。他にもこの世界で生徒たちが散らばっては居るが……残念ながら3年の4人は俺を教師として見てはいない。とりあえず俺のことを先生として頼ってくれてる子が3人ここにいるというのは大事な話だ。州の開放は……どうしたいんだ? 俺は……。


「どうしました?」

「い、いや……州の開放と言っても、開放されたドゥードゥルバレーに戻ってきている住民が居るかと言えば、殆ど居ない現状じゃないですか。この先開放すると行っても意味があるのかと……」

「……それは……いやまあ。ヤーザック君も同じことを考えているんだったね」

「そうですね……」

「俺は前の世界で教師だったんです。そしてその時の生徒が州軍に入ってここに居る。自分としてはまだ若い彼らを支えられたらと考えていたんです」

「そうですね、ミキさんとタカトさんが州軍に入団する事はディグリー将軍から聞いております」

「はい、何故か自分はそれなりにこの世界だと戦う力が在るようなのです。ですからそれを彼らの仕事の手伝いに使えないかとは思っているんです」


 俺の話をパルドミホフはうんうんとうなずきながら聞いている。俺は話しながら、なんとなく頭の片隅に有ったことが形になってくるのを感じる。


「ただ、俺は教師という人間で。そしてこの町でたまに見かける子供達が居るのが少し気になっていて」

「子供? ……確かにこういう街ですから孤児は居るでしょうね」

「はい、その子たちに何か……出来ないか……って」

「……ふむ」


 なんだろう。軍隊に入る話をしていたはずなのに。気がつくと突拍子もない事を話している自分に気がつく。流石にパルドミホフも困ったように顎髭を撫でながら天井を眺めている。


「しかし……今日のシドの暴走もありましたが。ああいう輩は割と多いですよ?」

「そ、そうなんですね……困りますね……」

「貴方が置き換わったカートンという人物も、ディザスターという血盟の構成員だったんです」

「ディ、ディザスター??? なんていうか、厄介そうな」

「はい、暴風五侠と言われる5人の義兄弟が差配を務める血盟でして。その第2席がカートンでした」

「ぎ、義兄弟……暴風って……」

「はい、かなりの悪名高い血盟でしてね、一緒にいた魔法使いのフォーカルは3席……」

「まさか……」

「義兄弟が殺されて、残りの3人がどう動くか……」


 ゴクリ……嫌な、嫌過ぎる情報だ。当のパルドミホフは他人事のような顔でヒゲを撫でている。


「その……連邦軍に所属すれば……?」

「まあ、州軍よりは効果はあると思いますがね。相手を考えると難しいところです。ただ、彼らの動向などの情報はお届け出来ると思うのですよ」

「はあ……」

「いざという時に戦力としてお力を貸していただければ。普段は何をしていてもかまいません」

「え?」

「私どもとしては、名前をお借り出来るだけでもメリットは在るのですよ。給料もお支払いいたします」

「いざという時……とは?」

「戦争……などですかね」

「戦争……」

「はっはっは。そうそう戦争なんて在るものでもないですよ。そのための天位です。我々の存在が相手にとっての抑止力として生きるのです。そのためには所属する天位の数は多いほうが良い。そういうことです」

「な、なるほど……」


 抑止力……。

 何か……自分が核兵器か何かのように扱われているように感じる。でもランキングというのがある世界では、天位というのはそういう存在なのかもしれない。


 考え込む俺に、パルドミホフが一言つぶやく。


「ただ、シゲト様の実力は……一度拝見したいと思いまして」




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