第25話 滝
くっそ。くっそ。結局俺のせいで!
水の中に落ちる前になんとか君島を抱きしめる。君島も両手でグッと俺にしがみついてくる。そのまま俺たちは濁流に飲み込まれ、何も出来ずに流れていく。
水の災害時の倒木やらゴミやらが混じった濁流でなかったのがせめてもの救いか。水の流れだけでなにかにぶつかったりする事無く水流に弄ばれる。
息が限界に達しようとした頃、水路の合流による流れの乱れが無くなり、流れが素直になった、川下に向かって流れるような水流にかわる。
「ぶっはっ!!!」
「ぷはぁ!」
俺たちは流されながらもなんとか呼吸を確保する。まず目の前の最悪の事態は避けられたのだろうか。流れは早いながらも淀みはない。人が創った水路だからこそなのかもしれないが……。
それにしてもこの水路どこまで続くのだろうか……。普通に川に合流するだけならまだましかも知れない。この山間部だ……まさか……いや、やめよう。
……くっそ、やめていいのか? 何が来ても対応できるように考るべきかもしれない。
呼吸が取れるようになり、少し余裕が出来て君島の様子を伺う。君島も泳ぎは大丈夫なのだろう、両手はぐっと俺を掴んだままだがちゃんと顔を水から出すように呼吸もできてる。パニックには成ってない。
「みっ水の魔法で、何かっ。できないか?」
「今っ。沈まないようにっ。やってますがっ。それ以上はっ」
な……ぐっ。妙に呼吸が楽だと思ったが、すでに君島がやってくれてたのか。何もできないで流されているだけの俺とは違う。つくづく頼りになる。助かる。
やがて先の方に光りが見えてくる。地下水路の終わりか。この先はどうなっているんだ? 広い川にでも出れば流れも緩やかになると思うのだが……。
流れの中、この先の事を常に考え続ける。遠くと思った地下水路の出口もあっという間に近づいてくる。全ての水路が合流しているんだ。水量も多ければ流れの速さも通常以上だろう。
そして俺たちはバッと洞窟から出る。その明るさに目が眩む。
……。
まだ雨は降っている。曇天のために明るさも弱めだったが、洞窟内との光量の差は大きい。流石に目が慣れるまでに少しかかる。それにしても……君島のおかげで水から顔を出したままいられるというのが本当に助かる。慣れてきた目で周りの状況も比較的楽に確認出来る。
……。
……最悪だ。
周りの景色。途切れて見えない川の先……。
……滝だ。間違いない。
君島も気が付いたのだろう、はっと息をのみグッと手に力が入る。
「君島。絶対離すなよ!」
「はい」
「足も使って俺をぎっちり挟み込めっ」
くっそ。やってやる。やってやる。
前からギュッと君島がしがみつくが、さすがほっそりとした体型だ。なんとか右手が刀の柄を握れる。左手でぐっとさやを掴む。
俺には居合しか無い。
水に流されながらも意識を刀に同調させていく。よし。大丈夫だ。 集中出来る。周りの水の流れが妙にはっきりと感じられ始める。しがみつく君島の鼓動も。魔力が途切れず流れ水流に飲まれぬよう調整してくれているもの感じられる。
……俺だって。
カリマーさんに教わった風の魔法。それを腰の刀に染み込ませていくイメージだ。
急流は否が応でも俺たちを追い詰めていく。躊躇する間もなくすぐに滝が目の前にやってくる。そして流れの勢いのまま俺たちは空に放たれた。
まだ…………まだ……。
風を全身に受けながら状況を確認する。予想以上に高い滝。下にはでかい滝壺と池が見える。確か飛び込みの選手で10mの高さで1トン近い衝撃が有るというのを見たことがある。ここは……10mどころじゃない。30m近くありそうだ……。
駄目だ!!!
高さを実感した途端に高所恐怖症の症状が頭をもたげる。うぅおぁ。駄目だ。無理だ。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
恐怖のあまり集中が切れかかる、目も閉じ、柄から手を離しそうになる中。腕の中で君島の声に気がつく。
「先生!」
!!!
「君島ぁあああ!!!」
無意識のうちに俺は、すがりつき、しがみつく生徒の名前を叫ぶ。くっそ。怖いのは俺だけじゃない。
宙に放たれた俺たちは、すぐに重力に引かれて落ち始める。迷っている暇は無い。すぐに俺は態勢を整え下に向けて居合を放てるように調整する。相手は空気。そして重力。恐怖。自分。
……しまった。君島が下になってしまう。背中からしがみついてもらえばよかった……。
ふと、そんな事を考えるがもうやるしか無い。失敗すれば、君島に着水時の衝撃が集まる。成功しか道は無い。
鯉口を切り、タイミングを計る。
水面が間近に迫る中、引き絞られた弓が放たれるように、俺は一気に抜刀した。
ブゥオオオオ!!!
抜刀と供に暴風が下に向かって放たれる。刀の振られた筋に合わせ滝壺の水がまっぷたつに割れ、湖底まで露わになる。
凄い、これなら……いや! くっ! やばいっ。このまま地面にぶつかる???
クラッ……
突如猛烈な眩暈に襲われる。消えそうな意識の中、せめて俺が下にと必死に体位を君島と変わるようにもがく。次の瞬間、爆発にも近い風がクッションのように2人を包み、一瞬ふわりと空中に浮く感覚を受ける。
!!!
……そのまま割れた水が戻るその波の中に2人は飲み込まれていった。
◇◇◇
~君島結月~
先に滝がある。
そんな絶望的な状況で私にはどうしていいか解らなかった。だけど先生が「離すなよ!」と確信を持って叫んだ。こういうときの先生は絶対大丈夫だ。そう思えた。
今は目の前の先生を信じる事が私のできる事。
滝から2人が放たれた時も、私には先生を信じてがむしゃらにしがみつくしか無かった。
それでも後ろも見えない中、私はあまりの恐怖に目を閉じ、ただただ自然落下の中、「先生!」と叫ぶのが精一杯だった。それに応えてくれたのだろう「君島!」という先生の声が聞こえた。
私はその声に、再び大丈夫だと確信する。その直後、しがみつく先生の中から凝縮した魔力が放たれるのを感じた。
先生の胸に顔をうずめ目を閉じていた為、その時に何が起こったかは分からなかった。ただ、ものすごい暴風が吹き荒れ、2人の体が一瞬浮いたように感じた。
そのまま大した衝撃もなくまた水の中に落ちる。おそらく何らかの事を先生がしてくれたのだと思うのだが……。
「先生? 先生?」
水に落ちてからすぐさま水魔法で無理やり水流を作り私達2人を浮き上がらす。しかし、先生は気を失ったまま目を閉じていた。滝壺は広い湖の様になっていた。そのせいだろうか。今まで流されていたような強い水流が無かったためなんとか私は岸までたどり着くことが出来た。
この世界に来て「神の光」というのを浴びたせいか、私は少し筋力なども増えている。岸になんとか先生を持ち上げ、私も水から出る。
慌てて先生の状態を確認するが呼吸もちゃんとしていた。良かった......。
水がかからない崖の下まで先生を運び、木の魔法で周りから見えないようにする。
先生の言うように、この魔法はすごく便利な魔法だ。葉っぱの位置を調整することで雨水も上手くしのげる。
……また、助けてもらっちゃった。
先生の体を後ろから抱きかかえるように抱きしめる。水で冷えた体を少しでも温めたほうが良いかもしれない。
ポツポツポツ。
葉っぱに落ちる雨音を聞きながら。
私は先生をギュッと温めながら目覚めるのを待った。
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