第32話 魔動車 ~仁科桜木~

 ディグリー将軍はそのいかつい見た目とは裏腹に丁寧に説明をしてくれる。ただ、そんな説明を聞くたびに俺は先生たちの救出の難しさを痛いほどに感じてしまう。


「桜木……大丈夫か?」

「う、うん……」


 桜木も同じようにショックを受けているのだろう、だが、それでも先輩を助ける意思は折れていない。


「誰も助けてくれなくたって……私たちで出来る限り。ほら、階梯を上げながら」

「そうだね、とりあえずドゥードゥルバレーまで行ってみよう」


 軍もだめ、冒険者もだめ、それなら俺たちが自分で行くしか無い。階梯を少しでも上げながら行けるところまで向かう。多人数の軍隊より少数の方が良い場合だってきっとある。


 すると俺たちの話を聞いていたディグリー将軍は困ったようにため息をつく。


「……良いか、悪いことは言わん。決して2人で階梯をあげようとか考えるのはやめるんだ。君たちのように力のある精霊の守護を貰った人間は、階梯が上がる際の能力の上がり方も大きいんだ。それこそ半日近く意識を失うようなことだって在るんだ」

「意識を……」

「そうだ、2人ともまだ階梯は上がっていないんだろ? 聞いていると思うが初めの1つ2つは割と上がりやすいんだ。その中で下手に2人同時に上がってでもしてみろ。2人して意識を失っている間に食われることになる」

「なっ……そんな……」


 驚く俺たちの反応を見てディグリーは頭を掻きながら顔をしかめる。


「ふう……本当にそのつもりだったのか……」

「……はい」

「……仕方ない……あまり勧めるつもりは無かったんだが……」


 そういうとディグリーは神官に手紙を書きたいから紙とペンを持ってくるように頼む。


「デュラム州軍を紹介しよう」

「州軍……ですか?」

「ああ……だが、デュラム州自体はほとんど形骸化しちまってるからな、軍としてきっちり存在しているような状態じゃないんだ」

「それでも、軍はあるんですか?」

「軍と言っていいか……あいつらは、少しでも魔物を間引こうと日々森に入り魔物を狩り続けてる。ほとんどパルチザンみたいな連中だ。軍隊のような正規に訓練をしているわけでもない。開拓地の冒険者に近いと思った方が良い」

「その……デュラム州軍なら?」

「わからん。だが、現地でお前らが強くなりたいなら手も貸してくれるだろう。デュラム州の地形にも詳しいから近くまで行くようなルートも持ってるかもしれない」


 ディグリーは投げやりの様に言い放つが、確かに話を聞いていると現地の人を紹介してもらった方がより現実的な気がした。


「桜木……どう思う?」

「良い話だと思う、鷹斗君が良いと思うなら……」

「今のところ、一番現実的な路線じゃないか?」

「うん……」


 2人の相談を聞いたディグリーが、それじゃあと、神官の持ってきた便せんにさらさらと何かを書き綴る。書き終わると封筒に入れ封を閉じる。


「だが……お前たちの思うようにいくかはわからないぞ」

「はい」

「奴らは正規の兵というより、モンスターパレードの遺児達が復讐のために集まってるような感じなんだ」

「わかってます」

「うん……街までは連邦軍の魔動車を出そう」

「え?」

「急ぐんだろ、乗り合いの馬車なんてそうそういいタイミングであるもんでもないしな」

「ありがとうございます!」


 ディグリーは、話が決まるとすぐに立ち上がり部屋から出ていく。俺たちにはここに迎えをやるから待っていろという。しばらく応接室で待っていると、先程の神官の人が俺たちに1つづつ携帯食のパックを持ってきてくれた。理由を聞くと、天空神殿から俺たちが先生に渡してしまったため携帯食を持っていない事が伝えられ、ここの神殿のストックを渡すようにと指示されたらしい。


「何から何までありがとうございます」

「いえ、全てうまく行きますよう。私どもの神にお祈りいたします。どうかご無事で」

「はい」


 桜木も、こんな手厚くしてもらえていることに感激しているようでしきりに礼を言っている。やがて魔動車がやってくると神官の人たちが玄関で見送りをしてくれる。どうぞとお弁当まで渡され、俺達は魔動車に乗り込んだ。


 魔動車というのはおそらく地球にあるような魔道具により発生する円運動をギアやシャフトなどでタイヤに伝え走るようなシステムで動くらしい、見た目は昔の蒸気自動車の様なだいぶクラシカルな形をしていた。

 それでも、まだ一般に出回るような物でもないらしくここら辺だと軍隊で所持している分が在るくらいらしい。


 魔動車には軍人の運転手が1人乗っていた。流石にディグリーは将軍でも有り後は部下が俺たちをデュラム州まで連れてってくれるようだ。初めて神殿から出た俺達は、初めてこの世界の街を目の当たりにする。

 以前何度か読んだ異世界転生物の小説のように中世的な世界を想像していたが、そのイメージとは少し違った。

 道路はアスファルトで舗装してあり、建物の壁面はレンガとかよりコンクリートの様な素材に見える。それでいて建物のデザインは、どことなく中世感もあり、だいぶちぐはぐに感じた。西洋の時代は詳しくはないが時代的には産業革命などのような時代に近いのかもしれない。


 俺も桜木も、魔動車の窓からその不思議な光景に釘付けになっていた。


「お嬢ちゃんたち、それじゃあ出発するぜい。そこのバーにちゃんと掴まってな」

「あ、はい」


 ぶっきらぼうに運転手さんが後ろを向いて話しかけてくる。魔動車の人が乗る場所は馬車のように向かい合って4人ほど座れるようになっている。俺たちは前を向いて2人で並んで座った。



 ガタゴトガタゴト……。


 道はアスファルトで舗装してあると言っても、日本のようにピタッと真っ平らに出来ているわけでな無いようだ。おそらくサスペンションも日本の車のように上手く衝撃を吸収できている訳では無いようだ。俺たちは走り出すとその乗り心地に閉口する。運転手さんがお尻にクッションを引いている理由も分かる。


「こ、これは……酷いね」

「う、うん……でも、しょうがない……のかな?」

「ははは。車酔いは大丈夫? 俺は酔ったこと無いから問題ないと思うんだけど」

「私も大丈夫。でも、あっ。ごめんなさいぶつかっちゃって」

「きにしないでっ。まあ、このバーがなんでこんなガッシリ付いているんだろう、って思ったけど。確かにこういうのにギュッと掴まってないと、厳しいね」

「うん」


 スピードはそこそこ出ているようだ。それだけにこれだけ揺れるのだろうが。当の運転手はこんな揺れなんて、とばかりに鼻歌交じりに運転をしている。


 状況はそこまで芳しくは無いが、これだけ周りの人達に手伝ってもらえている。なんだか俺たちはいい方向に歯車が回っているように感じる。少しだけポジティブな気持ちで街を出発した。

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