第50話 要注意転移者


 ~冒険者ギルド自治領~



 冒険者ギルド自治領は、厳密に言えば国家ではない。

 ユグドラシル大陸から地峡で繋がりイルミンスール大陸に入った場所にヒューガー公国がある。ジーべ王国の英雄ヒューガー公が、新大陸への希望と共に開拓した国家である。

 そのヒューガー公国も自国の領土の拡大を止めてその領土が固定し始める。一説によるとジーベ王国の領土より大きくしないという取り決めがあったとも噂されているが、実情として人口が足りないという問題もあったといわれる。

 その中で当時の公王が領地の拡大より内政を優先させる方針を決め、繁栄の方向性を内へと向けた。


 それでも新大陸での未知の世界へ挑戦を望むものは多い。


 やがて、ジャングルリーフをまとめる冒険者ギルドがヒューガー公国の端にさらなる開拓への夢を載せた都市を作った。そこからギルド自治領の歴史が始まる。


 だんだんと人が安全に暮らせる場所が広がり、世の中が進んでいけば人口が十分に増える国家も在る。ホジキン連邦のようにモンスターパレードで多くの民が失われることもあるが、都市部での人口増加、スラムの形成は各国が抱える問題の一つでもあった。

 自治領といっても実は多くの国が冒険者ギルドに対して資金などの支援はしている。冒険者ギルドとしては将来的に国を持つという意思はなく、土地を切り売りしたいという思惑があった。

 人が住まえる場所が増え、鉱山等の資源が発見されたりすればその利権などを狙って、新大陸内に自国の直轄の領地を確保したいという各国のせめぎあいもあり、自治領は特異な領土として存在していた。


 そして世界が求めた役割の一つとして、犯罪者や要注意転移者などの管理があった。


 犯罪者は労働による賦役を課せられることがある。冒険者等の戦闘を生業としてきた者等は、主に開拓地での魔物の討伐等を役として課せられる。

 一方、要注意転移者は、転移時の天空神殿や、エンビリオン大聖堂での初期教育期間に危険と判断された者が送られる。


 初期教育期間に起こした犯罪はこの世界のルール上犯罪として扱われない。これは突然の転移で見知らぬ世界に放り込まれ、転移者がこの世界に馴染むまではそんな事も在るだろうという事から決まったルールだった。

 そしてその期間に何らかの犯罪を冒してしまったものが要注意判定を受ける。基本的に、荒っぽいから。乱暴だからなどの性格上の問題での要注意判定は出ない。それ故に要注意転移者としてここに送られたものは、実質犯罪者として扱われていた。




 小日向明はこうして、ここ冒険者ギルド自治領に送られていた。


 ……


 ……


 ……いつかぶっ殺す。


 ……


 クソどうでもいい話だ。こいつらは開拓地では森を切り開き、まず道を整備することから始める。拠点からより遠くまで物資を行き来させるためにはまず道から。クソかったりい話だ。この辺鄙な場所へ送られた俺は、毎日、毎日、ひたすら道の整備に駆り出されてる。ムカつく話だぜ。



「おい! ちゃんと熱しろ!」


 クソみてえな精霊しか持って無い、いかにも殺られ役の、見ているだけで殴りたくなってくるような、クソだせえオヤジが現場の監督を気取りながら、臭え息と供に俺様に指図してくる。


 俺は守護精霊の特性から熱を操る魔法に属性が寄っていた。それも発熱反応に特化したものだ。発熱魔法は炎を出す魔法とはまた違い、発火を伴わずに温度のみをコントロールするものだ。能力の判明当時は触れないと使えないその能力に不満だったが、堂本と使い方を探り、次第にその能力の有効性を理解し始めると、俺はこの力を気にいるようになった。

 発熱反応というやつは、物質の振動数を上げることで発現する。それが関係在るのかは分からねえが、俺の全身を発熱させることでおもしれえ反応が起こる。だが、このクソみてえな首輪のせいで、俺の力は激しく制限されていた。


 今はこの能力も、ひたすらアスファルトを溶かすのに費やされていた。毎日。毎日。毎日。クソみてえな話だ。毎日。毎日。毎日だ。ただひたすらクソアスファルトを溶かすだけのクソ毎日。


 ぶっ殺す。


 ここじゃ魔物狩りもさせてもらえねえ。階梯も上げる機会を与えられねえ。強くなれなければ何も始まらねえ。ここにはクソしかねえのか?


 俺や、堂本たちと、この世界で無双するんじゃなかったのか???


 それをなんで俺がこんなっ!


 心のなかには常に怒りが渦巻いている。


 ……。


 俺の怒りは転移して神の光を受けてから目覚めてからずっと続いていたように思う。はじめはチリチリした物が心の真ん中に居座っていた。クソみてえに、ちっぽけな些細なイライラだ。それが気に入らないことが在るたびに少しづつその存在を主張していった。


 ぶっ殺す。


 まずは剣道部の顧問の楠木重人だ。気に入らねえ。

 俺は中学時代の先輩が高校でインターハイに出場したというのを聞き、先輩から「うちの高校にはすげえ先生が居るんだ」と言われた。俺は自分もと、同じ高校へ進学した。

 聞いていたとおり、剣道部の顧問は素晴らしい先生だった。その中で俺はメキメキと実力を上げていった。堂本にだって負けないつもりで居たさ。チームのメンバーにも恵まれ、来年は俺たちだってインターハイに出場するぞと意気込んでいた。


 ……それが、突然の先生の転勤。あとには剣道未経験の顧問。俺はそれを許せなかった。いつもヘラヘラと生徒の顔色を伺うようなやつだ。クソだ。


 そんな男が一緒にこの世界へ転移してきたんだ。話を聞くにランキングといい能力といい完全なモブだ。堂本がこの世界では教師と生徒の関係なんて無い。そう言い放つが、あいつはいつまでもクソ教師ヅラをして、必死に教師としての矜持を維持しようとしている。そのしみったれた姿にいつだってイライラしていた。


 ぶっ殺す。


 そして結月だ。

 子供の頃から向かいの家に住んでいた結月はいわゆる幼馴染だ。幼稚園から小中高と全て同じ学校で過ごしてきた。俺は物心ついた頃から結月に惚れていた。それも有ったのだろう。小学時代に結月が薙刀を習い始めると、対抗して剣道の教室へ通ったものだった。


 同じ高校に進学した頃には、師範が高齢のため薙刀道場は畳まれていたが、その経験を活かせるんじゃないかと、部活動を悩む結月を剣道部に誘った。

 同じ学校で同じ部活に入り。俺にはそれがクソ幸せだった。なんの不満もねえ。だが1つだけ常に気になることがあった。同じ剣道部の堂本だ。奴は顔もよく剣道も強い。勉強だってトップクラスの非の打ち所のない男だった。俺はいつか、結月が堂本に惚れないかと、それだけが不安でいた。そしてとうとう3年に進級した頃、交際を申し込んだ。

 結月ははじめは余り良い返事をくれなかったが、何度も俺は気持ちを告げ、とうとう首を縦に振ってくれた。


 ……

 

 それがだ。


 俺がクソ楠木を懲らしめてやった事が気に入らないという。日常の言葉使いが荒っぽいという。結月にも優しくないと言う。我儘を言い放題だった。俺が先に惚れたという立場で明らかにマウントを取ろうとしている。


 許せなかった。


 思わず俺は手を上げていた。


 ……手を上げることが許せない? お前が悪いのにか? 何を言っている。悪いのはお前だろう? 悪いことをすれば罰せられるのが世の中の常識なんだ。俺は間違っちゃいない。だから飛ばしてやった。魔物ばかりしか居ない場所へ。ふふふ

 絶対生きて戻れない場所だ。俺から離れるのなら。生きていても……仕方ないよな?


 俺は悪くない。


 俺は悪くない。


 ふふふふふふ


 悪いのはあいつだ。



 そうだ。堂本だって俺を裏切りやがった。

 一緒に無双するって言ってたくせに。

 まともになって、俺を訪ねてこい……だと?



 くっくっく。


 馬鹿にしやがって。


 いいぜ。


 お前を訪ねてやるよ。


 そして、どっちが強いか。分からせてやる。


 くっくっく。


 見ていやがれ。


 俺はこんなところでくすぶっている様な人間じゃない。


 必ず。


 必ず。

 

 クソども……め。

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