第31話 スペルト州都 ~仁科

 ――ホジキン連邦 スペルト州都


 ギャッラブルー神殿のあったデュラム州に一番近い神殿ということで、俺、仁科鷹斗と桜木美希はホジキン連邦のスペルト州都にあるスペルト神殿へと転移をした。



「ようこそスペルト州へ」


 神殿の受け入れ陣のある部屋に飛ぶとすぐに神官達がやってきて迎え入れてくれる、そのまま豪勢な応接室へと案内された。まるで歓迎されるようなその態度に慣れない俺たちは戸惑っていた。



「この神殿に天戴の守護を持つ方を迎えられたのは私がここに務めて以来初めてでございます」


 なるほど、宗教関係者ならそういうところで特別扱いも在るのかと納得する。確かに桜木の守護精霊はかなりの位の精霊だと聞く。俺は少し肩身の狭い思いをしたが、俺のノットという守護精霊は桜木より三階位も下がる五位ながら、この精霊の守護を得たものは回復系の魔法に優れる。そしてこの世界では、回復系の使い手はどこへ行っても優遇されるという事で階位以上にもてはやされた。

 実際五位と言っても上位精霊と呼ばれる為、それだけでも評価は貰えるのだが。


「スペルト州でもホジキン連邦でも、あなた方を歓迎するでしょう」

「すいません。私達はその……こちらの国に所属するためにここを選んだのでは無いんです」

「ぬ? ……それは……商家とか、冒険者などですか?」


 少し興奮気味で神官が俺たちの希望を聞いてくるので、俺は桜木と困ったように目を合わせる。それでもと俺が答えると、神官も予想外の答えに困惑気味に聞き返してきた。俺たちにはあまりゆっくりするような余裕が無かったが、天空神殿で起こったハプニングの話をし、そこに飛ばされた仲間を助けに行きたい事を伝えた。


「ギャッラブルー神殿……ですか? いや……しかしそれは……」

「その、例えば冒険者ギルドで救助の人員を募るとか、そういうのは」

「……おそらく厳しいでしょう。もともとあの地方はそこまで強い魔物が居た場所では無かったのですが、モンスターパレード以降、かなりの上位ランクの魔物が棲むようになってしまって……ホジキン連邦でも領土の奪還を目指してはいるのですが……」

「……そうですか」

「あ、しかし、私ども神官ではそこまで現場の状況に詳しいわけでは無いので、一度お部屋でお休みいただいて――」

「すいません。地図とか見させてもらってもよろしいですか?」

「地図……ですか?」

「はい、天空神殿で貰った地図は大まかなものでしたので、細かいのが分ればと」

「わ、わかりました。少々お待ち下さい」


 神官で出ていくと、応接室には2人きりになる。俺も桜木も実際のところまだ高校一年だ。こうやって大人を相手にすることにストレスも感じる。ただ、楠木先生と君島先輩を助けたいという思いが俺を強気にさせていた。


「鷹斗君……ありがとうね」

「ん? 何が?」

「だって……私一人だったらこっちに飛んできてもどうして良いか分からなかったと思うの」

「うーん。まあ。俺だって楠木先生は担任の先生なんだ。放っておけないのは一緒だよ」

「うん……」

「きっとすぐには動けない。だけど焦らず行こう。俺、先生はなんとなくやれる人だと思うんだ」

「やれる人?」

「ああ、剣道は素人だったけど居合に関しては何処かに習いに行っていた訳じゃないらしいんだ。自分の家に伝わる家伝の流派だって言うんだぜ。一子相伝の北斗ほにゃららみたいな流派かもしれないし。きっと……なんとかしてくれるって」

「うん……君島先輩だって、大会じゃ負けたけどあれ、絶対判定おかしいと思うのっ! それで相手は優勝でしょ? 堂本先輩みたいに絶対強いんだからっ!」

「そうだな……俺達は俺達で出来ることを考えよう」

「うん!」



 その後地図を持ってきた神官から説明を受ける。

 50年前のモンスターパレードでデュラム州の大部分が失われた。デュラム州は州都ギャッラブルーの近くに大陸随一のミスリル鉱山が在り、そこを中心として発達した街だった。モンスターパレードのきっかけが鉱山からという噂もあり、何かまずいものを掘り出してしまったのではと考える学者も居たが現地に入れない以上詳しい原因は判明されていない。


 現在もデュラム州は存続はしているが、数個の街や村だけが残っているような状態であり、連邦としては隣接するスペルト州に組み込むという話まで出たという。だが、デュラム州の生き残りの人たちが自分たちの土地を取り戻す夢を捨てきれず、話は進んでいない。


 領地の奪還には本来なら連邦全体で動くべきなのだが、隣接するジーべ王国や、リガーランド共和国との関係がそこまで良いわけでもなく、なかなか連邦軍を安易に動かせない状態だった。それにまして連邦国内の各州もそこまで完璧に纏まってると言い難い背景も在る。


 ただ、モンスターパレード当時はかなり浅部まで上級クラスのモンスターがあふれていたというが、50年の間に次第に浅部の魔物のグレードが弱くなってきている事もあるらしい。おかげでここ10年程の間に少し奪還も進み始めデュラム州軍も少しづつ活気が出てきているようだ。


 一通りのモンスターパレードによる被害の話を聞くと、今度は地図を開き現在地とギャッラブルーの位置関係についての説明も聞く。


「ここ、ドゥードゥルバレーがギャッラブルーからは一番近い村になっております」


 ドゥードゥルバレーはギャッラブルーから流れて来る川の下流に位置する街だった。領土奪還の前線基地にもなっており、ここを中心に魔物を遮断する壁も作られているという。

 このスペルト州の神殿からはそれでも数十キロの距離はあるようだ。



 説明を聞いているとドアがノックされる。「少々お待ちください」と神官が部屋から出て行く。そしてドアの前で何か話しているのが聞こえた。なんだろうと思っていると、やがて神官が1人の武人の様な男と部屋に戻ってきた。


「桜木様、仁科様、彼は連邦軍のディグリー将軍です。スペルト州の駐在軍の責任者でございます」

「連邦軍の? ディグリー将軍……様、ですか」

「ディグリーで構わない。連絡を受けて私達の打診に答えていただいたのかと思ったのだが、どうやら違ったようだね」

「は、はい……申し訳有りません」

「いや、一緒にこの世界に来た仲間が魔物の巣窟に飛ばされたんだ、当然だろう」

「はい……」


 おそらく2人がこの神殿に転移してきて、神官の誰かが将軍に伝えたのだろう。こんなにも早く駆けつけてきたのはおそらく無理もしている。だが来てみれば2人は国には所属するつもりがないという。不機嫌になってもおかしくない状態なのに、将軍はそんな素振りを全く見せなかった。


「流石に転移者2人だけのために多くの犠牲を払って軍を動かすというのは無理だな」

「例えば、その後僕と桜木の2人が連邦軍に入るという約束をしたとすれば……」

「それでも無理だ。2人の人材としての可能性は認めるが、それ以上に我々の兵士の死傷者が出てしまうだろう。それに話を聞く限り現地に飛ばされた2人はまだ階梯も上がっていない。とてもじゃないがあの地で何日も生き延びられるとは……考えにくい」

「……」

「そんなに……」

「この50年我々も何もしなかったわけじゃないんだ。だんだんと魔物の強さが落ちているデュラム州の土地だって少しだが取り返してはいる。だが、ある程度深部に行くと、まだまだ魔物の強さが跳ね上がるんだ」

「それが上級クラスの魔物だと」

「そうだ、パレード発生初期の要人の救出作戦では一個師団が現地に向かって、全滅もしている」

「そんなに……」

「それほどなんだ、上級クラスの魔物というのは。異世界からやってきたばかりの君たちにはなかなかイメージ出来ない話だろうがな」

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