第26話 目が覚めて

「んっ……?」


 なんだろう、良い匂いがする……ここは? 柔らかいクッションに身を沈めるような安心感に再び眠りそうになる。……ん? このすべすべしたのはなんだ? この吸いつくようなさわり心地……なんとも言えない気持ちよさがある。目を閉じたまま、スベスベと感触を楽しみながら頬をつける。


 いい……。


 そのまましばらく、微睡の中で俺を抱えるを何気なくさすっていた。


 !?


 腕!!!


 誰の???


 ぼやけた意識の中でどんどんと紐が繋がっていき、嫌な予感が現実として膨らんでいく。……まさか。

 さらに先ほどまでの状況が頭をよぎる。俺は完全に目が覚め慌てて起き上がろうとする。


 んぐっ!


 起き上がろうとした瞬間に後ろから俺を抱えていた腕にグッと力が入り俺は立ち上がるのをに失敗した。


 きっ君島??? この時、ようやく自分が君島に寄り掛かるように寝ていたことに気が付きパニックに陥っていた。スベスベして気持ちいい……じゃねえよっ! 横目に君島も怒ったように口を真一文字に結び、真っ赤な顔で視線を外しているのが見えた。慌てて謝ろうと口を開いたとき、今度は「シッ」と抑えていた手が口をふさぐ。


「ブルル」


 その時、少し離れたところで魔物の鼻を鳴らすような声が聞こえた。口をふさがれた理由をさとり、すぐに抵抗を辞める。


 俺が黙ったのを確認すると、目の前に茂る葉っぱの隙間をそっと開けるように君島が指を伸ばす。少し離れたところに、あのカバのような魔物が居るようだった。それを見せようとしたのだろう、すぐに開いた隙間を閉じ、再び俺を抱きかかえるようにする。


 ドキッドキッ……。


 目の前の魔物のせいか、君島の体温がそうするのか、俺は黙ったまま心臓の鼓動を感じていた。どうやら魔物は俺たちに気が付いていないようだ。君島もこのままやり過ごすつもりなのだろう。


 ポツ……ポツ……。


 しばらくじっとしていると、目が覚めた時には止んでいた雨が再び降りだす。葉に当たる雨音を聞きながら、俺たちを覆っている葉に目をやる。それにしてもこの重ね方には関心する。瓦の様にうまい具合に重なり、水が内側に垂れてこないようになっていた。


 ……。


 ドキッドキッ……。


 滝もすぐ近くにあり、滝壺を打つ水流の音もかなりの大きさだ。それでも、俺はこの鼓動の音が、君島に悟られないようにと必死に深呼吸を繰り返す。一向に収まる気配がない中、だんだんと恥ずかしくも惨めな気持ちにもなる。こんなの普通は逆だろう。何で俺が女性に後ろから抱きしめられるような状態になっているのだ。





 ……俺たちが滝から落ちるとき。渾身の魔力を込めた抜刀で、今までとは違う異常な量の魔力が消費されたのは感じた。あの時は地下水脈にしばらく居たため、魔力は完全に戻っていたはずだ。それがすべて、あの抜刀で消費されたんだ。しかも気絶するほど、完全に使い果たすほどに……。


 それでも、こうして生きているという事は、俺は成功させたんだろう。しかしあの後そのまま滝つぼに落ちたはずだ。そこからここまで……君島にはやはり助けてもらいっぱなしだな。助けに来た俺が、むしろ助けられているなんてみっともない……。


 これはセクハラになってしまうのだろうか……。


 なんとなく走り出したいような気持ちになるが。流石に今はじっとしているしか無い。俺たちはジッと魔物が去るのを待ち続けた。


 ……。


 ……。



「そろそろ……大丈夫そうか?」

「もう少し……このままでも」

「ん? え? んん?」

「ふふふ、冗談です」

「お、おお。そうだよな。うん……まあ……その……なんだ」

「はい?」

「すまん」

「……何が……ですか?」

「え? いや。その……」


 魔物の気配が消えるまで、一時間程じっとしていたのだろう。それも、生徒と密着したまま……俺はなんとも言い難い罪悪感やら、恥ずかしいやら、尊いやら、ごちゃまぜな感情に苛まされる。

 だが当の君島は全く気にしていなといった顔で俺に笑いかける。


「先生、流石に服がビショビショですから着替えたいですね。風邪……引いちゃいそうです」

「お、おお。そうだな……俺も着替えたほうが良さそうだな。……ああ、俺は外に出るな」

「はい。すいません」

「いや。問題ない」


 外に出てザックを開ける。あれ程の濁流に飲まれながらもザックの中は全然水が入っていない。これも……魔法の効果なのだろうか。


 少し葉っぱのテントから見えない場所に移動してから、腰の帯と刀も外し、服を脱ぐ。そしてそのままザックに入っていた乾いた服に着替える。なにげに濡れた服を着続けていた為体がだいぶ冷えてしまってる。君島に接していた背中だけは異様に熱を感じていたが……。


 やはり乾いた服を身にまとうだけでもかなりホッとする。


 濡れた服をとりあえず絞って少しでもと水を絞り出す。雨は止んだとはいえ、日は雲の中だ。干すことも出来ない。少し悩んだがとりあえず近くの石の上に濡れた服を置く。チラッと君島が作った葉っぱのテントを振り返る。確かにこれだったら魔物もそこに人間が居ることに気が付かないだろう。驚くくらいの完成度だ。


 水筒の水を飲み、地図を見ながらルートを悩む。地図にはきっとこの川と思われる線が描かれている。川沿いに行けばどうやら行けそうな気もするが、古い街道もおそらくあると思うのでそこを見つけていくのが良いのかもしれない。周りの様子を伺いながら考えていると、着がえ終えた君島が葉っぱのテントから出てきた。


「着替えるとさっぱりとしますね」

「あ、ああ。さすがに濡れたままの服はキツイな」


 テントから出てきた君島の姿に再び心臓の鼓動が脈打つのを感じる。俺は必死に何事もないように対応を心掛ける。


 君島も俺もこの世界でもらった服だ。俺のシャツは小日向に焦がされてしまったし、スラックスもこういうところを歩くのには伸縮性に難があり不向きだ。君島はたしか閉会式に出るために剣道着を身に着けていたが、こちらの世界で道着を着ている生徒は居なかった。道着も私服としては着にくいのだろう。


 時間的にはどのくらいだろうか。太陽の傾きを見るとあと1~2時間で日が暮れ始めそうだ。


「どうしようか……歩き始めるには時間が微妙か?」

「……そう、ですね。ここで今日は休みます?」

「少しでも前には進みたいが……」

「ここは滝の音もあるので、私達の音も気が付かれにくいと思うんです」

「なるほど……そうだな。今日は休むか」


 たしかに焦って歩いて、夜に隠れる場所が見つからないなんて話も怖い。体力もだいぶ消費しているのは確かだ。魔力は……まだ心もとない。君島の意見に従い休むことにする。


 ふと君島の姿をみて、違和感に気がつく。あんな滝に落ちてよく槍を落とさなかったな……というか、槍持ってたか? 地下水路で暗い中俺の後ろをずっと歩いていたためそこら辺の記憶が怪しい。


「そういえば君島、今朝地下水脈を歩いているとき槍もってたか?」

「あ、カバンの中に仕舞っていたんです。魔法の方に集中しようかと思って」

「カバンの中? 槍が?」

「あ、このカバンは魔法の道具なので、結構なんでも入るんですよ?」

「た、確かにそう聞いていたが……そんな長いものが……」


 俺は少し考えて、小太刀を腰から取りザックの中に仕舞うことにした。ふむふむ、確かに普通に入ってしまう。魔法ってやつは滅茶苦茶だな……。


 君島も天空神殿で、俺と同じように試し斬り用の瓜に魔力を通して、武器にどのくらいの魔力を纏えるかという練習も行ったらしい。中級のそんな強くない魔物なら行けそうだと言われたという。確かここには上級の魔物もうろついている事を考えると、槍はかなり場所を取るし逃げるには邪魔になるのかもしれない。


 それにしても、俺よりずっと多い君島の魔力量でも中級の下の方になるのか? 俺も確か抜身での試験では同じような感じだったと思う。そう考えると俺の居合での集中は異常かもしれない。

 そのかわり抜刀できる回数も、最大2回しか出来ない。それどころか風の魔法を纏わせた居合は1発で気絶をするほどだった。きっともっと修行を積んで階梯とやらを上げないとちゃんと使えないのだろう。


 ……もう少し、魔力量をコントロール出来れば良いんだろうけどな。そんなことも考えてしまう。

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