第21話 街から出るには。

 ギリースーツというものを作ってはみたが、実際全身に着てみるとそれなりに熱くて蒸れてしまう。本物のギリースーツがどういうものなのかは分からないが、生の葉っぱを纏い、重さもあり、動きの制約も出てしまう、さらに視界も狭まる。

 街の中は荒れ果てては居るが森の中とは違う、もう少し簡素にしようと君島が調整をしてくれる。魔法で作るものだから調整はそこまで大変ではないようだ。結果、チョッキくらいの感覚で2人の白い服を目立たなくするくらいに落ち着いた。



 今の所ギリースーツもどきが役に立っているのか、魔物に先に見つけられるような事態は避けられている。順調に進んでいると思えたが、街の門の様なところに出る手前に、一匹の魔物が寝ていた。


 「居るな……」


 ここから外に出るには、魔物の横を通らなければならない。グルグルとイビキなのか唸り声なのかわからない寝息を立てているが、どの程度の深い眠りなのか想像つかない。遠目に魔物を見ながら途方に暮れる。


 街はおそらく魔物の侵入を防ぐためなのだろう、グルっと城壁のようなもので囲われている。所々痛んでいるのは分かるが、かなりの厚みのある壁の様で穴まで開いている場所が無い。そうなると街から出るには門を通らなければならない。


「他にも門はあるかな」

「あると思いますよ、壁に沿って行きますか?」

「そうするか……」


 せっかくここまで来たのだが、しょうがない。ゆっくりとその場から離れていく。


 これまで数度魔物を見かけて気が付いたことがある。見かける魔物は寝ているものも多い。特に動物っぽい形の魔物がだ。もし奴らが夜行性なら、明るいうちに安全な場所を確保して、夜の間隠れるか、それとも街から出るかが必要なのかもしれない。

 歩きながら、隠れたりするのにちょうど良さそうな建物はないのかと悩んでいると、後ろから君島にグッと袖を引かれる。俺は魔物が居たのかと、少し腰を落として立ち止まり急いで周りを伺う。


「先生……」

「魔物か? どっちだ?」

「……」

「ん?」

「その……おトイレに行きたいんです」


 ……。


 そうか。気を張りすぎてそれどころじゃなかったが。それはかなりリアルでシビアな問題だ。どうしようかと悩む。だがこの街は割と近代化が進んでいる街のようだ。そこら辺の建物に入れば普通はトイレくらいあるかもしれない。


「じゃあ……ちょっとそこの建物を調べてみよう」


 そう言うと、元は2階建てだったと思われる建物に入っていく。2階の床が半分抜け、青い空が見える。奥は鍛冶場のような場所があり崩れた煙突も見える。ここの区画は特にこういう建物が多い気がする。山の近くにある街という事もあり、もしかしたら、山の方に鉱山でもあるのかもしれない。

 俺たちは日本の建物の感覚でトイレの位置と思われる場所を覗いていく。


「これ……かな?」


 この世界のトイレはかなり日本の洋風便所に近いようだ。天空神殿でもそうだったが、人の形の生き物が同じ場所から排泄をするのなら、やっぱりこういう形に落ち着くのだろう。穴の中を覗くと下の方からチョロチョロと水が流れている音がする。水洗とは違うが、水洗に近い形態なのかもしれない。


「大丈夫そうだ」

「あ、ありがとうございます」

「じゃあ、……外にいるから」

「はい」


 トイレのドアはすでに破壊されている。トイレに対して横にドアが付いている配置なので、外からは見えにくいのだが、音もあまり聞こえる場所は躊躇われる。かと言って離れるのも不安だ。

 ……少し悩んだが、魔物を警戒しながら少し離れた物陰で、俺も用を足してしまおうと考えた。一度君島の方を振り向き、問題ないのを確かめ壊された壁から外に出る。



 !!!!!


 壁の穴をくぐった眼の前に一匹の魔物と鉢合わせをした。魔物はイボイノシシの様な長く大きな顔に牙のような角のような尖った物がデカデカと主張していた。そしてこいつは獣で有りながら、二本足で立っていた。


「ブルルル」


 穴をくぐるために少し屈めていた態勢のまま反射的に鯉口を切る。

 魔物も突然目の前に人間が現れたことに驚いたのだろう。一瞬の体の硬直を見せる。それでもすぐにブルルと鼻を慣らしながら長い爪の付いた手を伸ばそうとする。だが俺の右手はすでに柄を掴んでいた。魔物が動き出す時には。もう抜き終わり。その不気味な首を斬りはねていた。


 大丈夫だ。気の緩みも無い。少し震える吐息を吐きながら、俺はもう迷いも躊躇も無い自分にホッと一安心する。


「ふう……」


 階梯が上がったというのも本当だろう。体のキレが先ほどとは全然変わっているのに気がついた。

 俺は魔物の脂が付いた刃を軽く拭い、鞘に戻す。


 カチャリ。


 崩れ落ちる魔物からようやく目を離す。


 まだ心臓がドキドキしている。当然だ。ドアを開けたら目の前にゴキブリやムカデが這っていたような状態だ。しかも魔物は俺の命を奪う存在である。もっと酷い。


 スー。ハー。


 心を落ち着けても、最高速で動く鼓動が落ち着くには少し時間がかかりそうだ。



「……今の音は?」

「ん? なんでも無い」


 せっかくゆっくり用を足している時に、怖がらせるのもデリカシーが無いか。


 俺は物陰で用を足すと。何事もなかったかのように、建物の中に戻っていく。階梯が上がったが、魔力はそこまで増えていないのだろうか。残りの魔力を探りながら考える。それでも、これまでは居合抜き1回で2/3くらい減っていた魔力だったが、半分くらいは残せるようになっている。

 もともと魔力量が少ないというのもあるのか、魔力が戻るのにもそこまで時間はかからないが、一回しか斬れないより、ずっと安心感は増す。

 

 トイレの中が見えない位置で待っていると、君島が出てくる。トイレに曇った鏡があったからそれを見ながらやったのだろうか。綺麗に伸びていたストレートのロングヘアを動きやすいように結い上げていた。


「……動きやすいかなって」

「お、おお……いいじゃないか」

「こんな葉っぱ纏って全然おしゃれじゃ無いですけどね」

「はは……まあ、これはこれで」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る