第33話 道中 ~仁科桜木~
道はアスファルトと言っても車線が引いてあるとかでもなければ、きっちり真っ直ぐというわけでもない。石畳の代わりにアスファルトを敷いていると言った感じなのだろう。揺れ続ける車内で、桜木と必死に堪えていた。
当初、俺達はドゥードゥルバレーに向かっているものだと思っていたが、どうやら違うらしい。もう少し手前にデュラム州の残された都市の中では最大規模のヴァーヅルという街があるといい、そこにデュラム州軍の本部があるという。
最大規模と言っても今回俺たちが来たスペルト州都と比べればだいぶ小規模では在るらしいが、ヴァーヅルはもともとはモンスターが迫り最後に人々が立てこもって守りきった象徴的な街ということだった。
「ピークスさん! あとどのくらいで着きそうです?」
「ん~? あ~。まあ明日の昼くらいかねい。あっという間さあ」
「え? 明日?」
「そりゃ州超えるからねえ、そんな近くじゃねえさあ」
「そうなんですね……あのできればお昼とかどこかに寄るか出来れば……」
「おう? 良いぜい。これだけ揺れた車の中じゃ飯も吹っ飛んじまうよな! はっはっはっ」
豪快だ。それでいて屈託のない付き合いやすそうな人だ。昼飯を食べるために、良さそうな場所で止まってくれることにはなったが、食事云々より、一度車から降りてお尻を冷やしたいところだ。桜木もそれには同意見らしく、顔がなんとも言えない微妙な表情になっている。
それにしても二日かかるのか。異世界ファンタジーを読んでると確かに日本のような交通インフラが整っていない世界だと、普通に移動に時間のかかる描写があったが。実際にそのくらいかかるのだろう。
魔動車のスピードはどのくらいだろうか、日本の車の様に100キロとか出せる訳ではない、せいぜい40〜50キロと言った感じだろうか、スペルトの街を抜けるとそのまま道沿いに草原の中を進んでいく。
「もし魔物が出てきたら、魔法でもぶっ放してくれやい」
「え? 魔物が出るんですか?」
「まあ、多くは無いがねえ、たまにここら辺でも出ることはあるぜい」
魔物……確かに街が城壁のような壁に覆われていたことを考えると、近隣にも魔物が居るのかもしれない。それでも運転手のピークスさんの飄々とした様子を見れば、そうそう問題になるような事は無いのだろうと思うが。
「魔法ぶっ放すって言っても、俺は無理だしなあ。桜木よろしくな」
「え? 私が?」
「だって、桜木の精霊って魔法特化だろ?」
「ん、まあ、そうだね、でも鷹斗君だって魔法特化でしょ?」
「俺は優しい癒し系魔法の人だからさ。攻撃魔法はちょっと無理だな」
「ぶー。なんか私やばい感じじゃん」
「やばくないさ、期待してるんだよ」
俺はかなり回復魔法に特化した精霊の様で魔法の適正でも一般的な攻撃魔法は無理だろうと言われた。それでもちょっとした生活魔法は使えるので私生活での苦労はなさそうだが。横に座る桜木を守護する聖霊はかなりの大物らしい。ルキアという精霊は天戴とよばれる存在だ。
ルキアは光の属性の魔法を司る精霊という。神民登録をする前に属性などを調べる検査をしたのだが、桜木が光の属性を測る珠を触った時の光り方がやばかった。検査をしていた神官が思わず声を出すほどだ。堂本先輩の様にどの珠を触ってもまばゆい光をするというのもヤバいとは思うが、特化することでその属性に関する光り方は天現と呼ばれるクレドールの守護を得た堂本先輩のそれを凌駕していた。
その桜木はシャイニングアローと呼ばれる、光の矢を放つ魔法を使える。慣れていけば色々な用法があるらしいが攻撃魔法を持たない俺にとってはうらやましい限りだ。その代わり高校に入ってから剣道を始めたという桜木は、まだ剣道も初心者であったためか、俺たちの中で唯一<剣術>スキルを持たなかった。2人で魔物と戦うなら俺が前衛で、桜木が後衛という事になるのか。
いやでも、回復職だよなあ。おれ。
魔物の出現に緊張してはいたが、特に何もなく街道を進み、魔動車は村に入っていく。道中にもすれ違ったが基本的にこの世界の移動はまだ魔獣車などが多い。馬では無く魔物の獣が荷車を牽いているのだ。
魔動車は村に入るとすぐに馬車や騎獣などがおかれるスペースがあり、そこに適当に車を突っ込む。
「じゃ、ここで休むかねい」
「あ、はい。あれ。ピークスさんはお昼は……」
「村の食堂でもよるわい。兄ちゃんたちは弁当貰ってたろ? 車の中ででも食ってろい」
「ありがとうございます」
そういうとピークスさんは車のカギを掛けるわけでもなくそのまま村の中に入っていく。なんか買い物に行きたければ行って来いと言われるが、このまま出て行っていいものかも不安になる。
「でも、みんな優しいよね」
「ん? そうだね」
「鷹斗君もだよ?」
「はは、まあ、優しい回復職だからね」
食事が終わると村の中を2人で少し歩いてみることにする。というのも。お尻が痛すぎるのだ。ピークスさんみたいな座布団でもあればと商店街のような処に行ってみる。
「先生を助けるためにって状態で不謹慎かもしれないけどさ……」
「うん……たぶん言いたいこと解る」
「ちょっとワクワクしちゃうな」
「うん」
見たこともない世界、見たこともない村。チラッと見たスペルトの州都と比べると規模も小さいし、人も多くは無いが、色んな人種の混在するような世界に少し心が高揚してしまう。
天空神殿のミレーさんは耳がぴょんと長くて、初めはみんな「エルフだ!」と騒いでいたが、僕たちがファンタジーで見るようなエルフとは違うらしい。地球以外の「エルヴィス」という世界からの転移者の血が濃く流れていると言っていた。発音もなんとなく近い感じがして、やっぱり僕の中ではエルフに見えてしまう。
オークと言ってもいいような大柄な人種や、僕ら人間にそっくりな人種、ビール樽みたいな人種。色々な人種が入り乱れている。色々な世界から転移者が来ると言っていたがホントなんだなあと納得させられる。
俺たちは布団などが売っている店を訪れ、それぞれひとつづつ座布団を購入した。その後桜木はドライフルーツの様な物が並ぶ露天で、おやつを購入したりしていた。寄ったのはそれだけだったが、だいぶ気分転換にはなった。
車に戻るとすでにピークスさんが俺たちを待っていた。
「すいません、お待たせしました」
「良いよ良いよ。お、ぶっはっは。クッション買ったねい」
「ははは」
その後も日が暮れる前に寄った村で一泊する。クッションでだいぶ楽にはなったがそれでもお尻がひりひりする。
小さい村で宿のない村だったが、そういう村では村の教会で雑魚寝のように止まらせてもらえる。それでも小さな食堂はあったため夕飯を食べると教会で三人で寝かせてもらった。
翌日早くに出た俺たちは、昼頃にようやくヴァーヅルに到着した。
ヴァーヅルの街は見るからに城塞都市と言った武骨な景観の街で、ここまで通ってきた村と明らかに様相が違う。街につくと俺たちは車から降りて街の中に入っていく。ピークスさんが州軍の本部まで案内してくれるという。
「ここだい」
そこは城壁に組み込まれるように、壁際にたてられた武骨な建物だった。入り口の上には大きな木の板が張られてあり『祖国の地を魔物の血で染めろ』と殴り書きがされていた。
ピークスさんがドアをノックをすると、しばらくして髭だらけの背の低いおじさんがにゅっと顔を出した。
「ん? なんだ?」
「連邦軍のピークスだい。新しい転移者を連れてきたんだ。将軍はいるか?」
「転移者だと? ……ガキじゃねえか、使えるのか?」
髭もじゃのおじさんが胡散臭そうな目で俺たちを見る。
「天戴だぞ? 使えるどころじゃねえだろい」
「は? て、天戴??? そりゃ……なんでまたこんなところに」
「良いから将軍呼べよい。話はそこからだい」
「お、おう」
慌てたように中に入っていったおじさんはすぐに戻ってきて俺たちを建物の中に招き入れた。
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