第47話 荷獣車
ドゥードゥルバレーの周囲は、以前と比べてだいぶ魔物の強さというのは落ち着いてきているという。居ても中級レベルの魔物がたまに居るくらいで、たいていは低級の魔物だということだった。
効率よく階梯を上げるには自分が戦える丁度いい適正くらいがいいと聞くが、ドゥードゥルバレーから少し進んだあたりが今は丁度いいような話だ。
俺は5回も抜刀をすれば魔力が切れる特性上、上級の強いやつらを倒したほうがより効率が良いといわれるが、なかなかそこまで踏み入れるのは厳しい。
ガタゴト……。
騎獣が引く荷馬車のような簡素な車に乗って街道を進んでいく。俺たちが乗っているのは、軽トラックの荷台の様な屋根のない荷車だ。左右両脇にベンチのように段差がついていて、俺達は向かい合って座っている感じだ。
州軍は、現在は周囲の魔物を間引きながらこの街道のアスファルトの補修をメインにやっているらしい。馬車でずっと先の方まで進めるようにしたいらしいのだが、兵站の整備的な感じなのだろう。ただ、さすがにまだまだ上級の魔物が出るような場所までは道が整備されていない。
補修が済んでいない道はだいぶ荒れており、めくれたり剥がれたりするアスファルトがあるために、結局そこまでしか馬車では行けない。行ける所まで馬車で行き、残りは歩いて狩場まで行く感じだ。
それでも、低級の魔物が現れるような場所を超えて、中級の階梯上げにちょうどよい場所までは行ける。
双子が言うには、3人の生徒たちはみな優秀だという。精霊にも恵まれ初期値から階梯が上がった時の能力の上昇値まで、一般的な基準から見ればかなりチートだという。
その双子はそれぞれ2000位代という強者で、1匹くらいなら2人で上級の魔物とだってやり合えると豪語する。
ガタゴト……。
それにしても。
「良いなあ、座布団」
道は舗装されているとは言えかなり凸凹があるのだろう、もしかしたらタイヤの円に歪みがあったり、単純にサスペンションが弱いのか分からないがかなり揺れる。
仁科と桜木は、最初から布団を持っていた。何処かの街で買ったと言うので、俺も買えないかと思ったが、ドゥードゥルバレーにそんな雑貨店があるわけでもなく今だ座布団の恩恵を受けていない。仁科がジェントルマンなところを見せ君島に自分の座布団を貸し、今は俺と仁科が痛い尻を我慢している状態だ。
今回馬車は5台出ている。一つは俺達の、残りは街道のアスファルトを修正する関連の荷馬車だ。
作業員が乗った荷馬車が2台あり、それぞれ5~6人の人員が乗り、作業の道具などが積まれた荷車が1台、あとの1台は作業員を警護する州軍の戦士が乗っていた。
馬車の運転はチノンさんとハノンさんが交互にしてくれる話だったが、途中から仁科が運転を覚えたいと言うことで、今はチノンさんの横で教わりながら手綱を握っていた。
このまま舗装が完成している辺りまで行き、そこからは徒歩になる。だが、いつもと同じような場所なら、そこからそんな歩かなくても魔物にはありつけるだろう。
街道にだって魔物が出る。家畜化した魔獣は大抵が下級の魔物のため野生の魔物に食べられてしまう事が多い。警備の戦士たちは、作業員と魔獣を守る重要な役割を担うことになる。
しばらく馬車の上で揺られていると、ふと君島がカバンの蓋を開け中からメラを取り出した。そしてメラを両手で掴んだまま荷車の車体の外に出す。
……ポトッ。
糞だ。メラは排泄物を出すと何事もなかったかのように再び君島のカバンの中にしまわれる。そろそろ見慣れては来たが、何処と無くシュールな光景に俺と仁科は苦笑いを浮かべる。
メラは、ファイヤーバードという種の魔物らしい。通常魔物を従属化させるには「テイマー」と呼ばれる魔物を操れるようなスキルを持つ者にしかできない。だがこの魔物はテイムスキルを持たなくても従属化出来る魔物として、非常に人気の魔物ということだった。しかもかなりレアな魔物らしく一匹見つければ数年は遊んで暮らせるような値段で売れるらしい。
ファイアーバードの成体は、瀕死になると卵を生むという。そしてその卵は生んだ成体が死ぬ際に燃焼する火で卵から孵るという習性がある。今回俺が山火事にビビって必死に火を消したため卵の状態のまま手に入れたのだが、実はあれがファイアーバードの捕り方の正解らしい。
つまり、ファイヤーバードに瀕死のダメージを与える事で卵を生む。そしてその卵を孵すための発火現象を止めることで、卵の状態で手に入れることが出来る。
あとは、その卵を買ったものが火で燃やすことで卵から雛が孵ると。
その後の刷り込みは、卵から産まれたばかりのファイヤーバードの雛が最初に目にした対象物、魔物でも良いのだが、刷り込みと言うより意識までかなりの深度でシンクロさせ、自分が成体になるまでの面倒を見てもらうという仕組みらしい。
精神までと言われると精神汚染などが怖いが、単純に空腹などといった欲求を雛が送り、養う側は、雛に対して母性本能的な物が芽生える程度らしい。
それゆえに、貴族などがこぞってそれを求め、市場に出せばたちまち取り合いとなる貴重な魔物だという。
カートンが「ファイヤーバードも逃がしちまった」と言っていたが、傷を負い逃げてきたファイヤーバードがあの場所まで逃げて死んだのだろうと考えればつじつまは合う。
メラにトイレの躾もすませると、カバンの中で便意を感じたメラの意思がそのまま君島に伝わり、こんなシュールな図が展開するようになったわけだ。桜木はどうやらそれがどうにも羨ましいらしく、事あるごとにファイヤーバードが居ないかと探していた。
「まあ、そんなにペットが欲しけりゃ、クロックバードの方が現実的じゃねえすかね」
「クロックバード?」
「似たような他人に育児を任せる魔物ですわ。ほかにも何種類かいるけど、街で一番手に入りそうなのはクロックバードですかねえ」
「へえー。いーじゃない! うんうん」
ハノンが羨ましがる桜木に、ほかにもペットにできる魔物がいる話をする。それでも相当高いらしいが、桜木は嬉しそうに聞いていた。この感じだと買ってしまいそうだ。
「さてここら辺ですかね」
ある程度の場所で馬車を止める。ほかの馬車も一緒だ。
「じゃあ、留守番頼むぜ」
「留守番じゃねえよ、作業だっつうに」
「がっはっは。まあ、ここらへんは少しづつ中級の魔物の率が高くなってんからな。気をつけろよ」
「わかってるわい。お前らも気をつけろよっ」
まだ州軍のメンバーの顔と名前を覚えきれいないが、チノンさんとハノンさんは作業員や護衛の兵士たちと軽口をたたき合う。この感覚がきっと仁科と桜木には気に入ったのかもしれない。口は汚いが、お互いの気遣いも忘れない。気持ちの良い関係だ。
荷馬車から降りて体を伸ばしたり準備をしている間に、なんとなく作業が気になって見ていると、まずは割れて浮いてしまったりしているアスファルトを剥がしたりするようだ。バールのような金属の棒をヒビに差し込み槌などで叩き始めている。
「旦那、興味あるんすかい?」
俺が作業を眺めていると、ハノンが聞いてくる。
「そうですね、僕らの世界にもアスファルトはあったんで。なんとなく気になって」
「なるほど、温めると溶けて、冷やすと固まる。不思議な油ですわな」
「はは、余り詳しいことは知らないんですけどね。何処かの世界の人が持ってきた技術なんでしょうね」
「ですね。ただ、コイツはうちの連邦のリベット州で大量に取れるんでね、安くて具合いいんですわ」
「おお、産地も国内なんですね。それは素晴らしい」
話を聞いているとどうやら天然のアスファルトらしい。日本だと原油から精製した物が使われていたような気がするが……物性としても少し落ちるのだろうか。詳しくわからないがこういった自分の世界の技術をこの世界のために活かせるというのは素晴らしいし、楽しそうだ。
うんうん……。
「先生? 行きましょうよ」
作業を見つめているとしびれを切らした生徒たちに急かさせる。俺は慌てて先に行く生徒たちを追いかけた。
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