第17話 街の中
もともとはかなり栄えた街があったのだろう。確かここは緯度的には少し北の方になる。所々にそそり立つ樹木は針葉樹が多い感じがする。この50年の間に、風化はし始めていたが、石畳など緑に抗う部分も多い。……いや? これは石畳じゃなくてアスファルトじゃないか?
地面を見ると、石畳だと思っていた部分は劣化したアスファルトの様な素材だ。いろんな世界からの転移者が集まる世界だ。それだけ様々な技術が持ち寄られているとは聞いていたが……アスファルトの原料を知っている技術者でも居たのだろう。
しかし崩れた建物からは、あまり現代的な雰囲気を感じないため違和感はある。
周りを見ると、北側には山が見える。上の方はかなり高いのか所々に白い雪のような物も見える。思ったよりここも標高の高い場所なのかもしれない。気温もうだるような日本の夏というより、山に登った時ようなスンとした心地よさを感じる。
それにしても、魔物だらけのところに飛ばされると思っていたが、見る限り魔物が居るようには感じられない。耳を澄ましても、シーンと、誰も居ない森の中に居るような感じだ。2人の立てる足音が、辺りに響く。何物かに感づかれないか、ドキドキしながらゆっくり進んでいった。
……それにしても酷いな。
おそらく当時は相当激しい戦いが繰り広げられていたのだろう。所々に破壊されたバリケードのようなものまで在る。武器なども落ちているところはあったが、その殆どが錆びたり折れたりと、使えるようなものではなかった。人の骨などは見当たらないのがせめてもの救いかもしれない。君島がそんなものを見たら、また心が折れてしまうかもしれない。
「これは……なんだ? 爆弾でも落ちたのか?」
歩いているとクレーターのように大きな穴が開いている場所があった。まるで辺りの建物ごとふっとばしたような感じだ。その穴もかなり昔に出来たようで、穴の中には雑草なども茂り円周上に吹き飛んだような建物の残骸が無ければ、よくわからない状態かもしれない。
そっと穴の様子をうかがっていると二ヵ所ほど地面が崩れたようになっておりボコッと穴が開いている、この下にシェルターでもあったのだろうか。少し近づくとそこから「チョロチョロ」と水の流れるような音が聞こえる。
「なんだろう、地下水脈か?」
「し、知りませんよっ」
「……ん?」
「なっなんですか?」
「いや……」
そういえば、こっちの世界に来て少し乱暴だった口調が少し修正されているか?
こんな極限状況で2人で居るんだ。人間関係もなるべく良好にと考えるのは普通だろう。ただ、こんな俺でも頼りにして貰えているのかもと思うと、少しやりがいを感じられる。
「何も、居ないですね……」
「そうだな、人が居なければ、餌もない……というわけかもしれないな」
それでも、なるべく音を立てないように進んでいくと、大きな広場のような場所に出た。街の中心部的な場所なのだろうか。広場の真ん中には噴水があり、装置的なものが未だに生きているのか、チョロチョロと水が噴き上がっている。
広場の周りには、噴水を中心に周りを取り囲むように街灯のような柱も所々残っている。
もしかしたらさっきの地下水脈のようなものが湧き出ているのかもしれない。噴水に向かって歩こうとした時にグッと君島に袖をひかれる。なんだ? と君島を振り向くと、噴水の方を必死で指差していた。
あれは?
はじめ岩か瓦礫があると思っていたが、よく見るとそれは微妙に動いている。カバのような生き物がお尻をこちらに向けて水の中に頭を突っ込んでいるようだった。
俺は慌てて君島と建物の陰に身を潜める。
「わ、悪い、気が付かなかった……」
「なんですか? あれ。水を飲んでましたよ?」
「良くわからん……だが、あれが魔物だろう」
「魔物……」
そっと噴水の方を覗くが、こちらに気がついている様子はない。当然俺たちはこのままここをやり過ごすことにする。
ここにきて初めて魔物らしき姿を見かけた俺は、物陰に隠れ必死に深呼吸をする。いつもの様にすぐに冷静さが戻り、次の行動を考えはじめ、その場から動こうとした。
その時、横で君島がグッと俺の腕を掴む。教師というのは生徒との、特に異性の生徒との距離感というものに対してシビアに反応をしてしまう。グッと体を押し付けるようにしがみ付く君島にギョッとしながら、慌ててたしなめようとする。
……ん?
そうか、俺は精霊のおかげかすぐにでも気持ちを落ち着けられるが、君島はそれが出来ないのか。
恐怖で顔を青ざめる君島の頭をそっとなでると「大丈夫。向こうは気が付いていない」と小声でささやき、広場から離れるように促す。
緊張しっぱなしだった転移直後からしばらく魔物と会わないで居たため、若干気の緩みもあったのだろう。初めての魔物との邂逅に一気に不安へと落とされていた。
必死に音をたてないように広場の裏の路地の方へ入り、壁伝いに慎重に進んでいく。俺は進みながらもしきりに左手で刀を触れる。そこに心のよりどころを求めるように。
先程は街の広場に出たが、イメージ的に街の中心部なのだろうと考える。俺たちの目指すのが街の外と考えるとここからなるべく離れるイメージで歩くのが良いのだろう。
――ぐぅうぉおおおん!!
遠くの方で獣のような魔物の遠吠えが聞こえた。2人ともビクッと腰を落としてあたりを見渡す。
「……いや。かなり遠くの方だと思う」
「そ、そうです……よね」
こういった恐怖は、なかなか心から追い出すのがキツイ。その度に深呼吸で気持ちを落ち着ける事は出来るが恐怖心まで完全に無くせるものではない。そろそろ動こうかとしたところで、カッカッっと今度は硬質な感じの足音が聞こえた。
「ブルルルッ」
鼻を鳴らすような獣の声が割と近くで聞こえた。慌てて再び腰を落とす。先ほどの俺のアイデアを思い出したのだろう。君島が壁に張っているツタに手を伸ばす。顔は青ざめたままだがしばらくするとザワザワとツタが伸び始め俺たちを軽く覆う。
……。
2人で腰を落とし、そのままジッとする。ふと君島を見れば、目をギュッと閉じて恐怖に顔をこわばらせていた。まもなく足音が遠ざかり聞こえなくなったが、俺たちが再び動けるようになるまでもうしばらくかかった。
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