第48話 階梯上げ

 話によると桜木の階梯が上がった時の動けなくなる具合は、かなり酷いらしい。君島は俺が見た感じだと半日、5~6時間眠りにつく感じなのだが、桜木は更に長いようだ。天戴を守護に持つということなのだろう。俺なんて1時間弱、体がほてる位の感じなのに。

 ちなみに仁科はだいたい君島と同じ感じのようだ。


 しばらくは3人で魔物を狩る感じだ。俺も上げれるのなら上げたいのだが、抜刀出来る回数が3人と比べ少ないためあまり無駄打ちが出来ない。いざ上級の魔物が出てきたときのため魔力を温存したい。

 階梯を上げるとしたら、本来なら上級の強い魔物を相手にして効率よく上げるのがいいのだろうが、そんな奥地なんてなかなか行けない。俺たちが歩いてきた感覚で2~3日はかかりそうだ。


 あれだけあの奥地から必死で逃げてきたのに、階梯上げのためにまた奥地へ行くことを考えるとは。慣れというのは恐ろしいものだ。まあ上げるとしても、生徒たちが強くなるまでのんびり待つのが良いだろうけど。


 それにしても、ギャッラルブルーの時とはまるで違う。現地の優秀な戦士が付き添いに来てくれ、6人という大所帯で自分たちにちょうどよい位の場所で狩が出来る。生徒たちが階梯を上げたいと言ってきた当初は、そんな危険なことをやる必要が在るのかとも思ったが、これならまだありだ。




「ほら、もっと一気に差し込まないとな」

「そうじゃで、躊躇えば躊躇うほど状態が悪くなる」

「は、はい」


 そして魔物を倒した後は、解体作業だ。


 魔物の死体は利用できるものが多い。まず全ての魔物に共通するのが心臓だ。人間と同じようにこの世界の魔物の生命活動に直結したエンジン的な存在だ。そこに魔物の「魔力」の元がある。心臓で練り上げた魔力が体中を循環する血液に乗り、全身に行き渡る。

 強い魔物ほど剣が通りにくいというのは、そのためだ。強い魔物ほど濃い魔力を全身に行き渡らせている。皮下の毛細血管まで血液と共に魔力が行き渡る。だから半端な魔力を乗せた剣ではダメージを与えにくい。


 魔物の中から心臓を取り出すのがこの世界の習わし。それを業者が精製、加工して魔力を結晶として抽出して固めたのが「魔石」という物だ。その魔石が世の中で使われる魔道具などの電池の様な役目をするという。その為、魔物から心臓を取り出す作業がこの世界の人間にとっては非常に重要な仕事となる。



 生徒たちは「魔石」というのが体の中に在るものと思っていたという。どうやら子供たちが好んで読み聞きする漫画やアニメの異世界ファンタジーではそういうシステムになっているらしい。


「うわあ……」


 心臓を取り出す。わかるだろうかこの作業のキツさ。そして魔物の死体から心臓を取り出すのは技術的にもなかなか難しい。そして現地の戦士たちから見ればそれが大事な仕事だから絶対手抜きはさせない。階梯上げに付添的に付いてきている俺もやらされる羽目になる。


 ……うう。


 何日目かに成るため、少しは慣れてきたが。手が血だらけに成るのはどうしてもいただけない。日本の感覚的に何か怖い病原菌でも伝染らないかと心配になってしまう。目の近くに血が跳ねたりすれば必死に洗う。


 ようやく摘出も終わると君島が生活魔法で水を出してくれる。


「先生、水をだしますね」

「お、ありがとう」


 水を出す魔法は3人とも出せるが、解体作業の後の手洗いは必ず君島が水を出してくれる。最近、そこらへんを仁科と桜木が意識的に譲っている気がする。君島の気持ちを察してそうしてくれているのだろうが、なんとも対応に困る。

 

「先生の切り取りかたキレイですね」

「そ、そうか?」

「はい」


 あまり褒められて嬉しいのか分からないが、料理で魚くらいは捌けるからな……関係在るのか? 今回の魔物はダーティーボアというイノシシに似た獣のタイプの魔物だ。それゆえに食料にも成るというのでかなり細かく切り分けリュックに入るサイズにして持ち帰る。君島の足元ではメラが、嬉しそうに分けてもらった肉片をつまんでいた。


「……うまいか?」

「ピヨッ!」

「そ、そうか……」


 当初より俺に慣れたのか、攻撃的な感覚が無くなり、俺も近づけるようにはなってきたが……。くちばしを血だらけにして旨そうに肉をついばむ姿は完全に猛禽類のそれだ。



 デュラム州は50年前の大モンスターパレードにてその領地と人民の多くを失った。現在の政府も暫定政府的な扱いだ。当然税収も少なく、とても豊かとは言えない状況になっている。それでもこれだけの州軍を維持しているのは、このように魔物の素材を集めて売ることで収入を得ているためだ。

 戦士たちの規律もゆるく、とても正規兵に見えないというのはそこらへんからくる。言ってみれば、他所の国の冒険者達と変わらない生活をしているのだ。外からは「あいつらは魔物への復讐心でギラギラしてる」と言われているらしいが、実情は自分たちの階梯上げと食いぶちのために魔物狩りを続けているような状況だった。

 それでもやっぱり、州兵たちに言わせれば「自分たちの故郷を我が物顔でのさばる魔物を間引いているんだ」になる。




 その後もしばらく狩りは続ける。やがて、君島の体調に変化が現れた。

 逃亡している時にもたまに魔物と戦っていた君島がまずはじめに4階梯にたどり着いたようだ。3階梯からはなかなか上がらないと聞いていただけに、少し驚く。俺は……5まで上がっているんだけど。


「ここは先生ですね」

「え?」


 仁科が意味ありげに俺のほうをみる。すでにフラフラになり今にも寝てしまいそうな君島が俺にもたれかかってくる。


「よろしく……お願いします……」

「お、おお……」

「じゃあ、今日はここまでじゃの。旦那、お嬢さんを頼みますよ」

「え? は、はい」


 そのまま俺が君島を背負うことになる。そこまで大きいというわけでは無いが、いや、むしろやや控えめな感じだ。だがそれでも背中に背負えば女性特有の柔らかさを罪悪感とともに感じてしまう。

 2人だけの逃亡時と違うため、他人の視線も気になってしょうがない。仁科と桜木が後ろでニヤニヤとしているのを察知するが……怒るに怒れない。




 街道までたどり着くと、戻るのが少し予定より早かったためか、街道の補修もまだ済んでいなかった。座布団や着替えなどを敷いて俺たちの乗る予定の荷馬車に君島を寝かすと皆が帰る時間に成るまで作業などを見学させてもらったりする。


 作業はある程度剥がしたアスファルトの部分に新しいアスファルトを流し込み、湯気が上がるアスファルトを槌のようなもので叩いたりしている。モワッとむせ返るような匂いが充満し、深夜の道路工事中で片側交互通行になっている道を窓を開けて走るとこんな匂いがしたかもなあ。と、そんな事を思い出す。


「重力魔法でも持ってるやつが居れば楽なんすけどね。へっへっへ」


 作業をしている州兵がそんな事を言いながら笑っている。彼もノーウィン人の血が混じっていそうな体型をしていた。


「重力魔法ですか。そんなのも在るんですね」

「まあ、そんなの持ってる人間なんてなかなか居ねえっすけどね。有名所は大天位のアリツィアですかねえ、へっへっへ。そんなのに街道整備なんて頼めねえっすわ」

「大天位?」

「あら? ああ、まだ知らないっすかね。100位以内を天位というように、10位以内を大天位って呼ぶんですわ」

「な、なるほど……」

「ちなみに、3位を燈火、2位を那雲、1位は天曜って呼ぶ呼称も在るんですわ」

「お、おお……複雑ですね」

「へっへっへ。別に複雑じゃねえっすよ。名前がついてるってだけですからねえ」

「は、はあ」


 知らない世界なんだ、当然知らない風習などがあるのだろう。


 その後、しばらくして本日の作業が終わるとようやく帰路につく。流石に君島が寝たままだと俺たちの座る場所が足りなくなるので、体をそっと起こし俺の横でもたれさせるようにして馬車に乗せる。やはり揺れはあるため、横から抱くように支えてやる。


 ……。


 やはり目の前に座る仁科と桜木の目は笑っていた。





※本日。とうとう日間ランキング1位を取らせていただきました。皆様の応援ありがとうございます。もっともっと面白くと思っておりますのでよろしくお願いいたします。

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