第51話 宿舎
俺が現在寝泊まりしているのは、州兵ように作られた寄宿舎みたいなところだ。この世界の街ではよくあるタイプらしいが、城壁の内側に州兵の施設が作られていてそのうちの一部が寝泊まりできるようになっている。
感覚的には2段ベッドがずらっと並んでる感じなのだが、それより、どちらかというとカプセルホテルや、寝台列車のような感じだ。少し高さもありその中で正座もできるくらいだ。
上半身、頭の部分に50㎝程度の入口があり、中に潜り込むと足元に荷物を置けるような棚になっている。入り口側の壁にはちょっとしたテーブルのようになっていて何かものを書いたりもできる。反対の城壁側の壁には小さな格子のついた窓があり、外を見れる。きっと州兵たちが寝てる間も城壁の外の異常などに気が付くようになっているのだろう。
俺は昔から狭いところは嫌いじゃなかったので、このカプセルホテルのような小さなプライベートスペースはそれなりに気に入っていた。
そろそろ眠りに付こうとしたところで、コンコンとドアがノックされる。なんだと思い、入り口のドアを開けると逆さまになった仁科の顔があった。
「どうした?」
「先生。えっと……」
仁科は俺の上のスペースを使っている。その仁科はなんとなしにいたずらっ子のような顔で言い淀んでいる。
「あの、実はですね。これ……貰ったんです」
「ん? なんだこれ」
「その、お酒……らしいんです」
「そうか仁科は未成年だからな、分かった俺が――」
「飲んで良いですか?」
「え? いや、ダメだろ?」
「で、でも。この世界って15歳から大人らしいんです。こっそり飲んじゃおうかなとも思ったんですが……やっぱり先生に許可を得てからにしようかなって……」
「んんん……しかしなあ、どうなんだ? この世界では良くても体の成長過程での問題を加味しての20歳以上での飲酒なんだろ? 俺に言われても良いとは言えないぞ?」
「……やっぱり、ですよねえ」
うーん。まあ子供が背伸びをしたいのは分かるがダメと分かってるものはダメというしかない。仁科も分かっているからあえて俺に聞いたのだろう。
「桜木もダメっていうだろうって言ってたんですよね」
「なんだ、桜木も知ってるのか」
「はい、きっとこれを良いよと言うようになったら、先生が君島先輩を受け入れるだろうって」
「ぶっ……い、いや、それとこれとは……」
「はい、先生もたまには飲んで良い気持ちになって寝てくださいね」
「ちょっ。いや、おい、仁科っ」
俺に酒瓶をおしつけて、自分のスペースに潜り込む仁科を慌てて呼び止めようとするが、周りのブースでは既に寝息が聞こえ始めている。あまり大声をだせない。……くそう。
と、言いつつ。久しぶりの飲酒だ。少し心が躍る。そこまでお酒を好きなわけじゃなかったが、たまには飲んでストレスを発散するのも良いな。俺はもう一度仁科のブースの扉に目をやるが、そのまま自分も扉を閉める。
……瓶はコルクのような物で栓がしてある。それをグルグルと回しながら引っ張るとポンッと小気味良い音が響く。ブース内に芳醇な香りが充満した。
……。
ぐびっ。
「ごほっ」
うおっ! 強い。ウィスキー的な強さだ。いや、まさにウイスキーなのかもしれない。慌てて水筒を取り出しチェイサー代わりに口にする。まあ、この際贅沢は言わない。ちょびっとづつ楽しむとしよう。
……。
……。
トントン。トントン。
ん……もう起きる時間か? 久しぶりの飲酒だったためか、少し寝坊したらしい。慌てて枕もとの入り口のドアを開けると、見知った顔がのぞき込む。少しアラビアンな感じの浅黒い美男子だ。ここの責任者のヤーザックの副官を務めている男だった。
「ああ……ストローマンさん。おはようございます」
「起こしてしまって申し訳ない。先生に御客人がいらっしゃっておりまして……」
「客人???」
「はい」
最近、生徒たちが俺を「先生」と呼ぶのが影響しているのか少しづつ俺のことを「先生」と呼ぶ人が増えている気がする。
とりあえずストローマンには待ってもらい急いで着替える。上の仁科はもうどこかへ出かけているようだ。着替え終わるとストローマンさんについていく。どうやら州兵の詰所の方に俺の客が来ているようだ。
詰所の前に行くと、ガヤガヤと妙に人が集まっている。その人だかりが俺に気が付くと「来た来た」とばかりにこっちを向く。するとその人だかりを書き分け一人の男が前に進み出てきた。
「おお、来たな。お前がシゲトクスノキか!」
「え? えっと……」
「ちゃうんか? 答えい!」
「えっと……そうですが……どちら様で?」
「俺か、俺はランキング691位。シドだ! 瞬光雷帝とはワイのことやで! ちょっとばかり俺と闘ってもらうぜ」
突然目の前の男がわけのわからない喧嘩を吹きかけてくる。慌ててストローマンさんが止めようとするが、止まる素振りも見せない。
「え? いや……」
「なんや? ウジウジして。男だったら勝負せんか!」
「あの……」
「ああ!?」
「お断りします」
「……そうや。さすが天位に成っただけある。ワイは優しい男やからな。殺しはしない……え?」
「ですから、お断りします」
「な、なんでや!」
「いやだって……闘う意味無いじゃないですか」
「せ、せやけど。わざわざホラーサーン州から来たんやでっ」
「はあ、それはわざわざどうも……」
「せ、せやからそっちはそうでも、こっちには意味があるんや!」
「えっと、じゃあ、私の負けということで大丈夫ですので……なんでしたっけ神民カードで負けを宣言できるんでしたっけ?」
「な……なんなんやワレ! そんなんで順位が変わるかいボケっ!」
「え? そう言われても戦うつもりは無いですので……」
訳がわからない。
俺の闘わない宣言からの負け宣言に、これから起きるバトルに期待をしていた州兵たちがつまらなそうに煽ってくる。それをストローマンさんが必死に諫めている。
「何言ってるんですか、こんな小僧やっちまいましょう天位!」
「そうだ、こんな生意気言って俺たちの天位が負けるわけねえや!」
「お前たち止めないか! シドさんも止めてください!」
な、なんだって……こんな話に。しかも、方言が無いはずの神民語なのにめちゃくちゃ関西弁チックだし。意味不明だ。
「まあ、ええわ。ストローマンさん、止めんでください。コイツも殺されるとなれば……本気になるやろ」
シドと名乗る男の気配が変わる。ギラリとした殺気が漏れ始める。殺気にあてられ俺も思わず左手が腰に……ん……まずい。刀を持ってきてない。
「ええんか? そのままで。武器はどうした?」
「ちょっっと、待てって!」
「兄さん甘いわなあ。据え膳食わぬは男の恥じゃ!」
「ちょっ。それ意味――」
男はそのまま腰の剣を抜く。口元にニヤリと残忍な笑みが浮かぶ。
くっそ! 俺はジリっと後ずさりをする。
「じゃあ、行くぜっ!」
「待ちなさい!」
シドが俺に向かい斬りかかろうとした瞬間に、何か魔力の塊のようなものが俺の背後からシドに飛んだ。魔力を気配として察知したのだろうか? 魔力を受けたシドが焦ったようにもだえる。
「ん! んぐっ……なんや。動けへん!」
何かがシドの周りに取り巻き拘束していた。
「こ、こんなものぉぉぉぉおおおお!」
シドが必死にそれを剥がそうとするが、拘束はまるで外れる気配がない。
なんだ?
「大丈夫ですか? シゲト先生」
後ろからヤーザックさんが初めて見る紳士風の男と一緒にやってきた。まさか、ヤーザックさんがこれを?
「ありがとうございます」
「まったくもう……すいません」
「え? いや。なんでヤーザックさんが?」
「ははは……」
「???」
なんだ……???
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