第46話 州軍か連邦軍か。
「先生。明日は宜しくおねがいします」
「あ、ああ。だけどよろしくって、お前らのほうが……」
「何を言ってるんですか、天位様が……ぶっ」
「ちょっ。仁科! 笑うなって」
俺たちの捜索に協力してくれたということで、仁科と桜木がホジキン連邦のここデュラム州の州軍に所属する事になっていた。カミラ将軍との約束ということらしい。
俺と君島にとっては、俺達のために自分の所属も決めさせてしまった事に後ろめたい気持ちはあった。
「何言ってるんですか。ほら、州軍の人たち見てください。こんな正規の軍なのにユルユルで、日本から来た僕らには超居心地良いっすよ」
との事だ。
仁科と桜木はそう言って、州軍の所属に成ることにかなり前向きになっていた。その流れで、俺たちも2人で州軍に所属したいという意向をヤーザックに伝えた。
しかし君島はすぐに州軍に受け入れられたが、俺は保留になってしまう。
「シゲト様は、州軍ではちょっと厳しいかと」
「やっぱりそうですよね……生徒たちと違って精霊もマイナーですし……そうか……それでも下働きでもさせてもらえたら、料理とかだって少しは……」
「え? いや。能力的にとかそういう問題じゃないんです」
「はい? ……それじゃあ、何が駄目なんでしょうか」
「シゲト様の天位への置き換わりはかなり異例でして……おそらくかなり……その、戦いを挑まれることになると思うのです……」
「へ? 挑まれ……る?」
ヤーザックの言葉に嫌な汗が流れる。
「は、はい。その場合申し訳ないのですが我々の様な力のない州軍所属ですと歯止めがかからないと思うのです、ですので連邦軍所属という形にさせてもらったほうがと……」
「れ、連邦軍???」
「は、はい。そのですね、その件につきましてはカミラ将軍が現在交渉中でございまして、上手く行けば連邦軍の所属という形になると思います」
「え、ちょっと待ってください。私は生徒たちと――」
「それを織り込んでの交渉です。国軍の所属と成れば気軽に戦いを挑まれることもかなり減ると思いますし、連邦軍所属で、我々州軍の預かりが出来ればという事で……」
「な、なるほど……」
たまたま俺があのカートンと戦ったことで置き換わりで俺が天位になった。ということは同じ様な野心家達が俺の命を狙いに来ることは考えられる……非常に心が擦り切れる事態だ。
確かに、これで連邦軍所属ということに成れば国に守ってもらえるのかもしれない。胃痛の日々が少しはマシになるかもと思うと、すがりたい気分になる。
実際連邦軍にも天位が4人程在籍しているという、天位の数が国軍の強さの指標にも成るため連邦軍が重人の入軍を断ることは無いだろうという話だが。おそらく俺たちが仁科達とここに居座るのだろうと予測してカミラさんが動いてくれたのだろう。
その後、知識が足りない俺のためにヤーザックさんは色々と説明をしてくれる。
一番大事なことは戦いを挑まれた時に絶対受けない事、らしい。この世界のランキングシステムだと、ちゃんとお互いに力を出し合っての戦いではないと置き換わりが起きないようだ。
その代わりに置き換わりで上に成り上がりたい者は手を変え品を変え、俺のことを挑発してくるだろうということだった。だからそれに取り合わなければそこまで問題に成ることは無いだろうと。
ただ……中には自分の順位を上げるために前にいる人間を殺し一つでも繰り上がれば満足するタイプの人間も居るから。気をつけてくれ……と、どうしようもない注釈も付けられたのだが。
こんな辺境の地に、そこまでしに来る人間は居ないと思うのだが……。
……いや、そう願いたい。
礼を言い、ヤーザックの部屋から出るとそのまま君島達に誘われて食堂に向かう。この街にはまだ食事の選択肢が無く、州軍の賄いを食堂でいただく日々だ。携帯食続きのあの逃亡の日を考えれば全然ありがたい話なのだが、少しだけ異世界の色々な食文化を味わってみたいという気持ちもある。
「私も連邦軍預かりにしてもらえないかな……」
「え? いや、君島だったら問題ないんじゃないか? 俺なんかよりよっぽどの大精霊の守護を貰っているんだし」
「う~ん、聞いてみようかなあ」
「何処に就職するかはやはりお前たちの希望を優先するべきじゃないかな。現在の領地を追われて懐事情も厳しそうな州軍より連邦軍の方が給料も良さそうだしな」
君島に答えていると、何やら仁科と桜木が意味ありげに顔を見合わせている。
「先生~。先輩は別に給料とかどうでも良いんだと思いますよ?」
「そーですよー。何を言ってるんですかー」
「ん? いや、でもこんな先が保証されるかもわからない世界だ、大事だろう。そういうのも」
「いやあ……そうじゃなくてですね――」
「仁科君!」
「あ、す、すいません……」
仁科が何かを言おうとしたところで、君島に注意を受ける。それを見てようやく事の成り行きを理解する。
「ま、まあ。なんだ。俺の審査に連邦軍の人が来るだろうと言ってたから……聞いてみても良いかもな」
「はい」
「で、明日は誰か付いてきてくれるのか?」
「魔物狩りですか? 多分……チノンさんとパノンさんが来てくれるって話だったと思います」
「あの双子かあ……。ははは」
チノンさんとパノンさんは、双子の戦士だ。仁科たちは「ドワーフだ!」って喜んでいたが髭面の小さい樽の様な双子だ。と言ってもドワーフでは無いらしい。「ノーウィン」と言う世界からの転位者の種族らしい。
先日一度階梯上げに付いてきてくれたことが有ったが、鉄板みたいなガチガチの鎧に身を固め身長の倍もありそうなハルバードを種族特性の怪力でブンブン振り回していた。
もともと手先が器用で鍛冶仕事が得意な種族らしく、鉱山を中心に栄えたデュラム州には比較的多くの「ノーウィン人」が集まっていたらしい。ただ、彼らはギャッラルブルー近辺にまとまって住んでいたため、多くのノーウィン人がモンスターパレードの犠牲になったという。
この州軍にもノーウィン人は何人か居るが、純血のノーウィン人は割と少ない。色々な世界からの転位者の寄せ集めの世界だ、当然なのだろうが。
俺たちは、食事が終わると厨房に食器を持っていく。食堂は学食の様な形になっていて広めの食事スペースにオープンキッチンというスタイルだ。厨房では他の兵士たちの為に忙しく調理人達が働いていおり。その長いカウンターの端のほうに食器を返すところがあった。
「ごちそうさま」と声を掛け、食器をかえしていると、小中学生位の小さな子が食器を洗っていた。俺たちの声に振り向いたその子は俺の方を見ると目を大きく見開き固まる。
「……あ、美味しかったよ」
「あ……天位様……」
「え? ははは……」
天位というのは子供にも憧れの存在だって言う話だが、ほんとに名前負けしていて申し訳ない。
「ビトー! 手が止まってるぞっ!」
「は、はい!」
しかしすぐに奥から料理人のおじさんに怒鳴られ、すぐに食器洗いに戻る。「すいません、失礼なことを」とその料理人が低姿勢で謝ってきた。
「いや、全然気にしないですから……彼は? まだ小さいようだけど」
「ああ、爺さんがこの街に住んでいたらしくてですね、街が奪還出来たんで帰郷組ですな」
「帰郷? それでもう働いているのですか」
「なんでも身寄りが無いようでしてね、仕事をって言ってもこの街じゃなかなかねえ……」
「あんな小さい子が独りで……」
「あ~。天位様はまだ転移してきて間もないですもんね、この世界じゃそんな珍しい話じゃないですわ」
「はあ……」
珍しい話じゃない……確かにこんな魔物が跋扈している世界じゃ、孤児というのも多いのかもしれないな……。
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