第18話 石通し

 モンスターパレードが起こる前は、どの程度の規模の街だったのだろうか。本神殿があるという事は国の首都的な街だったはずだ。隠れた人間を探す為なのか、屋根なども破壊されているところは多い。

 ジリジリと日が昇ってくる中、少しの音にもビクビクと怯えながらゆっくりと進んでいく。必要以上に体力が減っていくのを感じる。


「大丈夫か? 少し休むか?」


 声を掛けると、君島は首を横に振る。少しでも早くこの町から出たいのだろうが……。俺は街から出た後に遮蔽物が無くなる事の方を少し気にしてしまう。




 それでも進もうと思ったときだった。半壊した建物の上からこちらを見下ろす1つの瞳と目が合った。


 ……ん? なっ……!!!


 よく見ればそれは建物の上に居るわけではない。巨大な一つ目の顔が建物の向こうから覗いているのだ。……巨人……というやつなのか?

 俺はどうしていいかわからず、そのまま君島にも告げられず、進んでいく。もしかしたら銅像か何かなのかもしれないと。僅かな希望にすがる。


 ……だがその瞳は歩く俺たちに合わせるように追ってくる。


 くっそ。魔物だ……完全にみつかってる。


 ……。


「君島……」

「……なんです?」

「……魔物だ」

「えっ?」


 俺のささやきに、ビックリしたように君島が周りを見渡す。そして、巨人の方を見て固まった。

 君島の恐怖に染まる顔を見て、巨人はニタリと笑顔を浮かべた。そして建物を避けるように俺たちの方に向かって歩き出す。


 ズン……ズン……。


 ……な……なんなんだ、あれは。


 建物との対比から見れば、巨人の体長は3m近くはあるのであろう。その非現実的な姿に一瞬で俺の心は折れる。


 ……無理だ。あんなのを……斬る……だって???


「逃げるぞっ!」


 俺は必死に君島の手を取り引っ張る。後ろからはズンズンという地響きのような音が迫ってくる。


 ハァ! ハァ!


 何とか巨人を巻こうと狭い路地に入っていく。チラッと後ろを見ると巨人は楽しいおもちゃでも見つけたように顔に笑いを張り付け、悠然と歩いてくる。その歩幅の差が絶望的だった。


「先生っ! 痛い!」


 俺はあまりの非現実感に、パニックになっていた。かなりの力で君島の手を握り引っ張っていたようだ。しかし、今はそんなことは言ってられない。


「諦めるな! 走るんだ!」


 俺は力を緩めずに必死逃げる。君島も必死についてくる。


 ゾクリ。


 突如、嫌な予感に襲われる。ズンズンと追ってくる足音が聞こえない。走りながら振り向くと巨人が瓦礫の塊を両手で頭上に持ち上げていた。やばいっ!!!


 ブンッ。


 ほんの一瞬のタイミングだった。振り向くのが一秒遅かったらきっと間に合わなかった。俺は君島を抱きかかえうなりをあげて飛んでくる瓦礫を必死で避ける。


 ガガガガガン!!!

 

 轟音と共に直前まで俺たちが居た場所に瓦礫が突き刺さる。飛び散る礫が背中に当たるのを感じながら次なる絶望に気が付く。


「くっ」


 君島に覆いかぶさって倒れこんだ俺は、すぐに立ち上がろうとするが……もう手遅れだった。

 目の前には旨そうな獲物を前にした巨人が舌なめずりをしながらこちらを見下ろしていた。


 ……くそ……何も……出来なかった。


 俺たちがもう何もできない事を悟っているのだろう。悠然と近づいてくる巨人が口を開く。


「あぉぁあぉぅぅぁぁあああぉ」


 何か言葉を話しているのだろうか。まったく理解は出来ないがまるで「どっちから喰おうか」とでも言っているように思える。じりじりと後すざりをするが、すぐに後ろの君島にぶつかる。おそらく君島も魔物を前に腰を抜かしてしまっているだろう。


 巨人は俺たちが言葉を理解しないのを知ってか知らぬか、「あぉぉぉおおうぁ」と何かを語りかけながら、俺の後ろにいる君島の方を指さしたように感じた。


 俺は思わず体を動かし君島を隠そうとする。そんな無駄な行為すら、こいつを喜ばせるだけのようだ。「ぎゃっぎゃ」と嬉しそうに笑う巨人に俺は絶望してしまう。


「あ……ああ……き……君島……すまん……」


 絶望感の中で何とか言葉を絞りだす。

 後ろからの君島の返事はない。


 巨人が右手を握りしめ振りかぶる姿をのんびり見つめる。視線の先に居るのは俺だ。


 あ……終わりか。


 ……


 ……


「ぁぁああああああああああ!」


 後ろから君島の叫び声とともに廃墟を彩るツタが突然巨人に向かって伸びる。俺に向かう拳にもそのツタが絡まっていく。呆然と見つめる俺に君島からの怒鳴り声が飛ぶ!


「ダメっ。もたない!」

 

 見ると絡んだツタがブチブチとちぎれていく。君島のツタでは巨人の動きを一瞬だけ止めるのが精いっぱいだった。


 ……くっそ!


 ……くっそ!


 くっそ! 何をしてるんだ。勝手に来て。勝手に諦めて。土壇場で君島が動けたのに……俺は……。


 ふと左手で刀に触れる。


 ……そうだ。


 俺にはこれしかない。


 そのために、ここにいる。



 巨人はツタが絡まった拳をブンブンと回し、まとわりついたツタをめんどくさそうに払う。そしてそのまま再び的を俺に絞る。やるだけやる……だ。俺は片膝をついたまま鯉口を切る。巨人の動きをつぶさに捉えながら、右手を柄に沿わす。


 大学に入って以降、祖父が死ぬまで刀なんて触っていなかった。その後もたまに祖父を思い出すかのように居合をすることはあっても、教師になれば日々の忙しさで練習などする時間は無い。

 だが、幼少のころから15年近く、毎日のように祖父にやらされた技は体の芯にまで染みついている。


 ……爺ちゃん。


 ……。



 一振りだ。


 今の俺の魔力じゃ、何度も振れない。


 極限の集中の中で、巨人の動きがゆっくりと進んでいく。


 ……。


 やはり。居合時の集中は段違いだ。巨人の拳も冷静に正確に見極められる。この拳の軌道なら、避けても君島には当たらない。それなら……。


 たった一度の抜刀に備え己のすべてを集積していく。地面につけていた膝を浮かし、左足がアスファルトを掴む。重心をグッと低く沈め、身も心も獣のように、その一瞬を待ちわびる。


 ――我慢だ。近づく拳を限界まで引きつける。重心は更に低く、貯めた力を逃がさぬように。流れるように拳の下を潜りながら体を飛び放つ。凝集する魔力。音を超え、奪い取る……後の先。 



 虚実なる駆け引きも何もない。ただ実直に、速さより力に特化し、相手の防御ごと斬り落とす事を想定した剛の抜き技。


 菊水景光流居合術。石通し。


 「この刃の通る道を遮るものなど無い」祖父の言葉に偽りはなかった。

 うなりを上げ振り下ろされた拳は、繋がりを失い、そのまま地面を転がっていく。

 切断面は右の脇腹から左の首元に。

 何が起こったのかわからぬまま、巨人の顔は腕の慣性に従い腕とともに転がっていく。


 ドォン!


 少し間を置き、残された体も倒れる。


 ……斬れた。


 ははは……斬れるじゃないか。




「凄い……」


 振り返り、呆然とする君島に笑いかける。


「君島のおかげだ。礼を言う」


 斬れるなら。生き残る目があるという事だ。

 少しづつ、希望を紡いでいこう。

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