第15話 教師とは

 神官たちがすぐに集まり、小日向を取り押さえる。突然のことに俺たちもどうして良いか分からないでいた。もし転移陣が変にいじられてどこか次元の狭間のようなところに飛ばされでもしたら……最悪の事態が頭をよぎり俺は石版の確認をしていた神官に詰め寄る。


「君島はっ! どうなったんですか???」


 神官は俺の方を振り向くが、「そ、それが……」と困ったように俺のことを見つめ返すだけだ。しびれを切らして再び聞こうとすると、後ろからグレゴリー神官長の焦ったような声が飛ぶ。「オルト。状況を!」オルトと呼ばれた神官は、グレゴリーの方を向く。


「ギャ、ギャッラルブルー神殿に設定されてます……」

「な……なんてことだ……」


 オルトの言葉に神官長が愕然とする。その顔色で君島が良くない場所へ飛ばされたのが分かってしまう。


「グレゴリーさん。ギャッラブルーとは……?」

「……ホジキン連邦にあった神殿です……50年以上前にすでに破棄された神殿です」

「破棄? まさか、モンスターパレードとかで?」

「……そうです」

「……」


 最悪だ。たしか、そこは大量のモンスターによる侵略で、完全に人間たちが追い払われたと聞いてる場所だ。ホジキン連邦のかなりの地域がそれで人の生活圏を追われたという。そんなところに1人で飛ばされたら……きっと……だめだ。なんとかしなければ。


「そこに誰か……救助を出すことは出来ないのでしょうか」

「残念ながら……人里からもかなり離れてしまっています。たとえ送れたとしてもそこまで逃げることは難しいでしょう……」

「それではっ。向こうからこちらへ転移することは……」

「転移の受け入れ陣は、各国の本神殿でしたらあるのですが、送るのは……ここと、エンビリオン大聖堂にしか無いのです」

「そんな……」


 打つ手無しなのか……くっそ。それならいっそ、小日向を……。


「くっくっく。あいつが悪いんだぜ。異世界に来た途端に、俺と別れるとか言い出すんだ。だからだよ。きっぱりと別れてやったのさっ!」

「そ、それは明先輩が、こっちに来てから人が変わったようで! 昨日も先生にあんな乱暴な事を。それで結月先輩は、明先輩のことがだんだん怖くなってっ!」

「黙れっ! 1年が知ったようなことを言うな!」


 別れる? ……付き合っていたのか? 2人は。そんな事も知らないでいたのか俺は。……くそ。駄目だ。小日向を送ってそんなところに2人きりにするなんて。……どうすれば良いんだ。


 堂本? こいつなら。かなりの素質があるって言うじゃないか……


 ……いや……だめだ。


 結局は生徒を犠牲にするだけだ。


 ……。


 ……くっそ。


 こんな時に自分の危険とか考えて……馬鹿か俺はっ! 

 もう決まってる。出来ることなんて1つしかないじゃないか。


 ……


 フーー。フーー。


 深く深呼吸をする。そうだ。俺の守護精霊の力のおかげで。こうすれば心は静まる。武道家にとっては『明鏡止水』は一番大事な事だろ。


 ……よし。


「グレゴリーさん。俺が行きます。何も出来ないかもしれなが……君島を独りで……こんな誰も知らない異世界で……独りっきりでなんて……させられない」

「なっ。……しかし、シゲトさん。貴方が行っても何も。それどころか、この中で一番順位の高い堂本さんでも、おそらく何も出来ず魔物に食われてしまうでしょう……」

「そんなの……しかし。俺が見捨てるわけには行かないんです。お願いです。君島のところに転移させてください」

「しかし……」


 もう決めた。きっと何も出来ないだろう……だけど少しくらいは教師らしい事をしておかないと。きっと後悔で生きていけなくなる。



「わ、私も……行きます」

「よせ、聞いただろ。きっと誰が行っても意味がない。お前たちはお前たちの人生を考えろ」

「だけど……」

「先生俺もっ!」


 桜木と供に仁科も名乗り出る。1年のこの2人は最後まで反抗しないでいい子だったな。そんな事を考えながら、仁科の頭を撫でる。


「大丈夫だ。死ぬつもりなんて無い。俺には居合だって在る」

「先生……」

「そうだ、ああ、じゃあ、もしよかったら2人とも、保存食みたいなのも貰っていただろ? 分けてくれないか?」

「え?」

「俺達は死なない。必死に君島と逃げ切るさ。でも……それでも食い物は必要だろ?」

「は、はい!」


 2人が肩から下げていたカバンの蓋をあけ、中から数日分の非常食と言われた食べ物を俺に差し出す。俺は「悪いな」と笑いかけ、2人から食料を受け取った。そしてそのまま魔法陣の中に入っていく。


「楠木! 無駄なことをするな!!!」


 押さえつけられた小日向が俺に向かって怒鳴るが、それを塞ぐように堂本が立ちはだかる。小日向も「ど、堂本?」とうろたえている。

 ……なんだ? と堂本を見ると、おもむろに腰に刺した刀を外し俺に向かって放り投げてきた。俺は反射的にその刀を受け取る。


「せいぜいあがいてみせろ」

「……助かる」

「明に、剣道じゃ刀は使えねえって言ったらしいな……お前に出来るのか?」

「……やるしかねえだろ?」

「フッ……」


 堂本は今まで俺に見せたことのない笑みを向けると、後ろに下がる。確かに小太刀じゃ心もとない。刀を見ると、俺の小太刀と同じ柄の拵えをしている。よし。期待できそうだ。



「お前たちも。元気でな」


 他の生徒達にもそう笑いかけ、グレゴリーに転移をするように促す。石版の前の神官もどうして良いか分からずに上司である神官長に助けを求めるように視線を向ける。ここは絶対に許可を取らねばならぬ。


「グレゴリーさん! お願いします」

「……わかりました」

「ありがとうございます」


 ……難しい顔で悩んでいたが、とうとうグレゴリーも諦め、転移の許可を出す。


 神官が石版をいじり始めると、すぐに魔法陣の文字が明るくなり始める。「先生!」と叫ぶ仁科と桜木の声が、少し遠くに感じる。

 ……昔地元の川で、生徒が溺れているのを助けようとしてそのまま流された先生が居たなあ。ふと。そんな事が頭をよぎる。子供心に、なんで泳げないのに川に飛び込んだんだろうと不思議だった。


 ……ふふ。まさに今の俺だな。思わず自嘲する。



 クラッ。


 軽く目眩のような感覚に襲われた瞬間。



 俺は寂れた遺跡の中に居た。

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