第23話 地下水路
バチャン!!!
穴はそれなりの深さが有った。水もそこまで溜まっているわけじゃなかった為かなりの衝撃を受ける。
「うぐっ……」
「先生!」
もう一つの穴から先に飛び込んだ君島が近づいてくる。良かったやっぱり、繋がっていた。君島との合流は嬉しいが、上を見ると魔物たちが穴に鼻の穴を押し付けて「グルグル」と唸っている。痛む尻を必死に我慢をして立ち上がる。
「とりあえずここから離れよう」
足も少し痛めたかもしれない。俺は少し足を引きずりながらその場から逃げ出す。
穴からは魔物が入ってこれないようだ。しばらく先へ進んでいくと魔物の音も遠ざかり、聞こえなくなる。俺たちはようやく一息つき少し高くなって濡れていない場所で腰を落ち着ける。
「ここは、なんなんですか?」
あたりを見回しながら君島が聞いてくる。そうか、君島は気が付いていないか。
「おそらくだが、下水だ」
「え? 下水。ですか?」
君島が慌ててお尻を浮かして立ち上がろうとする。
「大丈夫、そんな汚くないと思うぞ、50年間誰もこの街で用をしていない、綺麗なものだろう」
「そ、そう……ですか?」
「50年間でさっきの君島のトイ――」
「先生」
余計な事を口走ってしまったようだ。氷の様に冷たい君島の声が俺の言葉に楔をさしこむ。
「あ、ああ……す、すまん。……ほ、ほら」
「なんですか?」
「み、見てみろ。この空洞の大きさ。梅雨のような雨季があればおそらくかなり増水するんだろう。そんなのが50年も経っていればみんな流されているさ」
「……そうですね……でも良くわかりましたね」
「ああ、君島がトイレを探しているときに中を覗いただろ? 下の方がチョロチョロと水が流れていたんだ」
「あ……そういえば」
「で、歩きながら他の建物なども覗いて感じたのが、みんな同じ位置関係でトイレが設置してあったんだ」
「この水路沿いに、ですか」
「そう、上を見てみろ、この水路沿いに明かりが漏れてる穴があるだろ?」
「はい、全部……おトイレなんですね」
日本の水洗便所みたいなのを作るのではなく、街の計画として便が流れて行く水路を作り、その位置に合わせて建物を並べ街を作っているのだろう。考えてみれば物凄い規模の都市計画だ。
そして、見る限りトイレの穴が崩れて大きく開いている場所は無い。さっきの爆心地のようなクレーターがあったから何とか俺たちが入れる穴が開いたが、そうでなければこんなラッキーな逃げ道は見つからなかったっだろう。
「先生、足を見せてください」
「え? い、いや、大丈夫だ」
「ダメです。さっき引きずっていたじゃないですか」
君島に言われるまま、捻った足を見せる。
「少し、腫れてきていますね……」
君島はそういうと、俺の足首を両手でそっと包むように触れる。
「え、な、何?」
「木の魔法の応用で、人間の治癒力を高める事が出来るんです。回復関係は使えるなら覚えるべきだと言われて、神官の先生に教わったんです……」
「か、回復か? すごいな……」
「生体魔法を、仁科君が適正強かったんですけど、それと比べれば少し治るのが早くなる程度だとは思うんですけど……」
「いや、これだけでも十分助かる。なんか暖かいな」
「もう少し……先生が走れないと、逃げるに逃げれませんからね」
「ああ……そうだな。ありがとう」
それからしばらくの間、こうして治癒の魔法を施してもらう。こんな綺麗どころの女子高生に足首を触れられるのはいくら教師の俺でもどうしても意識が怪しくなる。チラッと俺の足首を癒している君島の方に目を向ければ、結いあげたせいでほっそりとしたうなじが嫌でも目に入る。
くっそ。これはこれで厳しい。
必死に視線をそらし。上にあるトイレの数を数える……それにしても少し日が陰ってきたのか。入ってくる光量も少なくなってきた。
「だ、だいぶいいんじゃないか? そろそろ」
「はい……どうですか、ちょっと立っていただいて」
「ああ、どれ……うん、おお。良い感じだ。ありがとう」
「良かった……」
大したものだ。小日向にやられた火傷の治療魔法とは根本的に違う感じがするが、これはこれで治癒を高めるというのは本当なのだろう。軽く跳んでも先ほどの痛みはもうない。確かに今の逃亡には足が健全なのが不可欠になる。
このころになると、元々薄暗い地下水脈だったが、トイレから入る明かりもほとんどなくなる。
「もう見えないな。このまま今日は寝よう」
それでも少しは腹を満たさないと、寝るに寝れないだろう。ザックの中にたしか懐中電灯のような魔道具があったはずだ。それをゴソゴソと出し灯りをともす。その光の下で携帯食のセットを開く。
「さっき半分齧った残りで良いか……」
7本入りのセットから、昼に半分食べた。君島も同じ感じだったのでそのまま残りを食べて今日の分にすることにした。走ったりと消費カロリーが大きいため本心ではもう少し食べてしまいたいが、いつ人里までたどり着くかもわからない。大事に食べるにこしたことはない。
カリッ……
「まあ、そんなうまいものじゃないが。コッテリはしてるな」
「そうですね……」
「これで飯バテするようだったらもう少し食べないとダメかもしれないけどな」
「飯バテ?」
まあ、飯バテって一般的に使われる言葉じゃないかもしれない。大学の時だったか、山岳部の友達に誘われて北アルプスの縦走をした時があったのだけど、その時に実際自分が体験した事だ。食事量が足りず、血糖値が下がって動けなくなる状態らしいのだが、確か登山用語だと言われた。
「飯バテ、ですか。でもこれって。味はともかく長靴いっぱい食べたいよって……奴ですかね」
「え? ははは。あの映画でも地下の方でそんな感じだったかもな」
「ふふふ。でも……本当にありがとうございます。先生が来てくれなかったら私、今頃……」
「まあ、それは……俺にも意地があるんだよ。お前らの顧問のままこの世界に来た。だからと言って顧問の責が外されたわけじゃないからな……」
「……あまり先生とはいままで話を……私たち皆ですけど……ごめんなさい」
「ん? 気にするな。教師なんてそんな仕事だと割り切ってるから、そんなことより先に寝ろ。一応どちらかは起きていた方が良い気がする。何かあったら起こすからな」
「はい、先生も眠くなったら私の事ちゃんと起してくださいよ」
「ああ、その時は頼むな」
冷たい石の上、壁に背中を付けての睡眠だ。ちゃんと寝れるわけじゃないが、それでも上の街の中と比べれば安心感がだいぶ違う。君島も疲れているのだろう、しばらくすると小さな寝息が聞こえてくる。離れるのが怖いのか、俺の右腕をぐっと掴んだままだ。
「ふぅ……」
詳細な地図だって解らない。この子をちゃんと無事に届けられるか。真っ暗な闇の中で俺は不安に押しつぶされそうになるのを、必死で耐えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます