第40話 死合い

 この世界の最強ランキングと言われるランク付けでランク上位の二桁。つまり100位以内の人間は天位と呼ばれる。世界の各神殿には常に天位の人間の名前が掲示されているという。それだけの存在なんだ。2億人居るこの世界の上位100人のうちの一人の男が今、目の前で獰猛な瞳を君島に向けている。



「先生……」


 俺の後ろで君島がおびえたような声を出す。当然だ、下卑たセリフと共に語られる言葉。子供とは言えもう高校三年生となれば、その意味も解る。俺は怒りと共に何とも言えない吐き気を催す。


「お前ら……この子は……まだ子供だぞ……何を考えてる」

「フォーカル、めんどくせえな、こいつ」

「くっくっく。見ろ。絶望的な差を知っても彼女を守ろうとする……美しいじゃねえか」

「そうか? まあ、この女は十分美しいがな、がははははは」

「くっ」


 駄目だ、こいつら……人殺しを楽しめるタイプだ。下手したら君島だって……。


「君島……逃げろ……」

「先生、ダメっ!」

「いいからっ!」


 俺の意思を感じ取る君島は、俺の言葉に従おうとしない。だけど……この状況。女性は厳しい。捕まったら確実に酷いことになる。


 ……。


 そんな事……させやしない。


 俺は親指を鍔に乗せ、グッと重心を下げる。


「馬鹿ぁがぁあ~~むぅ~~~りぃ~~~~~……」


 もう相手には乗らない。集中を極限まで高めていく中で、フォーカルの言葉までゆっくりと進み始める。周りと俺との時間軸がずれていく。俺の殺気に当てられたカートンが顔をゆっくりと憤怒の形相に変えながら巨大な鉈のような剣を振りかぶろうとするのが見えた。やはり天位。反応も早い。人殺しにためらいのない目をしている。


 後悔は後でよい。


 決めたらもう止まらない。爺さんだって日頃言っていた。「活人剣など綺麗ごとだ。これは人を切るための技術だ」そうだ。君島を守るのが、今の俺の責務だ。


 鯉口を切るや否や刀を抜く。天位を前にしても、時間は完全に俺の物だった。カートンが剣を振り上げきる前に俺は一歩踏み出し、刀を斬り上げる。斬られたカートンは恐らくそれにも気が付いていないだろう。血糊を払いつつ再び刀は鞘に。集中は切らさない。


 分断される大男の向こうで、魔法使いの顔がゆっくりと驚愕に染まっていくのが見える。こいつも名うての男なのだろう、驚いた顔をしながらも右手のひらに火球が作られ始める。グイっと左手を捻り鞘の角度を調節する。刃を上向きに。そのまま抜刀しながら刀は斜めに弧を描き火球を分断、そのまま刃筋は止まらずに魔法使いの体を袈裟斬りにする。


 ……あっけない。実にあっけない。これだけの動作で人の命を狩れてしまう。


 ほかの3人のゴロツキはこの一瞬で何が起こったのか理解など出来ないのだろう、ポカーンと口をあけ事の成り行きを見守るだけだ。


「ふ……ふざけやが……って……」


 フォーカルはただそれだけを言い残し、その場に崩れ落ちる。俺は高揚する気持ちのままひざを折り、仰々しく演技ぶってフォーカルのローブで刃を拭く。そして徐に立ち上がり、チャキっと鞘に納める。


 ゆっくりと、3人を見渡す。


「お前らも……やるのか?」

「ひっ!」

「堪忍してくれっ!」


 おそらくこの2人がグループの骨梁だったんだろう、絶対的な信頼を得ていた天位を事も無げに切り伏せたんだ。完全に心が折れた3人はそのままその場から逃げ出す。俺としても、無理やり殺生を重ねるつもりは無い。去っていく3人を見つめながらフウと、震えるように嘆息する。


 斬った……人を……。


 男たちが去り、目の前の危機が薄れると同時に、罪悪感が濃度を増してくる。目の前に転がる2つの死体。憤怒の形相のまま俺を見つめていた。


 仕方なかった。仕方なかった。仕方なかった。……。


 必死に心にすり込もうとするが、どす黒い感情が全身を覆っていく。


 殺した……人を……。


 はっっっはっっっう。


 動悸が早まり、呼吸が苦しくなる。必死に息を吸うのに酸素が足りない。ダメだ……どんどんと苦しさが増す。いつもの様に深呼吸をしようとするがだめだ、上手くいかない……。


「先生っ!」


 朦朧とする意識の中で君島の声が聞こえる。


 君島……。先生は……人を……。


「先生! 先生!」


 君島の声がするのに、君島がどこにいるのかも把握できない。


「あ……あ……」

「先生!」


 冷え切った心に、君島の声が染み渡る。……君島……俺を……温めて……。


 君……島……?


 途切れそうな意識の中、目の前に……それこそ数センチの場所に……君島の目が俺の中を覗いている。


 なに……を?


 俺は、グッと君島に抱きしめられ……。唇をふさがれていた。

 

 ……。


 ……。



「んぐっ!」


 一気に意識が鮮明になっていく。なっ。

 その、圧倒的な……感触に……俺は……なすすべなく……。


 ……。


 ……。


 どのくらい続いただろう。やがてどちらからともなく離れる。君島は背伸びをしていたのだろう。すっと腕が解かれ、顔の位置が下がり遠ざかるのを少し寂しい気持ちで見つめてしまう。


 ……。


 ……って! これはまずいっ!


「あ……」

「ごっごめんなさい!」

「え……いや……」

「先生……過呼吸みたいになっちゃって……紙袋とか……なくて……」

「あ、ああ……そうか……そうだな、過呼吸か。」

「……はい」


 か、過呼吸? ……そ、そうだな、二酸化炭素を供給することで……過換気症候群を……。


 いや、違うだろう。それは解ってるはずだ。だが、それを認めるわけには……。

 無意識にまだぬくもりが残る唇に指をあてる。それを見た君島が、顔を真っ赤にする。その姿を見て、俺もまた意識をしてしまう。


「……あ、ありがとうな。助かった」

「いえ……」

「……」

「……嘘です」

「え?」

「過呼吸なんて……先生が、私のために、どんどん……自分を犠牲にして……」

「君島?」

「私のために、先生ずっと無理してっ、私ずっと甘えていてっ! 先生だって怖いんだってっ! そしたら……思わず……キス……してしまいました……」

「君島……」

「嫌……だった、ですか?」

「いやっ! とんでもない! ……だけど……ほら……」

「なん、です?」

「吊り橋効果とか……あるだろ? 本当にそういう気持ちなのか……こんなおっさんだぞ?」

「吊り橋効果だって良いじゃないですか」

「だが……心の錯覚かもしれない」

「……だけど……」


 そうだ、俺は教師で君島は生徒だ……年だって10歳以上離れている。学生が社会経験の豊富な先生に夢中になってしまうという話だってよくあることだ。そんなのだって、卒業してしまえばそれで終わるような、そんな……突発的な恋だ。


 くっそ……。


 不安げに俺を見上げる君島に、なんと言っていいかわからなくなる。間違いなく君島は美人だ。それは分かっている。性格だって悪くない。まあ、小日向と付き合っていたというのは正直良くわからないが、確か2人は幼馴染だったと思う。


 ……わからねえ。


 いや……なんとなく、俺を頼って、この逃避行の仲間以上の感情を君島から向けられているのは薄々感じていた。こんな美人に頼られるんだ。駄目だと思っても、そんな感覚に少しトキめいていた自分は否定できない所もある。


 ……甘かったのか?


 ……。


「と、とりあえずここを離れよう……血の臭が強すぎる」

「……」

「君島?」

「……はい……」



 ……。教師として俺は……。


 いや……ここは……。日本じゃない。別の世界だったな……。


 堂本の言葉が頭をよぎる。


 ――ここは地球とは違う。全てがだ。わかるか? 俺達とアンタとの関係も、もう教師と生徒と言う立場関係で考えるな。もう別世界の話だ――。

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