第22話 逃げる道

 城壁を確認できる距離を保ちながら進んでいく。やがて先程の門より小さめの裏口のような門が見えた。


「門の前、魔物が居なそうですね」

「そうだな、でも慌てるなよ、何処に何が居るかわからないからな」


 ホッとして警戒を怠ってミスをするというのが怖い。ゆっくり警戒しながら門に近づいていく。大丈夫そうだ。門から街の中に向かって遮蔽物のない道が続いていたので背後にも警戒をする。


 ……。


「これは……」


 門の外はかなり木や雑草が乱雑に茂り、遠くのほうが見えにくい。そっと門に近づくと門を出たすぐのところに堀があるが渡る橋は落ちているようだ。堀はそこそこ深く掘ってはあるが、そこまで水が溜まっている感じではない。泥沼のような状態になっていた。

 対岸を見れば、左の方の部分にかなり土が削れている所がある。もしかしたら水を飲みに来る魔物が居るのかもしれない。



「橋……無いですね」

「さすがに落とされたんだろうな……」

「どうしましょう……他の門も橋が落ちているんでしょうか……」

「はじめに見た大きい門はかなり頑丈に作られているかもしれない、ちゃんと見たわけじゃないが、寝ている魔物の向こうにも道は続いていたように思う」


 水も少ししか溜まっていない。このくらいなら頑張れば降りて渡れるかもしれないが……。


 ……どうするか。


 ガサガサ……ガサガサ……。


 悩んでいる時だった。突然草の茂みをかき分けヌゥと魔物が顔を出した。広場で見かけたカバの様な魔物だろうか。水でも飲みに来たのか、ドシドシと重たそうな体を3対、6本の足で削られた堀の土手に向かって歩いてきた。顔は確かにカバのようだが、目も3対。6つの瞳がギョロギョロと統合性のない気持ちの悪い動きで、周りを見ている。その瞳の1つが俺と君島の姿を捉えた。


「ギャアアア~~!!!」


 

「ひっ!!!」


 突然、魔物は体に似つかわしくない甲高い叫びを上げる。その雄叫びに君島が悲鳴をあげ俺にしがみつく。

 魔物はそのまま俺達から視線を外さずに、バチャバチャと坂を下り泥の中に入っていく。そしてそのままこちら側に登ってしようとする。


 一瞬の逡巡。こいつを斬って先に進むか……。


「君島離れろ! 堀を越えてきた瞬間こいつを――」


 斬って進もうと決断し左手を刀に添えたとき、ガサガサと音を立てて茂みからもう一匹のカバが顔を出した。


 !!!


 駄目だ……まだ2発抜けるほどの魔力は戻ってきていない。

 どうする!? しかし、すでに土手を削りながらカバの足が縁に掛かる。もう……逃げられない。くっ。とりあえず、こいつを……。


 コイツだけでも斬ろうと構えたまま待つが、カバの魔物は土を崩しながら登るものだからなかなか顔が出てこない。焦れる中、深呼吸で心を落ち着かせる。振れる一撃でミスは許されない。


 ……。


 ……。


 シュパン!


 顔が出た瞬間を逃さず、俺は一発で頭部を吹き飛ばす。しかしその余韻に浸ってる暇はない。


「逃げるぞっ!」


 俺が斬った魔物が堀の中に落ちていき、次に登ろうとした魔物の上に落ちたのだろう、「ギャウ」という呻きが聞こえる。そいつが出てくる前に出来るだけ遠くに逃げなくてはならない。とりあえずまっすぐに。目の前の通路に何も居なかった為、無意識に街の中に向かって走る。


「ブゥルウアアア!!!」


 !!!


 突然左側から魔物の唸り声が聞こえた。嫌な予感を増しながら横を見れば先程トイレの時に斬った魔物と同じイボイノシシの魔物が数体、こちらに向かって走り出していた。えげつない。止まったら確実に死を迎える。俺と君島はひたすらに逃げる。


「グルルルルル……」


 くっそ。くっそ。なりふり構わず走る俺たちに街の魔物たちが目を覚まし始める。今度は前方で俺たちに気づく魔物を見て、慌てて道を曲がっていく。頭の中で嫌な予感ばかりが膨らんでいく。


「先生……」

「まだ走れるか? がんばれっ」


 君島を励ます声にも、何の裏付けのない気持ちが乗ってしまう。くっそ。何か手はないのか。魔物同士の共食いとかは無いか。生き残っている街の人間が助けてくれないか。……夢に近い願望ばかりが浮かぶ。こんなんじゃ駄目だ。俺は必死で妄想を振り払う。

 今は、リアルに。きっちりと何かを考えねば。君島のツタ? 駄目だ。俺の居合も駄目。……くそっ。今ある俺達の武器はそれだけなのか? 何処かに逃げ道は……魔物が来ない……地下の抜け道とかは……。


 ……トイレ?


 ……まさか……下水が整備されてる? いや。流石にあのトイレの穴じゃ入れない……。


 ……ん。もしかしたら。


「君島! こっちだ!」

「はっはっ……どっ何処に?」

「クレーターだ!」

「クレーター? ……あ」


 俺の呼びかけで君島も思い当たったようだ。どうなるかわからないが、ひたすら絶望的な状況から希望のカケラを見つけ、俺達の気持ちは前に向く。段々と呼吸も厳しくなってくるが歯を食いしばり走り続ける。呼気に血の匂いが混じり始める。

 階梯は俺のほうが上がっているが、きっと身体能力のベースで考えれば君島の方が俺に合わせている感じで、余裕はあるはずだ。実際全速力で走る俺に、君島は付いてくる。逃げ切ってやる。


 後ろから追ってくる魔物の数がどんどんと増えている。


「あった!」


 勢いよく走り続けたままクレーターのような爆心地の中に滑り込む。確か穴が2つ開いていたはずだ。


「ぅぐおおおお!!!」


 唸り声をあげ、ライオンのような魔物が飛びついてくる。俺は方向を切り替えながら刀を抜き、なんとか爪をいなす。くぅ。やはり魔物との力の差もでかい。力をいなすだけなのに、体勢が崩れ、吹っ飛ぶ。


「先生!」

「良いから! 先に飛び込め!」


 君島が俺の声に反応し、一瞬俺の方を向く。俺が再び立ち上がるのを見て、そのままスルッと開いていた穴に飛び込んだ。


 よしっ。君島はこれで……だが。この穴では……。


 すぐに俺も続こうとしたが、俺の体にはどう考えても狭い。俺の躊躇を見逃すこと無く、魔物が再び俺に向かってくる。たしか、穴は2つ開いていた。もう一つの穴は……。

 俺は逃げの1手だ。もう一つの穴に向かおうとしたとき、逆側からカバの魔物が突っ込んでくる。俺は構わず穴めがけて走り出す。


 ドーン。


 後ろで魔物と魔物が衝突するような音が聞こえる。こっちの穴は……行ける!


 俺は、そのまま崩れた穴の中に飛び込んだ。

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