第39話 乱闘
魔物の集団が向かった相手は何処にいるのか分からないが、おそらくだいぶ先なのかもしれない。ゆっくり進む俺達との距離はすぐに開き、やがて魔物たちの雄叫びも聞こえなくなる。
「先生? 焦らないで」
「そ、そうだな」
先には人間が居るのかもしれない。そう考えるとついスピードを早めそうになってしまうが、君島が冷静に俺を抑える。
しばらく進んだ時に、前の方からドーン。ドーン。ど大きい音が聞こえた。何が起きているんだ? 俺たちは道を避けて林の中を進んでいるため遠くのほうが見えない。焦れるが他の魔物が居ないとも言えない。ジリジリと進んでいく。
しばらく進むと段々と遠くで争っているような声が聞こえる。集団と集団が戦っているような音だ。かなり激しい戦いになっている。時々大きな音とともに赤い光のようなものが立つ……あれは、魔法か? 更に近づいていくと、片方の方はどうやら人間達で間違いないようだ。叫ぶ声が俺の理解できる声として耳に届く。
「フォーカル! バフが切れた!」
「あいよ!」
「おめえらも効かなくて良いから魔法をぶっ放せ! 止めるんじゃねえ!」
「カートン! てめえ俺たちを盾にっ ぐぅああ!」
ここまでくれば……。
ようやく戦いになっている現場までたどり着く。見るとだいぶ人間が優勢になっているのか、あれほどいた魔物の軍勢がだいぶ減っていた。その中で異彩を放つ男が2人。筋骨隆々の魔物と比べても負けていないほどの大男が複数の魔物を相手にしながらも巨大な剣を振り回し、優位に戦いをしている。そしてもうひとり、フードに身を包んだ魔法使いの男。杖を一度魔物に向ければ、巨大な火球が魔物を焼いていく。
他の戦士たちも必死に戦うが、この2人のように安易に魔物を倒す事が出来る者は居ないようだ、魔力が足りないのだろう、必死の攻撃も魔物を傷つけることはできてもなかなか致命的な傷までは与えられないようだ。後方にいる魔法使いも必死に魔法を撃っているようだが、同じように有効なダメージを与えられない。だからだろう、戦士たちはひたすら守りに徹し、2人の男が魔物を始末してくるまで耐えるように戦っていた。
それにしても……男の風貌がヤバい。そういう人種なのかもしれないが、山賊と言っても通るような、けっして良い人には見えない。そいつがカートンなのだろうか、はじめに見た時には、彼に文句を言うように怒鳴りつけていた戦士に黙って剣を振り下ろすのを目撃してしまっている。
地面には多くの魔物と、人間もそれなりに倒れている。だが、見るからに粗末ながら揃いの鎧を着た戦士ばかりが地面に転がり、生き残っているのはカートンと同じ様な不揃いの鎧に身を固める男たちだ。
俺たちを盾に……そう叫びながら斬られた男も、同じように揃いの鎧を着ていた。
君島の方を見ると、少し困ったように見つめ返してくる。君島も彼らが良い人なのか判断がつかないのだろう。
「こいつらは、危険な気がする……んだ」
「……はい……」
やがて最後の魔物が、カートンの一撃で倒れる。あれだけの魔物を相手に凄まじい。俺たちはじっとその様子を伺っていた。
その時、あの魔法使いが俺たちの方を向いた。
「いつまでそこに隠れている。燃やすぞ」
なっ……気づかれていた? なんだ??? 突然のことにどうして良いか分からず茂みの中でじっとしている。
「おいおい、俺たちゃそんな気が長く無いんだぜ? 3秒で出てこい。3!」
そう男が叫んだ瞬間、手のひらにデカイ火球が生じる。
「2! ……」
やばい。本気だ……。
「まってくれっ!」
俺は後ろに回した手で、君島にそこにいるようにと合図をしながら顔を出す。
「もう一人は?」
くっ。気がついているのか。俺が返答に詰まっているとガサッという音がして、君島が俺の隣まで来た。
「ヒュー。えれえ別嬪さんじゃねえか。なんでこんなところに居るんだ?」
「そ、その……道に迷って……」
「道? おいおい。道に迷ってこんなところに来るわけねえだろ? 州軍か?」
「州軍? いや……違う……」
「ふうむ……」
魔法使いの男は神経質そうな顔で俺たちを見定める。
「おおい。フォーカル。あんまイジメてやるなよ」
そこにカートンと呼ばれた大男がやってくる。くっ……こうして近くで見るとヤバい。2mをゆうに超える大男だ。
「カートン。またおめえは……女か?」
「くっくっく。おいおい。誤解されるような事言うなよ」
「コイツラは俺たちが戦っているのを、ただ見ていたんだ。分かるか? これだけ人が死んでるのによ」
「おお、それはまずいな、人間と魔物が戦っていれば、普通は手を貸すよな?」
「ああ、それが普通だ。コイツラは隠れて見ていたんだぜ」
くっ……それを言われると確かに何も言えない。この2人の圧に嫌な汗が出る。
「だが、美人だ。俺好みだ。分かるだろ? フォーカル。こんなところで何日も男の顔しか見てねえ」
「ふぅ〜……分かるがな、こんなところに居た奴らだぞ? 油断するんじゃねえよ」
「ファイヤーバードだって逃した。せめてよぉ。この可愛いねえちゃんくらいは逃したくねえな」
くっそ……俺は体をずらし君島の前に入る。
「お、ナイト様だぜコイツ。がはははは」
「ナイトなもんか、腕輪とおそろいの指輪、夫婦だろ?」
な? ……腕輪と指輪……だと? そんな風習が?
だがこの魔法使いの男、全く油断も隙もない。指輪と腕輪の意匠が同じことも目ざとく見つけている。俺はどうしていいか分からず、ただ二人の会話を聞いているしか出来なかった。それに対して大男は無遠慮に下品な視線を君島に向けてくる。
「それにしても……何処から来たんだ?」
「その……ギャッラルブルーから……だ……」
「は? なんでまた?」
「天空神殿から……誤って飛ばされて……」
「ほう……天空神殿ねえ。転移者か」
「そうだ」
「ギャッラルブルーからここまではだいぶあるじゃねえか、どうやって来た? 転移してきたばかりで階梯だってあがってねえだろ?」
「……隠れてだ……」
「ぎゃはははは。なるほど、ひーひっひっひ。確かになあ。魔法で索敵かけなくちゃ俺だって見過ごしてたわ。すげえなあ。おめえら。よくぞまあここまで逃げてきたわ。くっくっく……」
「おい、フォーカル。まだかよ」
「ああ、いいぜカートン。この女も階梯が上がってねえ。噛みつかれても問題無さそうだ。だが壊すなよ」
「や、やめろ!」
くっそ。勝手に話を進めやがって。
俺はすっと左手で刀を抑える。……やるしかないのか? 相手は人間だぞ……。
ピン……
俺の動きを見た瞬間、空気が変わる。笑い転げていた魔法使いもピリッとした殺気を浮かべる。
「おい……やろうって言うのか?」
「お、お前らが……だろ?」
「ふう……まあ、転移したてでさ。分からねえのはしょうがねえけどよ。お前、何位なんだ?」
口調とは裏腹にフォーカルが緊張感を緩めることなく聞いてくる。
「な……何位だって関係ないだろ?」
「良くて数十万、下手したら数百万……ってところか? あ?」
当てずっぽうだろう。だが、近いところを言われると自然と顔がピクリと反応してしまう。魔法使いは俺の顔を見て、だいたい合ってるのを確信したようにニヤリと笑いを浮かべる。
「俺だって巷じゃちっとは名を知られてるんだぜ? 巷では炎蛇と呼ばれてる」
「炎蛇……」
「328位 8階梯の魔法使いだ」
「3桁……」
「くっくっく……足りねえか? 絶望が?」
「な、なんだよっ」
「この大男はな、87位だ」
「な……」
この時の俺は、さぞかし絶望に満ちた顔をしていたのだろう。再び2人がたまらないといった顔で爆笑をする、聞いていた後ろの3人も同じように笑い転げていた。
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